多国籍チームでは、プログラミング言語が共通言語 AI時代にこそ問われる、人間だけの設計力:Go AbekawaのGo Global! セリンさん from セネガル(2/2 ページ)
カミュを愛読し、日本の戦後復興に魅せられてセネガルから来日したセリン・ムバケ・ンジャイ氏。多国籍な現場でテックリードを務める彼は、AI時代だからこそ「プログラミング言語という共通言語」以上に、文理を超えた「設計の思想」と「問いを立てる力」の重要性を説く。
AIは「美しいコード」を書かない
多国籍チームで働くセリン・ムバケ・ンジャイ氏。
フランス語では、「Serigne Mbacke Ndiaye」(「e」は《アクサン・テギュ》《右上がりの点》が付く)。ウォロフ語では「Serin Mbakke Njaay」(「e」は上に《トレマ》《2つの点》が付く、「n」は上に《チルダ》《~》が付く、「a」は上に《アクサン・グラーヴ》《`》が付く)。
「Mbacke」は、セネガルで深く敬われるスーフィーの指導者、シェイク・アマドゥ・バンバ・ムバケ(Cheikh Ahmadou Bamba Mbacke)の家系名。ムリッド教団の創設者であり、セネガルにおいて深い精神的な意義を持つ存在
そして大学院卒業後、幾つかのインターンを経て彼が選んだのが、多国籍なエンジニアが集うモンスターラボだった。
昨今、AIの台頭によってエンジニア不要論が叫ばれることもある。しかし、テックリードとして最前線に立つセリン氏の視界は、より冷静で、かつ厳しい。
「AIに『何を』『どのように』尋ねるのかを分かった上で、AIに尋ねないといけません。それを知らずに尋ねても答えは出てきません。プログラム言語の核となるコンセプトを分かった上で、AIを使わないといけないのです。そうしないと、AIは悪いコードしか書いてくれません。美しいコードとも無縁です」
彼が懸念しているのは、若手エンジニアの「思考の停止」である。AIが答えを出してくれるからこそ、人間には「なぜそうなるのか」を突き詰める哲学が必要だと説く。
「若手がAIに頼り過ぎて、自分の頭を使わなくなることを懸念しています。AIに指示すればコードは書けますが、『なぜそうなるのか』『どう動いているのか』という根本的な仕組みを理解していないと、問題が起きたときに解決できません。『問題解決能力(Problem Solving Skills)』が低下しないよう、好奇心を持って基礎をしっかり学んでほしいですね。AIは答えをくれますが、問い(問題)を立てるのは人間ですから」
20年後のエンジニアはどうなる?
インタビューの終盤、話題は「20年後のキャリア」に及んだ。コーディングそのものをAIが担う時代が来たとき、エンジニアの存在価値はどこに残るのか。セリン氏の答えは明確だった。
「もしAIがプログラマーになったとしても、人間には他にやることがあります。『設計』や『要件定義の整理』です。お客さまの要件を整理して、技術の選択肢を検討し、それをきれいにしてからAIにインプットするまでの仕事は残ると思います」
設計すらもAIが手掛ける可能性を問うと、彼は穏やかな笑みを浮かべてこう返した。
「もし設計もAIが担うようになっても、そのAIが設計したものが正しいかどうかを確認しなければなりません。また、AIに設計させるためには、『何を設計するのか』を整理してインプットさせる必要があります。そこのアーキテクチャの検討は、少なくとも人とAIが一緒にやることになると思います」
この時代に生まれて良かった
セリン・ムバケ・ンジャイという男の根底には、カミュに学んだ「不条理への洞察」と、日本の復興に学んだ「技術への信頼」、そして数学と物理で鍛えた「論理的思考」が同居している。
AIが進化し、誰もが容易にコードを生成できる時代が到来しても、セリン氏の信念は揺るがない。「AIは答えをくれますが、問い(問題)を立てるのは人間ですから」。この言葉は、技術の波にのまれがちな現代のエンジニアへの警鐘ともいえる。
「AIが進化するこの時代に生まれて良かった」と語り、常に「新しいこと」に胸を躍らせるセリン氏は、これからもAIを最強のパートナーとして使いこなし、人間ならではの「設計」の領域を切り開いていくだろう。現在39歳の彼は10年後、50歳を迎えてもなお、「なぜそうなるのか」という好奇心を武器に、テクノロジーの最先端でエキサイティングな挑戦を続けているはずだ。
Go's Thinking Aloud 編集後記にかえて
人はなぜ文学を好きになるのか。先天的なものか、後天的か、あるいはその2つが繰り返し相互にドライブをかけるのか。
経歴を見て、セリンさんは「超」が付くほどのインテリであることは分かっていたが、「実は文学が好きだった」と聞いてむしろ納得した。よく読んだのがカミュなのは、さすがフランス領だった影響。ストーリーテリングはデュマから学んだと聞いて、ますますうれしくなった(注:阿部川の専攻は建築土木工学とリベラルアーツ)。
物理学、数学、サイエンスに自らの興味を移し、右脳と左脳の両方を意識して鍛えてきた。大学院ではコンピュータサイエンスを専攻しスマートグリッドを研究。現在はAIも駆使し、ビジネス+デザイン+テクノロジーの3領域を一気通貫でクライアントにサポートするテックリードを務める。多彩な国籍のエンジニアたちとの毎日の会話こそが技術の進歩であり、そここそAIの先をいく、議論の宝庫なのではないか。
冨山和彦さんは、AI時代のこれからは、「知的上流工程、すなわち、より本質論、よりメタな観点からそもそも論を考える知的活動は、AIという有能な部下、アシスタントを持つことで、付加価値と生産性を高めることができる」と言う。そしてセリンさんの言う設計や要件定義の整理ができることとは、「AI時代のボスとは、『判断と設計とコミュニケーションと覚悟』のプロ」ということと、異口同音か(『日本経済AI成長戦略』冨山和彦、松尾豊:文藝春秋刊)。
あと10年で皆、10年年をとる。そのとき私たちは、一体どこにいるだろうか。
阿部川“Go”久広
アイティメディア 事業開発局 グローバルビジネス戦略担当、情報経営イノベーション専門職大学(iU)学部長、教授、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD) 元特任教授、インタビュアー、作家、翻訳家
コンサルタントを経て、AppleやDisneyなどでマーケティングの要職を歴任。大学在学時から通訳、翻訳も行い、CNNニュースキャスターを2年間務めた。現在、iU情報経営イノベーション専門職大学の学部長、教授も兼務し、多くの企業とプロジェクトを推進。元神戸大学経営学部非常勤講師、元立教大学大学院MBAコース非常勤講師。ビジネスや起業のコンサルティング、英語やコミュニケーション、プレゼンテーションのトレーナーの他、作家、翻訳家としても活躍中。
編集部鈴木の Editor's view
カメルーン出身のパトリックさんも、今回のセリンさんも、アフリカ大陸出身のエンジニアは寡黙で理知的な印象だ。その語り口は穏やかで、私のイジワルな質問(「10年後は仕事なくなっちゃうんじゃないの?」「20年後は?」としつこく聞く、など)にも、丁寧に答えてくれる。
そして、その柔らかさの中にはしなやかで強固な“芯”がある。戦後復興で日本に興味を持ち、新幹線や自動車のテクノロジーに触れたいと来日してくれるなんて、最高じゃない?
彼が憧れた「モノヅクリ ニッポン」の期待を裏切らないよう、私も記事を作り続けていく。
編集部から
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