「AI一辺倒の極論」がビジネスで通用しない理由 開発・運用の自律化時代に押さえておくべき本質:「AIによってITエンジニアの仕事はなくなる」は誤解
一部のビジネスメディアやSNSで「今からIT人材を目指すのは良くない」「AIに全て任せるべき」という議論をよく目にする。最前線の実務者はこうした議論をどう見ているのか。@ITの連載やRAGをテーマにした書籍を執筆しているMicrosoft Azure MVPの武井宜行氏に見解を聞いた。
Microsoftが「Agentic DevOps」を提唱し、Amazon Web Services(AWS)もAIエージェントによる運用自律化を支援するサービスを展開するなど、AIを軸とした開発・運用の自律化が急速に進みつつある。
こうした技術の進化に伴い、一部のビジネスメディアやSNSでは、「AIはIT領域が一番得意だ。今からIT人材を目指すのは良くない」「AIによってエンジニアの仕事はなくなる」「AIに全て任せるべき」という極論を目にしたり耳にしたりする機会が増えている。
熾烈(しれつ)なAI開発競争が進み続けていく中で、ビジネス遂行の手段であるITを学ぶ必要はなくなるのか。@ITの連載「ITインフラ担当者のための生成AI活用術」や書籍『世界一やさしいRAG構築入門』を執筆したMicrosoft Azure MVPの武井宜行氏に、実務者としての見解を聞いた。
ビジネスにおいて「AI任せで承認」は通用しない
――ビジネスメディアの動画やSNSなどで「コーディングも何もかもAIに任せればいい」という議論を目にします。
個人で完結する趣味のレベルだったり、フリーランスで請負契約していたりするという立場ならそれでもいいのかもしれません。しかし、組織対組織のビジネスにおいては100%あり得ない話ですね。
そもそも、現在のLLM(大規模言語モデル)にはハルシネーションのリスクが常に付きまといます。エンタープライズのシステム開発において、プロジェクトの計画段階で「誰がどうレビューし、誰が承認するのか」というプロセスを組み込まないレビュー計画など、契約の制約上、絶対に通るわけがありません。
発注側の企業からしても、誰も責任を持たずにAIのアウトプットをそのまま本番環境にデプロイされるなんて、恐ろしくて許可できないはずです。
――AIの進化で、ITエンジニアに求められる役割やスキルは変わりますか。
役割そのものは、人間が手を動かしてコードを書く「プレイヤー」から、AIが出してきた成果物を評価・判断する「レビュワー」や「マネジャー」へ完全にシフトしつつあります。
AIは人間で例えると、抜群に頭は良いけれど会社のやり方や案件の固有事情を何も知らない「優秀な新人」です。その新人が変な方向に行かないようにプロンプトでコントロールし、出してきた成果物の品質を確保するのが人間の役割になります。
つまり、役割は変わっても、求められるスキルの本質は何も変わっていません。ITの基礎知識がなければ、その優秀な新人に的確な指示を出すことも、出てきた成果物のバグやリスクを見極めてレビューすることもできないためです。
――「今からIT人材を目指すべきではない」との論調もあります。
むしろ逆で、ITエンジニアの重要性はこれからどんどん高まっていくはずです。実際、今の現場でもAIがものすごいスピードで出力する一方で、「それをレビューする人が間に合っていない」という課題が生じています。
「単にコードを書くだけ」「指示されたインフラを構築するだけ」の人だと、活躍の場がなくなっていくのは事実でしょう。しかし、AIの成果物を正しく評価し、プロジェクトの要件に本当に沿っているかを見極める「目利き」ができる人材の価値は、これまで以上に高まっていきます。
問われる「決定論」と「非決定論」の見極め
――「全てをAIに任せるのは難しい」と。
いま多くの企業がAIの導入で「暗中模索」しているのは、モデルの性能の問題ではなく、自社の運用プロセスや文化にどう当てはめるかという「見極め」ができていないからです。
最近、あるお客さまで「重要事項説明書」と「契約書」に出てくる単語の整合性チェックを、全てRAGにやらせようとして失敗したというご相談がありました。なぜ失敗したかといえば、資料の中に特定の単語が何回出てくるか、表記の相違があるかといった機械的なチェックは、実はAIが苦手な領域だからです。
そこで私たちは、100%の正解がない、資料から特定の単語を抜き出すといった「非決定論的」な処理はLLMにやらせて、抜き出した単語同士に相違がないかをチェックする「決定論的」な部分は従来のプログラムで処理させるという提案をしました。
「AIで変革できる」というバズワードに踊らされず、本当に実現したい目的に向かって技術の適切な切り分けと方向付けができる人材こそが、いま企業から最も求められています。そして、こうした提案は、過去の堅実なITの実践知識がないと絶対に不可能です。
――これまでは「クラウドが触れる」というスキルが評価されてきました。こうした強みも、AIの台頭で変化していくのでしょうか。
ツールの使い方のような「表層的なテクニック」の価値は一気に下がります。AWSが出してきた「AWS DevOps Agent」もツールの設定自体はそんなに難しくないでしょう。ただ「自社のどの運用プロセスを自動化し、どこを人間が担当するか」という見極めが一番難しい。運用というのは、その会社の文化や組織体制に深く根ざしているものであり、製品やサービスを当てはめるだけで自動化できるわけではありません。
だからこそ、これからのITエンジニアに求められるのは、インフラならTCP/IPなどの基礎的な通信方式、開発ならオブジェクト指向や保守性の高い設計思想といった「ITの理論そのもの」です。本質が分かっているからこそ、AIが生成した成果物の品質を、今の要件に沿っているか正しく「目利き」できるようになります。
知識はAIに、経験は人間に
――AI時代は、これからどのようなステップで何から学ぶべきでしょうか。
AIが出たからといって、ITエンジニアが学ぶべき順序やステップは何も変わりません。若手の方やこれからITに携わる人向けにアドバイスするとすれば、「堅実にやってほしい」ということです。
仕事や勉強はいつの時代も「実践」と「理論」の2つが車の両輪のように不可欠です。目の前の仕事をこなすために、「この設定が必要だ」という実践は必要ですが、それだけで終わらせず、裏側にあるプロトコルの仕組みなどの理論を同時に学ぶ。両方の知識があって初めて、AIの出力に対して「なぜこういう出力になったのか」を読み解く力が身に付きます。
――「自分自身の言語力を高めていく」という観点で、AIに聞けば分かることでも、あえて人に聞いてみるというのも重要になるでしょうか。
AIと人間の決定的な違いは、「AIには知識はあるけれど、経験がない」ということです。特に組織にいる先輩方は、これまでにさまざまな失敗やトラブルを乗り越えてこられて、その経験全てが「血肉」となって、今に生かされています。
AIだけで完結してしまうと「人と対話して、相手の意図をくみ取り、自分の言葉で説明する」という最も大切な言語力が鍛えられません。
「AIはこう言っているんですが、先輩の過去の経験から見てどうですか?」とあえて人にぶつけにいってみる。知識の検索はAIに任せ、経験に基づいたディスカッションは人間とする。そういう使い分けができる人は、AI時代にも強い人材になるはずです。
今までと同じように堅実に知識を学び、理論を学んでいく姿勢は、時代がいくら変わっても絶対に変わらない前提です。こんなことばかり言っていると若手から老害だと思われるかもしれないですけど(笑)。でもこれは変わらないんじゃないかなと思っています。
昨今、新しいAIモデルが公開されるたびに、「エンジニアの仕事はなくなる」「全てAIに任せるべき」といった極論が飛び交う風潮がある。だが、武井氏への取材を通じて、エンタープライズの開発・運用の現場において、そうした極端な議論に惑わされるのは得策ではないとあらためて実感した。
最新の技術トレンドを見ても、議論の軸は「AIモデル単体の性能」から、それを実業務でどう制御し統合するかという「ハーネスの整備」へと移りつつある。AI活用の本質を理解している人々は、すでに極論に振り回されることなく、冷静に次のフェーズへと向かっているのだ。
今後は、表面的なバズワードに熱狂している層と、本質を見極めてビジネスにAIを適切に組み込んでいける層との間で、「二極化」が進んでいくことも懸念される。だからこそ、極端な議論に流されず、AIの本質をいち早く理解して日々の業務に取り組んでいく姿勢がより重要になるはずだ。
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