地球と軌道上でファイルを往復させる実験に成功 分散型コンテンツ配信システムが活躍:IPFSの宇宙での有用性を実証
Filecoin Foundationは、宇宙通信用に設計された惑星間ファイルシステム(IPFS)プロトコルを使用して、地球から軌道上までファイルを往復させるミッションに成功した。本記事ではミッションの概要を紹介する。
Filecoin Foundationは、惑星間ファイルシステム(IPFS:InterPlanetary File System)を宇宙で展開する初のミッションに成功した。デモンストレーションでは、宇宙通信用に設計されたIPFSプロトコルを実装して、地球から軌道上までファイルを往復させた。
Filecoin Foundationは、オープンソースの公開暗号通貨およびデジタル支払いシステム「Filecoin」を管理、統制する団体で、分散型のWebを構築するための各種プロジェクトに開発協力、資金提供などを実施している。
分散型コンテンツ配信システムであるIPFSは、長距離通信や厳しい環境下での耐障害性を向上させる分散型技術だ。Lockheed Martinが開発したソフトウェアが使われたこのミッションでは、IPFSを宇宙でどのように活用できるかが実証された。
このデモンストレーションの一環として、IPFSのホワイトペーパーとFilecoin Foundationのマスコットキャラクターの画像が、軌道上にある人工衛星「LM LINUSS CubeSat」に送信され、そこから戻ってきた。LM LINUSS CubeSatには、米国の航空機、宇宙船製造企業であるLockheed Martinが開発したSmartSat技術で動作する専用のIPFSが実装されている。SmartSat技術は、簡単なアプリのアップロードによって軌道上のミッションを動的に追加したり、迅速に変更したりすることを容易するソフトウェアプラットフォームとして機能するものだ。
Filecoin FoundationとLockheed Martinは2022年5月のダボス会議で初めてこのミッションを発表し、2023年1月のダボス会議でその詳細を発表した。
「IPFSが『惑星間』ファイルシステムと呼ばれているのは、IPFSが当初から宇宙でのネットワーキングを可能にする技術として構想されていたからだ」とFilecoin Foundationの会長を務めるマルタ・ベルチャー氏は述べる。
IPFSを利用する利点
このミッションは、宇宙での通信とネットワーキングにIPFSを使用する幾つかの重要なメリットを示している。以下のメリットがあるという。
通信の高速化
今日使われている集中型インターネットモデルは宇宙では機能しない。集中型インターネットモデルでは、データは特定の場所にある特定のサーバから取得される。地球上では、データ取得の遅れは目立たないかもしれない。しかし、もし月にいるとしたら、地球からデータを取得するたびに数秒の遅延が発生する。
IPFSを使えば、クリックするたびにデータが地球を行ったり来たりする必要はない。IPFSでは、データはどこにあるかではなく、それが何であるかによって識別されるからだ。各コンテンツには一意の「コンテンツID」がある。コンテンツの一部を探すとき、そのコンテンツは特定の場所にある特定のサーバから取得されるのではなく、最も近い場所から取得される。つまり、近くにいる誰かがすでにそのデータを持っていれば、クリックするたびに地球を行ったり来たりするのではなく、短い距離を移動するだけで、すぐに手元に届く。
データの検証
IPFSで各コンテンツが保有している「コンテンツID」は、コンテンツの一部が変更された場合にIDが変更される。つまりIPFSを使用することで、データが変更されていないことを暗号的に検証することができる。これは、宇宙からのデータ認証にも有効だ。例えば、IPFSを使って衛星が撮影した写真を地上に送信する場合、その画像が改ざんされておらず、実際に衛星が撮影したオリジナルの画像であることを暗号的に証明することができる。
データの耐障害性
宇宙空間におけるデータ保存の課題の一つは、放射線によってデータが簡単に破損したり、デブリによってストレージハードウェアが損傷したりすることだ。集中型インターネットモデルでは、データは特定のハードウェア上の特定の場所に保存され、そのデータを取り出そうとするとき、取り出せる場所は1つしかない。
別の言い方をすれば、ある本を友人に薦めるとき、その本の名前を伝えるのではなく、その本は図書館の3階、左から2番目の棚の5冊向こうにあると伝えるのが集中型インターネットモデルの仕組みだ。その場合、特定のサーバの特定の場所にあるコンテンツを探さなければならない。
しかし、友人に本の名前を伝え、最も近くて便利な場所で見つけてもらう方がずっと理にかなっている。それがIPFSの仕組みだ。IPFSを使えば、データのコピーを多くの異なる場所に保存できる。IPFSを使ってデータを検索する場合、特定の場所にあるデータを探すのではなく、特定のコンテンツIDを探すことになる。そのため、データのコピーが多数ある場合、それらのコピーの一部が失われたり破損したりしても問題にならない。
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