アーキテクチャ・ジャーナル

デバイスの世界におけるアーキテクチャ上の検討事項

Atanu Banerjee
2008/08/25

本コーナーは、マイクロソフトが季刊で発行する無料の技術論文誌『アーキテクチャ ジャーナル』の中から主要な記事をInsider.NET編集部が選び、マイクロソフトの許可を得て転載したものです。基本的に元の文章をそのまま転載していますが、レイアウト上の理由などで文章の記述を変更している部分(例:「上の図」など)や、図の位置などを本サイトのデザインに合わせている部分が若干ありますので、ご了承ください。『アーキテクチャ ジャーナル』の詳細は「目次情報ページ」もしくはマイクロソフトのサイトをご覧ください。

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概要

 モバイル デバイス ユーザーの数は急速に増えていますが、接続されたデバイスのネットワークを利用するために約束されたソリューションはほとんど実現されていません。豊かなネットワーク エクスペリエンスを構築するために必要な要素の一部は、最近まで利用できませんでした。この記事では、モバイル デバイスの採用の原動力となっている経済、社会、およびテクノロジの動向について検討すると共に、現在実現されつつある異なる種類のユーザー エクスペリエンスについて説明し、さらにそのようなモビリティ ソリューションに関連するアーキテクチャ上の検討事項についての概要を、ハードウェア、ソフトウェア、接続、サービスなどの機能レベルで説明します。

デバイスがもたらす新しいチャンス

 10 年間にわたり宣伝されてきたモビリティ ソリューションがようやく軌道に乗り始めました。「今になってなぜですか。何が変わったのですか。考慮するべき新しいチャンスがあるのですか。私のソリューションにモバイル デバイスを含めるべきですか。」などの質問が出てくることでしょう。デバイスへの移行は、経済、社会、テクノロジの動向によって加速されているようです。図 1 に示したように、異なるフォーム ファクタを持ち、異なる種類のアプリケーションを実行する広範囲のデバイスがあり、異なるトレンド セットに関連付けられています。

図 1 : モバイル デバイスの範囲、およびそれらで実行されるアプリケーションの種類

経済的動向

 携帯電話の採用の原動力となっている重要な要素は、新興市場です。たとえば、『BusinessWeek』によると、2001 年のナイジェリアには電話回線が 50 万回線ありましたが、現在は携帯電話のサービス利用者が 3000 万人以上存在します。2015 年までに世界の携帯電話ユーザーが 50 億人に達することが現在予測されています。

 携帯電話の採用は、携帯電話のサービスの利用につながります。アジアでは、多くのサービスがハイエンド デバイスを利用することにより、機能が豊富な対話型のメディアを提供しています。これらのサービスには、図 1 に示したようにハイエンドのスマートフォンおよびポケット PC が必要です。ただし、新興市場の多くの人にはそのようなデバイスを購入する余裕がないため、ローエンドのハンドセットを対象としたサービスも展開されています。ケニアでは、2007 年 3 月に Safaricom がモバイル支払のための SMS ベースのサービスを展開しました。これは M-Pesa と呼ばれ、広く採用されています。改善された通信へのアクセスは、現地の経済に極めて有益であることは当然のことです。ブラウン大学のRobert Jensen 博士は、捕獲した魚の最も効果的な沿岸の市場の特定に携帯電話を使用し始めたインデアンの漁師について調査しました。漁師の利益は 8% 上がりましたが、無駄になる魚が少なくなったため、消費者価格は実際に 4% 下がりました。

 今日、フィンランドのヘルシンキでは、公共交通機関の単独切符の57% が携帯電話で支払われています。クロアチアでは、駐車料金の半分以上は携帯電話で支払われています。ロンドンの通行料の 20% も携帯電話で支払われています ( 参考資料『: Mobile Phones As Mass Media ( マスメディアとしての携帯電話)』を参照)。

社会的動向

 現在、世界の携帯電話の数はパーソナル コンピュータの台数の 2 倍以上になっています。ワイヤレス産業は、3 月に開催された最大規模のトレード ショーのオープニングを利用して、“3 つの画面” の世界 (PC、テレビ、携帯) におけるチャンスの概要を示しました。この世界では、モバイル デバイスがテレビ番組、音楽、ゲーム、宣伝などの主な手段になります。若者の顧客の多くは、これら 3 種類の画面のうち、モバイル デバイスが最も重要だと主張するかもしれません。

 デバイスにおける成長に伴い、インターネットの進化は新しい使用パターンにつながっています。今日のソリューションは、世界的な影響力および規模により、古いものとは区別されます。これは、ユーザーの参加のための新しいチャネルの使用につながります。たとえば、スポーツ用品会社の Nike は、 Nike+ を販売しています。Nike+ は、ランナーの靴の中に取り付けて、ランナーが携帯している iPod で自分の進歩をたどるための小さなセンサーです。Apple iPod を PC に接続すると、ランナーの走行の詳細が、ランナーのソーシャル ネットワーク サイトであるNike+ Web サイトに掲載されるので、世界中のランナーがグループを結成して、互いのルートや進歩をたどることができます。

 インターネットでも、コンテンツの作成方法が変化しつつあります。ブログにより、読者と著者の距離が短縮され、コンテンツの公開はより親しみやすくなります。さらにコンテンツは、オンライン ゲーム、チャット、およびユーザー生成コンテンツに関するコミュニティの出現と共に、対話的で社交的になりつつあります。この動向は、モバイル デバイスの普及により加速されています。デバイスでコンテンツを取り込み、直接編集し、さらに新しく作成されたコンテンツにコンテキストを添付し、コンテンツを PC またクラウド上のストレージにアップロードすることなどが簡単に行えます。一部の P2P シナリオでは、デバイス自体からコンテンツを直接共有することも可能になりつつあります。

 コンテンツ パイプラインの変化により、コンテンツの作成は定期的なスケジュールではなく、外部のイベントによってトリガされる可能性があります。デバイスの扱いやすさにより、イベントの発生時にそれを記録する手段が手元にある可能性が高くなり、他の方法では取り込むことができなかった新しいコンテンツが自然に作成されます。当然のことながら、生成され保存されるコンテンツの量も急増しました。市民による自発的なレポートの急増の結果、モバイル デバイスからの映像が、大衆の劇的な反応を呼んでいます。

テクノロジの動向

 この業界を再形成している最初の動向は、収束です。今日、人々はスマートフォン、PDA、ラップトップ、パーソナル メディア プレーヤー、カメラ、ビデオ カメラなど、広範に及ぶさまざまなデバイスを使用しています。これらのテクノロジは、ビジネス指向および消費者指向のさまざまなタスクに使用できるさらに強力で、汎用のパーソナル コンピュータ デバイスに収束されます。ネットワークにおける収束は、同じプロトコルで音声とデータの両方がシームレスに扱われることを意味します。

 収束は 2 番目の動向につながります。デバイスはますます洗練されていきます。新世代のスマートフォンは、デバイス上のセンサー (GPS や加速度計など) およびより強力なソフトウェアにより、ユーザーの環境およびローカル コンテキストをさらに正確に認識するようになっています。このコンテキストは、コンテンツのタグ付け ( たとえば、時刻/ 場所のメタデータで写真にタグを付けるなど)、アプリケーション動作のカスタマイズ ( たとえば、ユーザーの通話中にはアプリケーションの警告なしなど)、またはユーザーのローカル環境の制御 ( 運転手本人から取得した当人の ID に基づく自動調整を車に設定するなど) に使用できます。ネットワークも拡張され、車体全体に分散したデバイスやエージェントを Bluetooth などのプロトコルで処理するようになります。これが Personal Area Network (PAN) の理念です。これらすべては、デバイスが情報の表示だけにとどまらず、それ自体でファースト クラスのアプリケーション プラットフォームとなる新しいアーキテクチャにつながります。それだけではなく、PAN などでは一部のデバイスが他のデバイスのサーバー ( クライアント/ サーバー アーキテクチャなど)、またはスーパーピア/ インデックス サーバー (P3P アーキテクチャなど) として機能するというシナリオも発生する可能性があります。

 モバイル デバイス アプリケーションはデスクトップとは大きく異なるユーザー エクスペリエンスを提供する必要があるので、このことは重要なことです。モバイル ユーザーの主な特性は、モバイル デバイスの使用とは別に主要なアクティビティに従事していることです。デバイス ベースのアプリケーションは、ユーザーがそれに適合することを強要するべきではなく、コンテキストを認識し、目立たずに機能し、即時に価値を提供することにより、ユーザーの生活、およびライフスタイルに適合するものでなければなりません。

 3 つ目の動向は、モバイル デバイスのみを対象とした Web サイトやサービスのコレクションで、インターネット プロトコルによって使用可能なモバイル インターネットです。モバイル Web の成長は、モバイル デバイスからのインターネット ベースのアプリケーションおよびサービスの消費を加速します。現在のところ、これはデバイスやモバイルのアクセスプランの制限によって、制約されています。

 これら 3 つの動向の組み合わせにより、拡散的コンピューティングへと進展していきます。デバイスが普及し、洗練されていくと共に、ネットワークのエッジにさらに多くのコンピューティング機能が埋め込まれます。デバイスにおけるユーザー コンテキストの処理の改善に伴い、デバイス自体はますます目立たない存在になっていきます。デバイスのネットワークの改善、およびモバイル インターネットの進化と共に、ユーザーはこの個人的なコンテキストを利用できる機能豊富なサービスのセットを使用できるようになります。人間の環境とコンピューティング デバイス間の境界は、徐々に不明確になっていき、ユーザーは自分のいる環境によって支援されているように感じます。多数のコンピューティング デバイスが組み込まれることにより、ユーザー エクスペリエンス、デバイス管理、セキュリティ、コンテンツ管理などに関する新しい課題を処理する新しいソリューションアーキテクチャが必要になります。さらに、ネットワーク アクセスが例外なく使用可能になる必要があります。拡散的コンピューティングの時点には明らかにまだ到達していませんが、組み込みデバイスやスマートフォンなどの増加、複数の環境 ( 職場から生活空間、一部の車などに至る) でのワイヤレス接続の普及、デバイスからアクセス可能なインターネット サービスの幅広い可用性などにより、その方向に進んでいることは確かです。


 INDEX
  [アーキテクチャ・ジャーナル]
  デバイスの世界におけるアーキテクチャ上の検討事項
  1.デバイスがもたらす新しいチャンス
    2.ユーザー エクスペリエンスとは
    3.モビリティ ソリューション アーキテクチャ
    4.デバイス上で実行されるソフトウェア
    5.デバイスをサポートするサービス
    6.まとめ

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