AIコーディングだけでは生産性は上がらない 「AI最大活用×仕様駆動」で開発ライフサイクルを再定義:レガシーシステム刷新、新規開発を両立させる“型”
レガシーシステムが依然として多くの企業に残る中、期待されるのがAIを活用した開発生産性の向上です。その利点を開発ライフサイクル全体にわたって取り入れていくための視点と実践例を紹介します。
日本企業を取り巻くIT環境は、かつてないほどの変革の波に直面しています。経済産業省が警鐘を鳴らした「2025年の崖」は“まだ続いている”のが現実です。国内企業の約6割がいまだにレガシーシステムを抱え(注1)、刷新の必要性を認識しながらも実行に移せていない「道半ば」の膠着(こうちゃく)状態です。レガシーシステムの刷新と新規開発の両立は、多くの企業にとって喫緊の課題であり続けています。
DXC Technologyが世界22カ国で日本の80人を含む約2500人のIT意思決定者を対象に実施した調査(注2)によると、日本のCIO(最高技術責任者)の58%が、技術的負債を「重要な課題」と認識しています。
その一方で、「AIで技術的負債を有意に削減できる」と答えた企業は、グローバルでは80%だったのに対し、日本では50%にとどまりました。アプリケーションモダナイゼーションを「IT戦略上重要」と捉える企業も、グローバルの79%に対して日本では60%と、いずれもグローバルと比較して日本での問題意識は低くなっています。
※1:「経済産業省 DXの現在地とレガシーシステム脱却に向けて」
※2:「DXC AdvisoryX Global AI Study 2026」「Telsyte CIO Study 2026 ─ Japan Custom Analysis」
AIの活用範囲を“個別作業の効率化”にとどめる限り、技術的負債を解消したり、レガシーシステムのモダナイゼーションを推進したりするには限界があります。
AIを「点」で導入するだけでは生産性は上がらない
多くのケースで見受けられるのは、コーディング工程だけに「GitHub Copilot」のようなAIコーディングツールを導入する、テスト工程だけに既存の自動化ツールを当てはめる、といった「点」の取り組みです。開発工程のどこか一部にAIを導入するだけでも、もちろん一定の効果は見込めます。典型的な例としては、以下のような実践が挙げられます。
- コーディング支援AIを導入して実装作業だけを速くする
- AIで単体テストコードだけを生成する
- 議事録や要件メモの要約だけを自動化する
一部の工程をAIによって効率化できたとしても、要件定義、設計、結合テスト、運用引き継ぎといった前後の工程が従来のままであれば、開発全体の生産性は大きくは伸びません。個別のツール導入やフェーズ単位の効率化にとどまり、得られる成果は限定的になるためです。
手段である「AI導入」自体が目的化し、開発プロセス全体の再定義に踏み込めていないケースもあります。例えば、開発者にコード生成ツールを配布するだけ、テスト担当にテストケース生成ツールを使わせるだけ、プロジェクトマネジャー(PM)が議事録要約ツールを使うだけ、といった導入です。
これらは局所的には便利ですが、要件から設計、実装、テスト、運用までの情報が分断されたままであれば、AIの効果は各担当者の作業時間短縮にとどまります。全体最適の観点では、むしろ生成された成果物の確認や修正が増え、期待したほどの効果が出ない場合さえあるでしょう。
本質は、開発ライフサイクル全体を俯瞰し、AIをどう組み込むかという「業務設計」にあります。要件定義から設計、実装、テスト、運用に至るまでを横断的に最適化して初めて、点単位の効率化では届かない「型」としての効果が得られます。
設計の核心――AIを最大活用した仕様駆動
DXCテクノロジー・ジャパンが、クライアント・ゼロ(自社を最初の顧客として徹底的に検証する)の方針の下で2023年から実践し、体系化してきたのが、AIを最大活用した仕様駆動(AI + Spec-driven)です。
- AIの最大活用
- 要件定義・設計・開発・実装・テスト・導入・運用・プロジェクト管理の各フェーズに、それぞれ最も適したAI機能を複合的に組み込み、自動化と品質安定化を同時に進めるアプローチ
- 仕様駆動
- 業務要件や仕様を起点としてAIに開発を支援させる考え方
担当者個人の経験や暗黙知に依存せず、再現性の高い開発プロセスを実現
- 業務要件や仕様を起点としてAIに開発を支援させる考え方
両者を融合することで、開発は「速いだけ」でも「属人的だが高品質」でもない、スピードと品質、そして再現性を同時に満たす方向へ近づいていきます。
知見を「型」として標準化
この設計思想の根底には、開発ライフサイクルを反復利用可能な「型」として標準化するという考え方があります。さらに、この考え方を机上の概念にとどめず、新規システム開発とモダナイゼーションという代表的なユースケースに対して、実際に使える標準アセット群として具体化し、社内で共有しています。
具体的には、最適な構造を持つソフトウェアテンプレート、再現性を確保するためのプレイブックやナレッジ、品質を担保するための自動化アセット、それらを活用して作業を行うAIエージェントなどを整備しています。これらにより、考え方としての「型」を、状況や現場に合わせて実践的に実行していくことができます。
このアセット群を使えば、プロジェクトでは毎回ゼロから開発方法を設計する必要がありません。新規開発であれば、クリーンアーキテクチャやドメイン駆動設計に基づく標準構造を起点にできます。モダナイゼーションであれば、既存コードの理解、ドキュメント化、変換、テスト、品質確認までの標準化された流れを起点にできます。個別プロジェクトの業務特性や制約を反映しながら適用することで、標準化と柔軟性を両立します。
開発は属人的な職人芸から、組織として継承・改善していける資産へと変わります。定型的な作業をAIが担うことで、人間のエンジニアは上流設計や品質担保といった、より付加価値の高い領域に集中できます。スピードは一過性の成果ですが、「型」は組織に残ります。ここにこそ、AIを単発のツールとしてではなく、開発の設計思想として捉える意味があるとDXCテクノロジー・ジャパンは考えています。
段階的に、自社に合わせて広げる
全ての工程を一度にAI化する必要はありません。各フェーズをモジュールとして切り分け、自社の成熟度と優先課題に応じて、効果の高いところから段階的に導入を進めていくのが現実的でしょう。先に触れたような部分導入も、最終的には全体構想の一部として位置付けていくことが肝要と考えています。
ツールの選定にも原則があります。特定のベンダーや製品に全工程を縛りつけるのではなく、各フェーズで最も効果の高いものを、利害に左右されず純粋に技術的かつ実践的な評価に基づいて選び、組み合わせていきます。要件定義から設計・実装までを支援するAIエージェント、テスト自動化プラットフォーム、仕様駆動型の業務システム開発基盤など、役割の異なるツールを適材適所で組み合わせるアプローチです。例えばDXCテクノロジー・ジャパンのサービス提供体制では、以下のツールを活用します。
- Cognition社「Devin」
- 要件理解から設計・実装・テストまでを自律実行する「AIエンジニア」。設計書作成や検証といった定型業務を担い、人間のエンジニアを上流設計や品質担保といった高付加価値領域に集中させる。
- Autify社「Autify Genesis」「Autify Nexus」
- ノーコードでテストを自動化するAIプラットフォーム。UI(ユーザーインタフェース)変更にも柔軟に追随し、非エンジニアもテストに参加できる体制で、リリースサイクルの高速化と安定運用を支える。
- Business Operations Technologies社「Ceta Platform」
- MES(製造実行システム)、ERP(基幹業務システム)、CRM(顧客関係管理システム)などの業務テンプレートと生成AIを組み合わせた仕様駆動型の基幹システム開発基盤。基幹系に求められる信頼性・性能・拡張性を確保しつつ、要件整理から画面設計、業務ロジック構築、さらにAIエージェントの機能追加までを効率化する。
ただし、AIコーディングエージェント一つを例にとっても、Devinの他に、「Claude Code」「GitHub Copilot」「Kiro」と、選択肢は日々広がっています。それぞれに、コーディングに強いもの、設計やドキュメント生成に強いものなど、得意な領域もあります。その特性を見極めながら、工程ごとに最適なものを組み合わせるのが現実的なアプローチです。
この目利きには、何が良い開発かを知っており、長年の技術実績の蓄積が欠かせません。前後の工程と連携しながら、開発から運用までを見通した品質・セキュリティ・保守性・運用継続性の要件を満たす手段を、その時点で評価しつつ選ぶことが重要です。AIの進化は速く、今日の最適解が明日も最適とは限らないからこそ、差し替え可能な柔軟さを保っておく必要があります。
全体最適がもたらす効果
こうしたライフサイクル全体への統合的なアプローチでは、単発のツール導入とは桁の違う効果が期待できます。DXCテクノロジー・ジャパンが手掛けた国内大手金融機関のプロジェクトでも、従来の開発手法と比較して大幅な工数削減が確認されています。要件定義から実装・テストまで全工程を横断的に最適化したケースでは、最大で9割に達する削減を実現しました。
重要なのは、この成果が単一のAIツールによるものではないという点です。要件定義段階では仕様駆動のテンプレートで業務要件をAIに構造的に取り込み、設計・実装段階ではAIエージェントが設計書生成・コーディング・単体テストを自律的に進め、テスト段階ではAI駆動の自動化基盤が回帰テストを担う――こうしてフェーズ横断の最適化を図っています。この水準の効率化は、アプリケーション開発だけでなくインフラや運用まで一貫して見渡せて初めて実現できます。これが「点」ではなく「型」で取り組むことの効果だと言えます。
企業にもたらす価値――短期と長期で
このアプローチがもたらす価値は、短期と長期の両面から捉えられます。
短期的には、AIによる自動化が工数を大幅に圧縮し、限られたリソースでより多くのプロジェクトを遂行できる体制をつくることができます。開発期間の短縮は、ビジネス機会を逃さないタイムリーな市場投入にも直結します。
長期的には、特定の担当者に依存しない再現性のあるプロセスが確立されることで、人材の流動性が高まる環境下でも継続的にサービス品質を維持できます。周辺業務の自動化によってエンジニアをコア業務に集中させられることは、組織全体の生産性向上と競争力強化につながります。
AIの進化は指数関数的に加速し続けており、今日のベストプラクティスが明日には陳腐化するリスクもあります。だからこそ、特定のツールに固定されない柔軟なフレームワークとして開発ライフサイクルを設計し直す――。それが、人材不足とスピード要求に直面している日本企業にとっての確かな投資になるでしょう。
著者紹介
吉見 隆洋(よしみ たかひろ)
DXCテクノロジー・ジャパン CTO for Japan
製造業向けサービスならびに情報活用を中心に20年以上IT業界に従事。業務分析の他、各種の講演や教育にも携わる。東京大学大学院 工学系研究科 博士課程修了。博士(工学)、PMP
藤坂 繁保(ふじさか しげやす)
DXCテクノロジー・ジャパン Powered by genAI Lead
1977年生まれ、富山県出身。東京理科大物理学科卒。米国システム開発企業の日本法人での経験を経て、2004年にDXC(当時、日本ヒューレット・パッカード)入社。25年にわたり金融・製造業のお客様の業務分析・設計・開発・運用のモダナイゼーションを支援
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