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「単にAIを使ったチーム」より成果を出したのは? 弥生が開発工数80%減で気付いた、AI駆動開発の分かれ道:AIが浮かび上がらせた「暗黙知」という負債

AIが進化する一方で、実業務や組織全体への展開に難しさを感じる企業は少なくない。会計・給与ソフトウェアを提供する弥生は、顧客向け製品へのAI実装と、AIを前提とした開発プロセスの再設計を同時に進めている。中小企業の業務効率化をAIで支援する同社の戦略を、弥生の武藤 健一郎氏、今泉 竜一氏、佐々木 淳志氏に聞いた。

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 弥生は約2年前、「知能と技術を融合し、顧客の生産性を高め、中小企業を元気にする」という新たなミッション、ビジョンを掲げた。代表取締役社長の武藤 健一郎氏によると、その本質はAI活用そのものだという。中小企業が直面する人手不足やDX(デジタルトランスフォーメーション)の遅れに対し、会計や給与といった日常業務の負担を減らし、生産性とワークライフバランスを改善することが狙いだ。

 同社にとっての顧客は、中小企業と、そのバックオフィス業務を支える会計事務所の双方だ。両者に共通する点として、「会計や労務に関わる事務作業は手入力や確認の手間が非常に大きい」と、武藤氏は指摘する。そうした煩雑な業務をAIの力で楽にすることこそが、弥生が追求するAIプロダクトのあるべき姿だという。

 現在は、既存製品の機能を拡充する形で、仕訳の自動化や画像からのデータ読み取りといったAI機能を順次組み込んでいる。将来的には、AIが自律的に業務を遂行するエージェント化も進める方針だ。顧客からの問い合わせに対して迅速かつ確実に対応できるよう、サポート業務でもAIの活用が進んでいるという。

AIの力で中小企業を煩雑な業務から解放する


弥生の武藤 健一郎氏(代表取締役社長)

 「お客さまの多くは中小企業で、今の会計業務をこなすだけで大変という方が多い。弥生製品のAI機能を通して、中小企業のお客さまがもっと別のことに時間を使えるようになることを目指す」(武藤氏)

 ただし、AI機能の追加を理由に利用者にコストを転嫁するつもりはないと、武藤氏は宣言する。弥生が訴求してきた「シンプル・使いやすい・安全・低コスト」という価値は変えない方針だ。

 同社のAI戦略を象徴するキーワードが「3つのA」だ。1つ目の「Automation」は、入力や確認そのものを減らす。例えば、写真などからデータを一括登録できるようにすることで、入社時の書類提出や給与システムへの入力など、複数のシステムへの手入力が必要な作業の煩雑さを軽減できる。2つ目の「Assist」は、利用者が記帳などで迷ったとき、システムがつまずきを検知し、自然言語による質問への回答や次の操作を案内するものだ。3つ目の「Advice」は、経営判断まで支援する。資金繰りの悪化を予測して知らせるだけでなく、支払い方法の変更など、改善につながる具体的な選択肢を示す。この「3つのA」をプロダクト開発を通じて実現するのが、同社の今後の目標だ。

「投資しない選択肢はない」新任CTOが見据えるAI活用の戦略

 開発組織を率いるのは、執行役員 CTO(最高技術責任者) 兼 技術開発本部長の今泉 竜一氏だ。2026年7月にCTOに就任した今泉氏は、ソニーに約8年、Googleに約18年在籍し、検索システムやスマートフォン開発に携わってきた、経験豊富なエンジニアだ。弥生では、会計や給与を含む全製品の開発から将来技術、社内インフラまで、同社のエンジニアリング全体を統括する。技術戦略の策定や研究開発の推進を通して、技術面から同社の経営と事業成長を支えるのが役割だ。

 今泉氏は、ソフトウェア開発へのAI活用に強気な姿勢を示す。「AIは投資対効果が合わない」という議論についても、利用量を増やすこと自体が評価されるなど、インセンティブ設計のゆがみが結果に影響している可能性を指摘する。モデル更新などの理由で一時的に性能や使い勝手が後退することはあっても、大局的に見れば、性能は上がり、トークン当たりのコストは下がる傾向に変わりはないという。


弥生の今泉 竜一氏(執行役員 CTO 兼 技術開発本部長)

 「短期的な凸凹はあっても、AIの性能向上とコスト低下という大きな流れは明確だ。この状況でAIに投資しないという選択肢はない」(今泉氏)

 弥生のプロダクト開発におけるAI活用は、プロダクトへのAI組み込みと、AIによるプロダクト開発の2軸からなる。同社は、プロダクトへのAI機能の実装を進めるために、「Applied AI」という専門チームを結成した。そのアプローチは2段階で進められる。

 まず検証フェーズでは、AI機能が顧客の課題解決やユーザー体験の向上につながるかどうかを素早く検証する。この段階では、フロンティアモデルも活用するなどAIコストを度外視し、PMF(プロダクトマーケットフィット)の達成に注力する。

 次の全顧客への実装フェーズでは、用途に合った技術を選択しながら、ビジネスを持続可能なコストに最適化していく。例えば、小規模モデルで十分な用途に、重量級モデルを使用する必要はないからだ。ただし、技術が進化すれば、顧客がサービスに求める体験の期待値は上昇していく。そこで、この検証と実装のサイクルを繰り返すことが重要だと、今泉氏は言う。

開発工数約80%減、AI駆動開発の具体的成果

 AIによるプロダクト開発、すなわちAI駆動開発を推進するのは、プラットフォームエンジニアリング部長 兼 CAO(Chief Architecture Officer)の佐々木 淳志氏だ。CTOが描く技術戦略を、アーキテクチャや開発プロセスに実装し、具現化していく役割を担う。

 佐々木氏は、開発現場でのAI駆動開発の実践について代表的な2つの事例を紹介した。

 第1の事例は、新規プロダクトを開発したケースだ。AIファーストを前提に、AIが読みやすい形式で仕様書を作成し、意思決定もAIとの対話を交えて進めた。人間はレビューに専念し、仕様書作成から実装までをAIが担ったという。その結果、人間側の開発工数は従来の約5分の1に、企画からリリースまでのリードタイムは約半分に短縮された。

 当初はAIが生成した成果物のレビューが大きな負担だったが、直近数カ月では人間からの指摘がほとんど出ない場面も増え、AIによるレビューも実用段階に近づいているという。人が常に処理の輪の中にいる「Human in the Loop」から、普段はAIに任せ、必要なときだけ人が介入する「Human on the Loop」への移行が進みつつあると、佐々木氏は言う。

 第2の事例は、既存の稼働中システムへの適用だ。ウオーターフォール型で開発していたチームが、AI活用を前提に、仕様書、詳細設計、実装、テストといった工程や、チーム内でのメンバーの役割を見直した。例えば、ソースコードから仕様書を自動生成し、それをサポート部門と共有するなど、AI活用を前提に業務プロセスそのものを再設計したという。その結果、従来20日を要していた作業が同じ人数で約15日に短縮され、コストとリードタイムがともに約25%削減された。

 2つの事例に共通するのは、AIの導入効果がモデルやツールの性能だけでなく、業務プロセスの設計に大きく左右されるという事実だ。


弥生の佐々木 淳志氏(プラットフォームエンジニアリング部長 兼 CAO)

 「単にAIを使ってみたチームよりも、AIを使うことを前提に業務のやり方を見直し、チーム内での役割を見直したチームの方が、明らかに成果を上げている」(佐々木氏)

AIが浮かび上がらせた「暗黙知」という負債

 これらの事例は、AI活用について重要な点を示唆していると、今泉氏は指摘する。AIの思考力が人間に近づいてくると、人間にとって容易なタスクはAIにも容易であり、複雑なレガシー資産が絡む仕事はAIにも難しいという事実が見えてくる。その背後にあるのは、「仕様」の曖昧さだ。実は仕様書は、開発に必要な全ての情報を網羅しているわけではない。開発現場では、経験やドメイン知識といった多様なコンテキストを暗黙的に補完しながら進められてきたという実態を、AIが明らかにしつつあるのだ。

 「経験のない新人に仕様書を渡しただけで、すぐに開発の即戦力になるとは誰も期待しないはずだ。しかしAIに対しては、仕様書だけを与えて『これで作れなければ使えない』と切り捨ててしまう。ここに期待値のギャップが存在する」(今泉氏)

 それを受けて佐々木氏は、現在の仕様だけでなく「なぜこの仕様にしたのか」という意思決定の記録を残すことが重要だと指摘する。ADR(Architecture Decision Record)情報の多くは、従来は暗黙知として属人化しがちだった。そこで、こうした意思決定の背景をAIが読みやすい形式知として記録しているという。

 「意思決定に使ったコンテキスト情報を蓄積していかないと、自動化できずに人間の判断が必要になる部分が残り続ける」(佐々木氏)

個人の成功を、組織で再現できる仕組み作りへ

 今泉氏にとって、2026年の最大の課題は、ビジネスインパクトを出しつつ、AI活用を組織的に定着させることだ。

 同社ではこれまで、AI活用に積極的な個人が成功パターンを作り、周囲に広げる方法を採ってきた。しかし個人任せでは、AIへの信頼度や利用度に差が出てしまい、使い方の粒度が属人化してしまう。AI駆動開発の生産性を最大化するには、コーディングとレビューを行うエージェント、設計を担うエージェントなど役割単位で粒度をそろえる必要がある。そうすることで、投入リソースに応じてチームの生産性が変化する、スケーラブルな仕組みに移行できると、今泉氏は構想している。

 「チーム全体でAI活用を前提とすることの利点が明確に増しており、個人の裁量に委ねる段階から組織として導入を進める段階への意識的なシフトが必要になっている」(今泉氏)

 現状では、IDEでコードを生成するだけのケースもあれば、イシューを起点に実装、プルリクエスト作成、レビュー、インシデント調査、問い合わせへの回答まで一気通貫でAIを活用しているケースもあるという。こうした先進事例は一部個人やチームにとどまり、共通基盤の整備と全社的な普及はこれからの課題だ。

 一方で、モバイルやデスクトップ、SaaSなど、製品ごとに開発環境が異なるので、成功事例をそのまま他チームに適用するのは難しい。そこで、2026年10月から始まる来期では、各チームに共通する最大公約数を抽出し、それを軸にAI駆動開発のベストプラクティスを展開する方針だ。

まず手を動かし、コンテキストを整え、変化を楽しむ

 最後に、AI活用に取り組む企業へのアドバイスを聞いた。

 武藤氏は、経営層や事業部門も自ら手を動かして、AIを体験することを勧める。武藤氏が紹介したのは、役員を集め、「Claude Code」やMCP(Model Context Protocol)連携を使い、半日で各自の課題を解決するアプリを作る機会を設けたというエピソードだ。自らプロダクト開発を経験することで、AIに対する関心や解像度が高まり、投資への機運が高まったという。

 佐々木氏の助言は、その体験を実業務につなぐために、AIに渡すコンテキストを整えることだ。

 「優秀だが自社のことは何も知らない新入社員に、どんな情報を与えれば業務を任せられるかどうか考えてみてほしい」(佐々木氏)

 LLMがどれだけ賢くなっても、判断基準となるデータを与えなければ機能しない。この本質は10年前のAIブームの頃から変わっていないと佐々木氏は強調する。

 今泉氏は、エンジニアに向けて、変化を楽しんでほしいと呼び掛けた。

 ソフトウェアエンジニアリングの本質的な難しさは複雑性の制御にあると、今泉氏は言う。社会基盤として稼働し続けるソフトウェアを止めずに変革するのは、極めて複雑だがやりがいのあるタスクだ。しかし今後のAIの進化を踏まえれば、こうした仕事に人間が携わる必要がなくなるかもしれない。今泉氏自身、今後数年間しか味わえない貴重な機会を楽しみたかったのが、同社に転職した理由だと振り返る。

 「コンピュータ業界が大きく変わるタイミングに居合わせていることを、ポジティブに捉えてほしい。数年前には想像できなかった技術の変化に立ち会い、ソフトウェアエンジニアとしての仕事の形を、AIに合わせて再定義する機会でもある。できれば技術者としてこの状況を楽しんでもらいたい」(今泉氏)

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