検索
連載

第306回 ネクスペリア危機で世界が震撼? VWやホンダの生産停止を招いた車載半導体サプライチェーンに悪夢再び頭脳放談

2025年10月、オランダ政府による異例の決定が、世界的な半導体供給危機を再燃させた。大手NXP Semiconductorsから分離し、中国資本傘下となったNexperiaが製造する半導体の供給が、中国政府の措置により停止したからだ。VWやホンダなどの大手自動車メーカーは、単価は安くとも不可欠な部品の欠品により、生産停止の危機に直面している。本稿では、この小さな部品に起因する世界的危機と、サプライチェーンの脆弱性について解説する。

Share
Tweet
LINE
Hatena
Nexperia危機で世界が震撼、車載半導体サプライチェーンに迫る悪夢
Nexperia危機で世界が震撼、車載半導体サプライチェーンに迫る悪夢
2025年10月、オランダ政府による異例の決定が、世界的な半導体供給危機を再燃させた。大手NXP Semiconductorsから分離し、中国資本傘下となったNexperiaが製造する半導体の供給が、中国政府の措置により停止したからだ。VWやホンダなどの大手自動車メーカーは、生産停止の危機に直面している。本稿では、Nexperiaとはどのような会社なのか、なぜ供給停止という事態になったのかなどについて解説する。画面は、「Nexperia」のWebページ。

新たな半導体供給問題の勃発

 2025年10月、新たな半導体の供給問題が勃発した。コロナ禍の際、半導体の供給が問題になり、給湯器といった意外な製品も入手できなくなった記憶も新しいこの時期に、である。その影響はVolkswagen(フォルクスワーゲン:VW)やホンダなどの大手自動車メーカーに及ぶのではないかとみられた(ホンダの機関投資家・アナリスト向け説明会 質疑応答議事録「2026年3月期 第2四半期決算 機関投資家・アナリスト向け説明会 質疑応答議事録(PDF)」参照のこと)。まさに悪夢の再来だ。

Nexperiaの背景とオランダ政府の異例な決定

 そのきっかけは2025年9月末のオランダ政府の「小さい」しかし「異例な」決定にあった。それが全世界を巻き込みかねない大きな危機を招来することになるとはオランダ政府も全く予期しないことだったに違いない。

 この問題はオランダの半導体メーカー「Nexperia(ネクスペリア)」に起因している。実を言えば、筆者はNexperiaという名はこの問題が発生するまで知らなかった。大手半導体「NXP Semiconductors」のスタンダードプロダクト部門(「ディスクリート」トランジスタなどを製造している)が切り離されてできた会社と認識し、ようやく腑に落ちた。

 NXP Semiconductorsは、誰もが知る欧州半導体の雄である。電動シェーバーや電動歯ブラシでお世話になっている人も多いオランダ発の世界企業「Koninklijke Philips(ロイヤル フィリップス)」の半導体部門が独立してできた会社だ。

 Philipsの「標準品」半導体は、まさに「標準」品として世界中に流布していた。手元にも、旧PhilipsやNXP Semiconductors系のデスクリートデバイスのデータシートがいろいろある。Nexperiaは、そのNXP Semiconductorsから分離独立しているのでPhilipsからすると「孫」に当たる会社だ。

 欧州を本拠とするNXP Semiconductorsは、車載半導体には強く、Motorola(これまた車載に強い)の半導体部門が切り離されてできたFreescale Semiconductorも合流している。車載向け半導体の老舗といっていいだろう。

 NXP Semiconductorsのプロセッサ製品とかマイクロコントローラー製品とか先端の製品群は今も人気である。しかし、ディスクリート半導体、イメージしてもらうために言えば昔トランジスタラジオのケースを開けると入っていた3本足のトランジスタ(現在では表面実装部品全盛なので見た目は大分違っているけれども)は、昔ながらの製品でそれに注目している人はその道のプロばかりだと思う。最近では、電気自動車(Electric Vehicle:EV)やデータセンターで人気のSiC(シリコンカーバイド)やGaN(窒化ガリウム)のパワー半導体もこの分野に含まれるので、再び伸びている分野ではある。

Nexperia製品の位置付けと中国資本の影響

 Nexperiaが製造する半導体は、機械に例えればネジのような、必要ではあるがありふれていて単価も比較的安い製品である。先端の半導体製品を扱い、世界10傑に入るような親のNXP Semiconductorsに比べ、Nexperiaの売上高は1桁以上も小さいと推測される。世界の半導体売上高ランキングでもリストには入れてもらえないような規模感だろう。

 ただし、単価が安い製品なので数量では途轍もない数を作っていると思われる。年間数千億個といわれても驚かない。しかし昔ながらの半導体は、そのようなビジネスモデルであり、匹敵する数量を作っている「無名」で小規模な半導体メーカーは世界中に多数存在する。

 Nexperiaは、現在では中国の「Wingtech Technology」という会社に買収されている。NXP Semiconductorsから分社化したのち、7〜8年前に売却されたようだ。NXP Semiconductorsの売却決断の背景は分からない。想像するに、古いプロセス工場を抱えて従来型製品を製造している部門を、同様な製品を製造している中国企業に売却して身軽になるという感じだったのかもしれない。

 古い半導体工場など抱え続けることは、後々膨大な修繕費用やリストラ費用がかかる可能性があり、経営リスクになる。買い手があるうちに、設備、製品、そして人員コミコミで売るというスキームは、ここ20年ほどアチコチの老舗半導体企業でよく見られる構図である。

経済安全保障と中国政府の「常識外」の措置

 オランダ政府は、このNexperiaの経営権を掌握するという異例の措置を発動した。目的は、中国への技術移転を阻止すること、そして経済安全保障上のリスクへの対応ということらしい。何やら昔の法律を持ち出してきたところを見ると、最近の米国流の影響を受けたのかもしれない。

 Nexperiaは、Philipsが世界企業になるはるか以前(半導体以前の真空管時代)から、オランダに根付いた歴史と伝統を担う組織をルーツとしているらしい。オランダ政府としては、地場産業の危機(一切合切中国に持っていかれること、雇用も含む)を見過ごせなかったのだろう。

 その背景にはNexperiaを買収し子会社化していたWingtech Technologyのガバナンスに懸念を抱いていたということもあるらしい。中国に限らず、ガバナンスが問題になる組織は多いが……。クセが強過ぎる経営者にオランダ政府が切れたのかもしれない。

 現状ではNexperiaの製造能力の過半が中国になっていたようだ。頭はオランダ、身体は中国という感じか。そして、オランダ政府が、この問題のトリガーを引くと、中国政府はわずか数日後に中国工場からの輸出禁止を発動している。とんでもなく素早い介入で、常識外の措置だと思う。

 過去の半導体業界の商習慣では、紛争当事者ではない末端の顧客に迷惑はかけられないように、交渉を続け、軟着陸や代替の手段を講じるのが通例だったと思う。あまりに素早い出荷停止に、みんなビックリした。

自動車産業が直面した厳しい現実

 ネジクギのような汎用部品とはいえ、大量のNexperia製品が大手自動車メーカー各社に納品されていた。これにより、関係各社の自動車生産がストップするのではないかという驚愕の事態が目の前に突然現れた。さらに中国政府はさほど日数を置かず、レアアースまでからめてくるという念の入れようである。

 さきほどネジクギのような汎用部品だと書いた。であれば代替手段は他にもあるだろうと思われるかもしれない。しかし、製造業、特に自動車産業では品質や安全性、供給能力を考慮すると、「ココがダメなら明日からアソコ」とはいかない。

 Nexperia製品にこだわらなくても同等な回路を製造できる部品は見つかると思う。しかし普通の製造業でも部品の変更は時間がかかるものなのだ(真面目にやっている会社ほど)。カタログを見てこれで即変更とはいかない。部品変更した場合の設計変更、機能評価、品質評価などをパスしてようやく変更部品の発注に至る。

 さらに、半導体は基本的に受注生産なので、数カ月といった納期のかかるものが多い。変更しようと考えて、部品の選定、評価から発注、製造のプロセスを考えると何カ月もかかってしまうものなのだ。しかも、単価は安いが数量は非常に多い部品である。そのような数量を急に受注できる会社があるとも思えない。どこの会社も製造能力いっぱいまで受注しておきたいと努力しているのが普通だからだ。突然の新規大量注文など受けきれないことが多い。

 その上、車載用途ではさらにハードルが上がる。通常の製造業でも品質管理は厳しいが、自動車産業での厳しさは一段上で、安全性など通常よりも厳しい規格が要求されるのだ。製品ごとの各種規格の認証プロセス(第三者機関の監査が必要になることが多い)だけでなく、設計・製造組織自体も車載製品を製造できる品質管理体系が認定されていることも前提条件となる。

 大昔、筆者も車載向けにテストケースのような初物製品の担当をやったことがある。あれやこれやと面倒な作業とチェックが続き、何カ月も気が休まらなかった。動員された工数も多ければ、時間もかかった。車載向けに体制が確立している会社であれば比較的短時間に対応できるだろうが、車載の経験のない会社に頼んだら多分無理だろう。

 そして先ほども述べたように、車載向けにNexperiaと同等な製品を製造している会社もあるはずなのだが、どこも既存顧客の注文をさばくのに製造能力はいっぱいいっぱいと予想する。たとえネジのような汎用部品でも車載用部品の欠品は、自動車という製品全体の製造を止めてしまう。その裾野の広さを考えると影響は世界的となる。小さな部品が世界経済を止めかねない事態となるのだ。

今後の課題と新たなリスク

 関係各位が奔走された結果、2025年11月になってなんらかの妥協(圧力に屈した?)が成立し、チップ供給が再開された模様だ。

 この一件により、「何かあると供給を止められてしまう」という前例がまた一つ加わった。業界の常識や通常の商習慣も通用しない中。取引していること自体がリスクかもしれない。デカップリング(経済の切り離し)がさらに進むのか、それとも他の手段が講じられるのか。オランダの次は、極東の某国がターゲットになるのか? 既に火がついている気もするのだが……。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。


Copyright© Digital Advantage Corp. All Rights Reserved.

ページトップに戻る