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第285回 日本中で半導体工場建設中、そのヒト、モノ、カネについて考える頭脳放談

熊本県菊陽町にあるTSMC(JASM)の半導体工場の開所を前に、第2工場を建設することが発表された。他にもRapidusやキオクシアなど、多くの半導体工場が建設される予定だ。こうした半導体工場の建設ラッシュの背景と問題について考えてみたい。

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日本中で半導体工場が建設中
日本中で半導体工場が建設中
熊本県菊陽町にあるTSMC(JASM)の半導体工場周辺をGoogleマップの航空写真で確認してみた。航空写真の時点では、まだ建物の建設中だが、ストリートビューで見ると既に建物はほぼ完成している。2024年2月24日の第1工場の「開所式」を前に第2工場の建設も発表されている。他にも北海道千歳市では、Rapidusが半導体工場を建設中で、宮城県大衡村では力晶積成半導体(PSMC)がSBIホールディングスと合弁で半導体工場の建設を予定している。他にも幾つもの計画が発表されている。こうした半導体工場の建設ラッシュについて考えてみたい。

 2024年元旦の巨大地震で腰が抜けてしまった人も多いのではないだろうか。ご存じの通りと思うが、被災地の困難な状況は続いている。今後復興に向かった動きを進める上で、主として土木や建設関係のリソース不足が懸念されているという。それもあってか大阪万博を延期または中止して、能登の被災地へこれらのリソースを回せ、という意見も聞く。

 土建業者や建設業者のやりくりは何とかなる、と思われているのかもしれない。それこそ「日本列島改造論」世代のお年寄りは無理を承知で、何でもかんでも突貫工事で仕上げていた日本土建業の黄金時代の記憶を引きずっているのではと想像する。

 しかし2024年4月からは建設業の時間外労働の上限規制が強化される(厚生労働省の解説「建設業 時間外労働の上限規制[PDF]」)。リソースを十分に分配しなければやり切れないだろう。

 リソースには人手不足の問題だけではなく、コスト的なこともある。建設資材などが高騰している影響も大きいだろう。計画時点で見積もった金額がどんどん膨らんでいくと、作ろうと思っていたものが作り切れない、ということになりかねない。資材高騰による再開発計画の見直しや追加負担の話もチラホラと聞く。

TSMCの熊本第1工場は建設済み、第2工場はどうなる?

 そんな中、表立っての話題になることは少ないが気になっていたことがある。政府の補助金で急速に進む日本国内の半導体製造工場の新増設の動きへの影響である。問題なく建設工事は進んでいるのか? 量産に向けた工場立ち上げも大事だが、それ以前に工場建屋ができ、電気や水道、交通など各種インフラに接続しないことには絵に描いた餅だ。

 そんな中、いわゆるTSMCの熊本工場(公式にはソニーセミコンダクタソリューションズ、デンソーそしてトヨタ自動車も出資することになった「「JASM」(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)という会社)が第2工場建設の発表をした(TSMCのプレスリリース「JASM Set to Expand in Kumamoto Japan」)。2024年2月24日に第1工場の「開所式」が催される予定という。

 Googleマップのストリートビューで見てみると、ピカピカの建屋ができていた。こちらの工場建屋はいち早く完成、量産立ち上げに向けて邁進(まいしん)するぞということのようだ。そして発表は、「第1工場はできた、続けて第2工場もやるぞ」という表明に他ならない。

 JASMの第1工場の建設には、5000人規模の人々が関わったらしい。そして第2工場も、ということだから、同規模の人々が今後も確保され続けることになるだろう。スケジュール的には、2024年中に量産開始する予定の第1工場を横目に、2024年末に第2工場着工、2027年に第2工場も操業開始ということになるようだ。

 なお、金のことばかりで申し訳ないが、第1工場の補助金は4760億円、第2工場は7500億円の予定らしい。ちなみに建設を担当するゼネコンは鹿島建設である。

 ここでちょっと勝手な意見を差し挟んでおきたい。大手建設会社というとヒトがいっぱいいるのだろうと誤解している人がいるかもしれない。しかし、ゼネコンが持っているのは、頭と金(資本)だけだと筆者は認識している。手足はいない。まず難しい工法で施工するための頭はある。昔、少し仕事でゼネコンの人と付き合ったことがある。営業の人と名刺交換したら工学博士とあってビックリしたものだ。どうもかの業界では珍しいことではないみたいだ。難しい工事は発注側も受注側も頭のレベルが高い(?)のだ。

 そして資本である。巨大な工事のためには資材にも人員にも膨大なコストがかかる。何度かに分けて発注側からお金を受領するにしても、一時的にそのコストを負担して途中経費を管理できるだけの資金がないと工事の受注はできない。小規模会社では受けられない道理だ。

 結局、ゼネコンは現場の人員と資材は持っていない。作業人員は下請け会社のピラミッドの中で調達される。また、コンクリートなどの資材も現場に近いところのローカル企業からの調達だ。地元企業にしたらそこに一枚かみたくなるわけだ。持ちつ持たれつ、お金が滴り落ちる構図ができるわけだ。

 熊本の第1工場のケースでは、能登半島地震のはるか前、大阪万博工事が本格化する前に順調に建設ができたようだ。うまく切り抜けた感じか。

 一方で第2工場は、リソース不足に悩む可能性もある。ただ、それも九州地区での「続き」なので、何とかなるのではないだろうか。何せ地元がJASM進出に沸き立っていて前向きである。それに半導体工場の給与水準は、半導体の専門職を九州まで呼び込むために、県内企業レベルと懸絶しているらしい。それを目当てに進出企業が相次ぎ、地価上昇率が全国一になるほどと聞く。

 まだ工場は稼働していないが、この経済効果である。既に交通渋滞なども問題になり始め、対策が検討されているようだ。

 また、TSMCが熊本に目をつけた理由の一つに豊富な地下水がある。慢性的な台湾の水不足もあり、TSMCが水不足に悩んできたのは過去に何度も報道されてきた。熊本工場立地は、阿蘇カルデラから熊本へ至る水の流れのまさに直上に位置している(ちょっと断層が心配だが)。ただし、いくら豊富とはいってもくみ上げ過ぎると枯渇の恐れもあるみたいだ。当然、地元ではその対策にも奔走しているらしい。

北海道千歳市で建設中のRapidusはどうだろう

 一方、Rapidusが北海道千歳市に建設中の工場の方はどうだろうか。こちらは2023年9月に着工している。2025年4月に試作ライン稼働で、2027年に量産開始予定という計画のようだ。

 上記のJASM第2工場建設より着工は早いが、量産は同時期の予定である。時期的には、もろかぶりという感じになる。場所は千歳美々ワールドという名らしい(Rapidusのプレスリリース「Rapidus、IIM-1の起工式を開催」)。千歳空港のすぐ東側の森である。

 千歳空港でレンタカーを借りたことのある人は知っていると思うが、空港の東側に大きな駐車スペースのあるレンタカーのお店が並んでいる。その南側の辺りだ。手前にはセイコーエプソンの千歳事業所もある。こちらはTFT(Thin Film Transistor)液晶のクリーンルームとして建てられたかなり巨大な建屋なのだが、Rapidus予定地の面積はそれをはるかに上回る規模の大きさである。2023年着工なので、Googleマップの航空写真で見たところでは、土地は整地されている程度だ。

北海道千歳市にRapidusが建設中の半導体工場
北海道千歳市にRapidusが建設中の半導体工場
北海道千歳市にRapidusが建設中の半導体工場をGoogleマップの航空写真で確認してみた。航空写真では、整地されただけだが、既に建設は始まっているようだ。画面の左側にあるのが千歳空港で、Rapidusの工場予定地の隣には、セイコーエプソンの千歳事業所(TFT液晶のクリーンルーム)がある。

 工事のタイムテーブルを見ると、2024年1月から建屋の地上部分の建設が始まっているはずだ。しばらくすれば、Googleマップの航空写真でも建屋の姿が明らかになるのではないだろうか。

 一般にクリーンルームというと、巨大な箱型の窓もほとんどない建物であることが多い。上層階には空気フィルターが詰まっており、そこから製造装置の並んだ中層階へ静かに下降流を流し出している。それを受け止める下層階は暗い巨大で空虚な空間(東京ビッグサイトやパシフィコ横浜の展示会場で屋内照明を切ったような感じ)で上からの空気を受け止めて上部に戻していく。

 通常は無味乾燥な巨大な白いハコであることが多いのだが、Rapidusの建屋は斬新な見た目である。通常のビルの4階、5階くらいに相当する緑化された屋上まで、地上からアーチ型の橋のようなものを伝わって登れるようになるみたいだ。周りは森なので、森の中に巨大工場が隠れている感じである。とてもカッコイイ。こちらもゼネコンは鹿島建設である。なお隣にあるセイコーエプソンの事業所の施工は竹中工務店だったみたいだが。

Rapidusの半導体工場の完成予想図
Rapidusの半導体工場の完成予想図
Rapidusが北海道千歳市に建設中の半導体工場のイメージを見ると、単なる巨大はハコではなく、屋上が緑化されるなど斬新なものとなっている(Rapidusのプレスリリース「Rapidus、IIM-1の起工式を開催」より)。

 Rapidusの方でも補助金額を述べないわけにいかないだろう。2022年度と2023年度で3300億円、2024年度は5900億円ということらしい(名目は変わるみたいだが)。巨額の投資にやはり北海道内でも注目は集まっているようだ。地元で一番の北海道新聞などはRapidus関連の特設Webサイトまで作っている。

 ただし、こちらは一歩遅れているだけに、人員集めは苦労しそうに思われる。だいたいリソースに余裕のない北海道だが、北海道新幹線が札幌延伸工事中だ。それに合わせて札幌市内の再開発案件もめじろ押しのようだ。

 東日本大震災の復興事業はそろそろ一段落のところもあるかと思うが、今後能登の復興事業が具体化するとどうなるのか。それに東北ではキオクシアの北上工場の増設案件もある(キオクシアのWebページ「北上工場」)。キオクシアは三重工場にも投資するみたいだ。

 また、中国地方ではマイクロンメモリ ジャパンの広島工場増設の件もある。宮城県大衡村では、力晶積成半導体(PSMC)がSBIホールディングスと合弁で半導体工場を建設することを明らかにしている(SBIホールディングスのプレスリリース「日本国内での半導体ファウンドリ建設予定地決定のお知らせ」)。

 このように各地で半導体工場が建設中、建設予定である。半導体の立ち上げ前に建設関係で苦労しそうな感じだ。まずは建設関係の労働者不足と資材高騰に向き合い、続いて半導体工場の技術者の充足に苦しむという構図が当分続きそうだ。もう地震は起きないでくれ、と祈るしかない……。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。


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