この3年で通信品質が劇的に向上した「Starlink」、建設機械の遠隔操作で活躍:羽ばたけ!ネットワークエンジニア(106)
2023年6月にコマツとEARTHBRAINが開発したキャリア5Gを使った建設機械の遠隔操作システムを本コラムで取り上げた。それから3年が経ち、通信の主役は5GからStarlinkに変わった。その要因と企業ネットワークでのStarlinkの用途拡大について述べる。
このコラムではキャリア5G、ローカル5Gの実用化事例を数多く取り上げてきた。コマツ、EARTHBRAINの建設機械遠隔操作システム、「Smart Construction Teleoperation」もその一つだ。
取材から3年がたってどう進化しているかEARTHBRAINのWebを見たところ、3年前には遠隔操作に不適とされていたStarlinkがメインの通信回線として使われていることに驚いた。その背景と利用の実際についてEARTHBRAIN デジタルレイヤ開発Gr マネジャー 伊吹憲哉氏に取材させていただいた。
Starlinkを中心とした遠隔操作ネットワーク
Smart Construction Teleoperationの目的は高齢化、災害などの非常時の対応などに悩む建設業界において、いわゆる3Kから脱し、より安全で、よりスマートで、クリーンな未来の現場を実現することだ。若い女性でも現場の仕事ができる環境を実現し、人材確保、現場の安全性と生産性の向上を目指している。Smart Construction Teleoperationのシステム構成は下図の通りだ。
システムの中核は「コックピット」(遠隔操作システム)だ。建設現場から遠く離れたオフィスなどに設置し、エアコンの効いた安全で快適な環境で建設機械(油圧ショベル)の操作ができる。図にある通り、近未来的な斬新なデザインで現場の映像などを表示する7つのディスプレイ、操作レバーなどを備えている。
中継室は現場に設置し、コックピットからの信号を建設機械向けの電波に変換したり、車載カメラや俯瞰カメラの映像/音声をコックピットへ中継したりする。コックピットから中継室間のネットワークはStarlink、4G/5G、光回線から選択できる。2023年時点では5Gが使われていた。Starlinkは遠隔操作に不向きなため使われていなかった。現在はStarlinkを使うことが多いという。4G/5Gの電波は市街地から遠く離れた建設現場では十分届かないことがある。光回線は敷設できないこともあるし、時間がかかり過ぎることもある。Starlinkであれば空が見える場所ならどこでも、すぐ利用できるのが強みだ。
かつて遠隔操作に不適とされたStarlinkがなぜ使えるようになったか、その理由は後述する。
図1の説明に戻る。コックピットから送られた制御信号は中継機器から特定小電力無線(免許不要の小出力無線通信システム)で建設機械に搭載されたラジコンに送られる。
車載カメラが撮影した映像や音声はWi-Fiで中継室へ送られ、Starlinkでコックピットへ送信される。
遠隔操作によりオペレーターが現場へ移動する時間が削減できるだけでなく、コックピットの接続先を切替えることで1人のオペレーターが複数の現場を担当できる。限られた人員で複数の現場を担当することで業務効率の向上と人手不足の解消に貢献している。
Smart Construction Teleoperationは遠隔操作できる建設機械の種類を増やすとともに、建設生産プロセス全体のDXを実現する「Smart Construction」と連携し、施工データの集約/進捗(しんちょく)管理の効率化などを目指して開発が進められている。
速度よりも回線品質の向上が著しいStarlink
伊吹氏によると、コックピットと中継室間の通信において、短時間に数パーセント程度のパケットロスが発生しても、映像の一時的な劣化にとどまり、映像を見ながら操作するオペレーターの支障にはならないそうだ。一方、通信の瞬断は、1秒未満であっても映像の瞬断につながり、その時間と頻度によっては遠隔操作の支障となる。2023年時点でStarlinkが遠隔操作に不適とされたのは、こうした1秒未満の瞬断だけでなく1秒を超える瞬断もかなりの頻度で発生していたからだ。だが、この3年間でStarlinkの通信品質は大きく改善し、瞬断の時間が短くなり発生頻度は大幅に減少した。その結果、メインの通信回線として使えるようになった。
2023年9月と2026年9月でStarlinkの速度や通信品質を比較したのが下表だ。
瞬断の継続時間の短縮や発生頻度の大幅な減少はEARTHBRAINの経験と合致している。一方、下り/上りの速度の向上はさほどでもない。この3年間でのStarlinkの進化は通信品質の改善に重きが置かれたようだ。
企業ネットワークでのStarlinkの活用――「最後の砦」から「日常使い」へ
Starlinkは2024年1月の能登半島地震の際、寸断された地上系回線の代わりに、携帯電話のバックホール回線として携帯電話基地局を復旧させ、避難所にはFree Wi-Fiを提供するなど、大活躍した。そこでは瞬断など問題にならなかった。
能登半島地震でStarlinkのBCP(事業継続計画)対策回線としての優秀さが知られ、自治体や企業で導入が進んだ。最近では携帯電話各社がスマートフォンでStarlinkと直接通信できるサービスを始めている。携帯の電波が届かない場所で最低限の通信手段を確保できる。「最低限」というのはブラウジングやメールは使えず、テキストメッセージの送受信や位置情報の共有、一部アプリのデータ通信などに限られているからだ。
BCP対策やスマートフォン直接通信でのStarlinkは「通信手段がない場合の最後の砦」だった。しかし、通信品質が大幅に向上したStarlinkは企業ネットワークで幅広く使える「日常使い」の回線になった。
例えば、「SD-WAN」の拠点で固定回線2本を使って冗長化とトラフィックの負荷分散をしている場合、Starlink+固定回線にすることで地震などの災害により強い構成にすることができる。
筆者が数年前まで運用していた小売業のネットワークでは離島や山奥の店舗では光回線を引くことができず、4Gだけでオンラインを動かしていた。今ならStarlinkも選択肢になる。小売店舗ではキャッシュレス決済やポイント付与が不可欠なため、ネットワークの停止は許されない。4G/5G+Starlinkで回線の冗長化を図ることもニーズがあるだろう。
「最後の砦」から「日常使い」の回線になったStarlink。さまざまなアイデアで用途を広げ、企業ネットワークの進化につなげたいものだ。
筆者紹介
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパートなど)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。
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