キユーピー、AIで工場シミュレーションモデルの開発工数を8割削減 3つの壁をどう乗り越えた?:専用言語で開発、ローカルGUIでしか動かせない
製造業では工場シミュレーションが重要な役割を果たす。しかしシミュレーションモデルの構築には専用ソフトウェアと専門言語の高度な知識が要り、属人化しやすい。キユーピーでは、生成AIによる高度化、効率化を目指していたが、それには3つの課題があった。どう対応したのか。
製造業では生産ラインや設備の設計、改善に当たり、稼働前に検証するシミュレーションが重要な役割を果たす。しかしシミュレーションモデルの構築には専用ソフトウェアと専門言語の高度な知識が要り、対応できる人材が限られるので属人化しやすい。
食品メーカーのキユーピーでは、生産ラインをシミュレーションで分析する専門チームがシーメンス製の工場シミュレーションソフトウェア「Tecnomatix Plant Simulation」(以下、Plant Simulation)を使いこなしている。同チームは生成AIによる高度化、効率化を目標としていたが、この領域にはAI活用を阻む3つの課題があった。
1つ目は、Plant Simulation専用のプログラミング言語「SimTalk」が広く普及した言語ではなく高度な専門性が必要になることから、汎用(はんよう)的なLLM(大規模言語モデル)ではシミュレーションモデルのコードを正しく生成するのが難しいこと。2つ目はPlant SimulationがGUI(グラフィカルユーザーインタフェース)操作を前提としたローカル環境上でしか動作せず、AI生成コードを検証しにくいこと。3つ目は、工場シミュレーションは専門チームで進めており、生成AIを用いた解決手法をチームメンバー全員で活用し、さらに広く組織展開する道筋が見えにくいことだった。
AI活用を阻んでいた3つの課題にどう対応した?
これらの課題を解決するためにキユーピーは、工場シミュレーションモデル開発にCognition AIが開発、提供する自律型AIエージェント「Devin」を採用。ディー・エヌ・エー(DeNA)グループで企業のAI活用を支援するDeNA AI Linkが伴走支援した。
キユーピーのソフトウェアエンジニアが担ってきた、Plant Simulationのモデル開発をDevinに委ね、属人化しやすい作業からの解放を目指した取り組みだ。クラウドとローカルの双方で同じDevinを一貫して活用できる強みを生かし、SimTalkをAIが自律的に記述、検証できる土台を構築した。
クラウドで立ち上げ、実行と修正はローカルのCLIに切り出す
DeNA AI Linkは「自然言語による指示からシミュレーションモデルを構築できる状態」を目標に実現可能性を検証した。最大の課題は、Plant SimulationがGUI操作を前提としたローカル環境上でしか動作しないので、AIが生成したコードをキユーピーの専門チームが実行、検証し、修正するサイクルを自律的に回せないことだった。
DeNA AI Linkは、まずブラウザから使えるクラウドのDevinを起点に取り組みを始めた。誰が使ってもノウハウが1カ所に蓄積され、チーム全体で知見を共有しやすいからだ。AIが参照するルールや専門用語の辞書、作業手順などのドキュメントを継続的に整備し、Devinがつまずいた点を学習資産として蓄積することで生成精度を高めた。
生成したコードの実行、修正にはローカル環境での作業が欠かせないので、その部分だけをローカルで動作する「Devin CLI」に切り出した。エンジニアの関与は必要だったが、Devinがローカル環境で自らプログラムを実行し、エラーの発見から修正までを一気通貫で自走する仕組みを構築。コードの誤りを自動検出する仕組みや作業ごとの手順(Playbook)も整備し、繰り返し再利用できる開発基盤として体系化している。
1シミュレーションモデル当たりの開発工数、8.5人日が1.8人日に
Devinが自律的に作成した小規模なシミュレーションモデルは、動作確認を経て想定通りに動作した。開発初期は多数の不具合修正を要したが、基盤の整備が進んで精度が向上したことで、最新の取り組みでは1回の作り直しで完了するようになっている。
従来は手作業で8.5人日を要すると想定される1シミュレーションモデル当たりの開発工数を1.8人日で完了し、78.8%削減した。ただし現時点の小規模な1シミュレーションモデルでの実績となる。
DeNA AI Linkは、「AIの価値を最大化する鍵がコードを書く技術以上に対象業務を深く理解するドメイン知識にあり、その知見を持つ担当者ほど成果に直結できることを示す結果だ」としている。
今後は「工場シミュレーションの民主化」へ
キユーピーの生産本部生産技術部は、「これまではシミュレーションソフトウェアの独自言語や高度な専門性が課題となり、シミュレーションモデル作成に多くの工数が割かれていた。今回のPoC(概念実証)では、小規模シミュレーションモデルながら78.8%という大幅な工数削減と自動生成の可能性を確認できた。AIに実装作業を委ねることで、人がより価値創造業務へとシフトできるという確信を得た」とコメントしている。
DeNA AI Linkは、「今後は対応できるシミュレーションのバリエーションと規模を拡大する。将来的には、各工場の担当者が自然言語でシミュレーションモデルを構築できる『工場シミュレーションの民主化』を目指し、属人化の解消に貢献する」と述べている。本事例はDeNA AI Linkが2026年8月4日に公開した。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
仕様書は書かずに開発 老舗ベンダー弥生はAI前提でソフトウェア開発をどう変えたか?
「弥生会計」で知られる弥生は、AIが設計やレビュー、セキュリティ運用まで担う時代を見据え、開発プロセスや組織の在り方そのものを変え始めた。老舗ソフトウェアベンダーがAIネイティブカンパニーへとどう生まれ変わったか。その軌跡をたどる。
AIコーディングだけでは生産性は上がらない 「AI最大活用×仕様駆動」で開発ライフサイクルを再定義
レガシーシステムが依然として多くの企業に残る中、期待されるのがAIを活用した開発生産性の向上です。その利点を開発ライフサイクル全体にわたって取り入れていくための視点と実践例を紹介します。
「この1年はAI戦国時代」 メルカリに学ぶ、AIガバナンス策定の勘所
生成AIの業務利用が前提となり、AIを通じてビジネス価値をどう生み出すかが問われている一方で、「シャドーAI」をはじめとするリスクも指摘されている。先行企業はAIのリスクをどう受け止め、対策に乗り出しているのか。本稿では「AI-Native Company」への転換を宣言し、AIをフル活用するメルカリにインタビュー。AI活用・AIガバナンス策定のヒントを探る。
“VB.NET移行をAIで爆速化”した千葉銀行GのIT企業 「12.5人月→2.0人月」をどう実現?
ちばぎんコンピューターサービスはAI駆動開発の仕組みを構築し、既存のVB.NETシステムのマイグレーション工数を12.5人月から2.0人月に削減した。どう実現したのか。
「AIがこんなコードを書いたのは誰のせい?」が分かるオープン仕様「Agent Trace」が変える開発現場の未来
Cognitionは、コードベースにおけるAI貢献を記録するためのオープン仕様「Agent Trace」への支持を表明した。Agent Traceを活用した内部ツールの例を幾つか紹介し、その効果を解説している。