どんなにアイデアが秀逸でも、プログラムが平凡なら著作物とはいえないですね:「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(127)(1/2 ページ)
持ち出したPCから独自のアイデアが詰まったソフトウェアを盗み、競合媒体を発刊した競馬新聞発行人。もちろん有罪です、よ……ね……?
IT訴訟事例を例にとり、システム開発にまつわるトラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回は著作権についての興味深い判決を取り上げる。本判決では、プログラムを著作物と認めるための重要な考え方が明確に述べられている。
著作権の問題は決して人ごとではない。日々プログラムを開発する技術者には、自分が作成したプログラムが著作物として保護されるのか、既存のライブラリやフレームワークを流用する際に著作権侵害のリスクがないのか、あるいはベンダーに委託して開発してもらったプログラムの著作権が誰に帰属するのかといった問題が、常に身近に存在している。
本判決で示された考え方を参考に、自分が関わるプログラムの著作権について改めて検討してみることは、将来的なトラブルを避ける上で極めて有用だと思う。
プログラムの著作権が争われた事件の概要
まずは、裁判の概要から見ていこう。
知的財産高等裁判所 令和7年3月25日判決より
原告企業は、競馬の勝敗予想を数値化した指数を算出し、インターネット上で競馬新聞を提供している企業である。原告企業は競馬の予測にIDM(インデックスメモリー)指数という特殊な数値を計算し、これを用いて予測を行うものであった。
ある時期、被告企業のある従業員(被告企業代表者。事件後原告企業を退職)は、原告企業に在籍しながら自らもインターネット上で競馬新聞を提供する会社(被告企業)を立ち上げた。この会社には原告企業からもう一人の従業員(被告企業従業員。事件後、原告企業を退職)も参加していた。
被告企業代表者と同従業員は、ある日、原告企業のオフィスからPCなどを持ち出し、その後、原告企業を退職し、その後原告企業のIDM指数を流用した予測プログラムを利用して競馬新聞の発行を継続した。
これに対して原告企業は、被告企業代表や元従業員らが原告企業の開発したIDM指数作成プログラムを不正に使用したとして、著作権侵害を主張し、プログラムの使用差し止めや損害賠償などを求めて提訴した。
出典:裁判所Webサイト 事件番号 令和5年(ネ)第10057号
機能の価値は高いがプログラムとしては平凡
IDM指数とは、原告企業が独自に開発、使用している「競走馬の能力を数値で表した、独自の成績評価」である。走破タイムだけでなく、レース内容や馬の状態といった「記憶の要素」も加えているところに独自性があり、機能的には明らかな独創性と価値を持つソフトウェアであったことがうかがえる。多くの競馬ファンに利用され、商業的にも大きな成功を収めていたようである。
しかし、プログラムの実装面に目を向けると、異なる側面が見えてくる。
IDM指数を使用した予測プログラムは、「Microsoft Excel」や「Microsoft Access」といった既存のソフトウェアのマクロ機能を利用し、基本的には加減乗除の計算処理を組み合わせて構築されていた。つまり、革新的なアイデアを実現するために用いられた手法は、一般的な表計算ソフトウェアやデータベースソフトウェアの標準的な機能の組み合わせだったのである。
アイデアは独創的だがプログラムは平凡。果たしてこうしたものに著作物性はあるのだろうか。
実現される機能やアイデアの独創性という側面では、本ソフトウェアはプログラムも含めて著作物ということになるだろう。しかしプログラムの表現方法における創作性だけを見るなら、著作物と認められるのは難しそうだ。
原告の立場からすれば、長年かけて開発した独創的な競馬予想ソフトウェアを不正に利用されたのだから、当然著作権侵害が成立すると考えるだろう。一方、被告の立場からすれば、汎用(はんよう)的なソフトウェアの標準機能を組み合わせただけのプログラムに著作権があるとはいえないと反論するだろう。
機能の独創性を重視して原告の主張を認めるのか、それとも実装方法の一般性を理由に被告の主張を認めるのか。
読者の皆さまはどちらの立場に立つだろうか。
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