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多国籍チームでは、プログラミング言語が共通言語 AI時代にこそ問われる、人間だけの設計力Go AbekawaのGo Global! セリンさん from セネガル(1/2 ページ)

カミュを愛読し、日本の戦後復興に魅せられてセネガルから来日したセリン・ムバケ・ンジャイ氏。多国籍な現場でテックリードを務める彼は、AI時代だからこそ「プログラミング言語という共通言語」以上に、文理を超えた「設計の思想」と「問いを立てる力」の重要性を説く。

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 アフリカ大陸の最西端、大西洋に突き出した半島に位置するセネガル共和国。かつてフランスの植民地であったこの国では、公用語としてフランス語が使われ、教育カリキュラムにも色濃くフランス文化の香りが残る。そんな地で育った一人の青年が、なぜフランスやカナダではなく、遠く離れた島国、日本を目指したのか。

 モンスターラボのテクノロジーグループでバックエンドおよびインフラのテックリードを務めるセリン・ムバケ・ンジャイ(Serigne Mbacke《eは、右上がりの点(アクサン・テギュ)が付いた文字》 Ndiaye)氏。

 世界的な輸送機器メーカーのIoT(Internet of Things)システム開発や、さまざまなプロジェクトのアーキテクチャ企画、実装に携わり、毎日の仕事を「楽しい」と話すセリン氏。彼の物語は、日本人が忘れかけていた「技術への信仰」と、現代のエンジニアが立ち返るべき「知の土台」を再認識させてくれる。



多国籍チームをつなぐ「共通言語」

 現在、彼は17カ国の国籍を持つプロフェッショナルたちと共に、複雑なプロジェクトを率いている。

 文化も母国語も異なるチームをまとめ上げるのは、至難の業に見える。しかし、セリン氏にとってその障壁は、ある「共通言語」によって解消されている。

 「モンスターラボでは17の国籍のエンジニアが働いており、言葉も違います。しかしプロジェクトでは、プログラミング言語という1つの言葉に向き合っています。だから例えば1つのJavaという言語を話しているとも考えられるわけです。それは皆共通に分かっているので、母国語の違いを超えることができていると思います」

 彼にとって、コードは単なる命令の羅列ではない。多国籍な知性を結び付け、1つの目的へと向かわせるための、最も洗練された対話手段なのだ。

 言語そのものへの習得についても、彼の見解は極めて本質的である。

 「いまの時代、AI(人工知能)を用いれば、特定の言語に固執する必要はありません。多くのプログラミング言語のコンセプトそのもの、例えば文法は大体同じで、違いは語彙(ごい)ですから、その概念さえ理解していれば、新しい言語は2週間もあれば習得できます」

『モンテクリスト伯』を愛読する中学生


文学に親しんでいた頃のセリン氏

 セリン氏のフルネームは「セリン・ムバケ・ンジャイ」。ミドルネームの「Mbacke」は、イスラム教に関連した家系の名前に由来するファミリーネームの一種だという。

 意外だったのは、彼の知性のバックボーンだ。エンジニアとして活躍する彼だが、その原点は意外にも「数学」ではなく「文学」にあった。

 「中学生の頃は文学が大好きでした。フランス文学、特にアルベール・カミュやアレクサンドル・デュマの『モンテクリスト伯』などを好んで読んでいました」

 高校進学時、彼はあえて「科学(物理、数学)」の道を選択する。しかし、それは文学を捨てることを意味しなかった。むしろ、世界をより多層的に理解するための戦略的な選択であった。

 「将来の可能性を広げるためです。文学の道を選ぶと科学の道は閉ざされますが、科学を選べば文学を楽しみ続けることもできると考えました。物理学を学び始めると、ボールがバウンドする回数や軌道を計算するといった『現実世界のシナリオ』を扱える点に魅了され、大学でも物理と計算機科学を専攻することにしました」

 彼にとって、物理の数式は現実世界の「物語」を記述するためのもう一つの言語に過ぎなかったのだ。

高度経済成長への憧憬

 ウォロフ語とフランス語が公用語であるセネガルのエリート層にとって、留学先といえばフランス語圏であるフランスやカナダが一般的だ。しかし、セリン氏の視線は東を向いていた。きっかけは、高校の歴史の授業だった。

 「セネガルの学校では、米国、フランス、中国、ロシアなど、多くの国々の歴史を学びます。その一環として、高校の歴史の授業で日本の戦後復興について学びました。多くの学生は欧米に魅力を感じるようですが、私は日本の歴史に引かれました。戦後短期間で世界で2番目の経済大国になり、高い技術力を持ったことに感銘を受けたのです」

 現代の若者が日本に抱くイメージは、漫画やアニメ、ゲームといったソフトパワーに偏りがちだ。しかし、彼は違った。

 「実は漫画は苦手です(笑)。それより、新幹線などの技術ですね。ソニーとか自動車会社とか。日本で学ぶことでこれらの技術に直に触れることができると思いました」

 12歳の頃、父が会社から持ち帰ったWindows 98のPCに触れて以来、コンピュータは常にセリン氏の身近にあった。ガストン・ベルジェ大学で、数理物理学とコンピュータサイエンスを学び、卒業後はセネガルの通信会社でSIMカードの開通作業を自動化するアプリなどを開発した彼は、実践の中でコンピュータサイエンス(CS)の可能性を確信し、満を持して筑波大学大学院へと足を踏み入れる。そこで彼を待っていたのは、「スマートグリッド」の研究だった。

 「各家庭に対して、電力をどうやって効率的に分配するかという技術です。コンピュータサイエンスと電力を融合させるアルゴリズムは全く新しい分野でした。それはとても革新的なことでした」


ガストン・ベルジェ大学に通っていた頃のセリン氏。大学名は、哲学者、ガストン・ベルジェの名に由来する。

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