Webの、OSSの明日はどっちだ
 〜 OSC 2008 Tokyo/Springレポート 〜



高橋 睦美
@IT編集部
2008/3/13


オープンソースも商用ソフトも「適材適所」で――楽天

 楽天技術研究所代表の森正弥氏は、楽天におけるオープンソースソフトウェア活用の現状について紹介した。

森氏
楽天技術研究所代表の森正弥氏

 国内最大規模のオンラインショップを展開している楽天では、バックエンド、フロントエンドの双方で、オープンソースソフトウェアを活用している。森氏によると、商用ソフトウェアとの使い分けの方針は単純明快で、「適材適所」に尽きるという。

 「どのエンジニアに聞いても、『適材適所』と『Happyにすること』という回答が返ってくるだろう。このことは徹底している」(同氏)

 同社のシステムは、1997年の設立当初はサン・マイクロシステムズのプラットフォームにInformixのデータベースを組み合わせて実現されていたが、程なくFreeBSDも活用し始めた。

 店舗数が急拡大した2000年前後になると、ブロードバンド回線の普及もあってアクセスが殺到するようになり、アプリケーションサーバの増強に迫られた。ここにきて、商用ソフトウェアの場合はライセンス料金がかさむという問題もあり、オープンソースソフトウェアをどう活用するかに真剣に取り組み始めたという。

 模索の中から同社は、「偏りなくハイブリッドで使う」というポリシーを確立するに至った。データベースの部分で商用ソフトウェアが活用される一方、Webサーバやメールサーバなど、水平方向に展開されるサーバではオープンソース適用が進んだという。またこの取り組みの中で「オープンソースにおいては、導入するための自助努力が非常に重要。そこで、ノウハウ共有のために『LAMP推進部』という組織を作った」(森氏)

 「オープンソースというと『信頼性に難がある』というのはもう過去の話だ。オープンソースソフトウェアと商用ソフトウェアで特に区別はない。同様に、商用だからセキュリティ上安全だというわけでもないし、機能が高いというわけではない」(森氏)。逆に、導入していた商用ソフトウェアベンダが買収され、サポートの面で支障が生じるという「トラウマ体験」もあったという。

 結論としては、「オープンソースと商用ソフトウェアを区別することにあまり意味はない。アーキテクチャが重要だし、何より、エンジニアがそれを使えるかどうかの方が重要だ。慣れていない商用ソフトウェアよりも慣れたオープンソースソフトウェアの方がいろいろな問題を回避できる」という。

 同社はさらに、オープンソースの検索エンジン「Senna」やエンタープライズクラスでの「Ruby」「Ruby on Rails」活用といったプロジェクトに取り組んでいる。すでに、Ruby on Railsを活用して「MyRakuten」サービスを展開するといった実績を上げており、生産性やパフォーマンスについても文句のない手応えが得られたという。

 なおRubyに関しては、作者であるまつもとゆきひろ氏の「これからのRubyの課題はスケーラビリティだと思う」という言葉を受け、「fairy」と「Roma」という2つの技術開発プロジェクトが進行中だ。fairyは手軽に使える負荷分散フレームワークで、論理的には処理の、物理的にはCPUの分散を実現する。一方Romaは100台以上の大規模システムを前提としたデータ分散技術で、物理的にはメモリ分散技術ということになる。

 これらは「今後のインターネットでは、もっと大規模なデータ処理が求められるだろう。ドキュメントやマルチメディアデータだけでなく、位置情報、あるいは企業の中にあるデータベースなどがつながってきたとき、それを分析して、いかにノウハウを吸収するかが生命線になってくる」という問題意識を下敷きにしたものだ。

 これらはまた、同社が未来のビジョンとして描いている「サード・リアリティ」を進展させていくうえでも大きな力になる。

 「現実とネットは融合するかしないかという議論には意味がなく、もう融合している。その融合したものがどういう形になるかがポイントだ。その中で、オープンソースソフトウェアを使った開発が肝になるだろう」と森氏は述べ、日本発の何らかのオープンソースの成果を作り出せるきっかけになってほしいと語った。

関連記事:
参考 大規模分散処理向けの国産“ウェブOS”をRubyで開発中
http://www.atmarkit.co.jp/news/200711/26/rakuten.html

オープンソースを勧めて「感謝されない」ケースとは?

 長年UNIX関係のさまざまな事例を取材してきたよしだともこ氏(京都ノートルダム女子大学 人間文化学科 准教授)は、日本Linux協会(JLA)が主催したセミナーにおいて、「もし知り合いに『オープンソースって何?』と聞かれたら、あなたはどう答えますか?」というテーマで、オープンソースの本質とその使われ方について講演を行った。

 よしだ氏によると、オープンソースの目指すスタイルは「『車輪の再発明』を防ぐこと。同じものを何度も何度も作るのではなく、前の人の発明を踏まえ発展させることによって、より良いものを作り出していくこと」だという。

 ただ、だからといってあらゆる場所にオープンソースソフトウェアが向いているかというと、そうはならない。楽天の森氏同様、そのポイントは「適材適所」であるという。

よしだ氏
よしだともこ氏

 「その人にとっての適材適所を考えてあげるといい。例えば、古いノートPCを持っているがお金はなく、取りあえずレポートだけ作成できればいいという学生ならば、メモ帳さえ使えればいい。アプリケーションを購入する予算はないけれど表計算ソフトの基本を学びたいという人にはOpenOffice.orgがある」(よしだ氏)

 ただ「いままでいろんな人にオープンソースソフトウェアを紹介してきたけれど、『使わなくなったよ』といわれることも結構あった」(よしだ氏)。その原因を冷静に分析すると、「何げなくインストールした人は、確実に使わなくなる。かえってOfficeなどが使えなくなって怒られたりする」という。つまり「快適に使える環境の人はインストールしてはいけない」(同氏)

 逆に、オープンソースに満足するのは「労力や技術に時間を使うことができ、いろいろと工夫をする余裕のある人」だという。「満足するパターンというのは、利用者が工夫し、いろいろと活用する場合」(同氏)

 その一例として挙げられたのは、国立国会図書館におけるポータルサイト「Current Awareness Portal」だ。このポータルサイトは、LAMPスタックXOOPSの組み合わせで構築された。それも、予算はなく、期間はわずか9カ月。通常業務は減らず、スタッフは増えない……という状況で実現されたという。

 このケースでは、アクセス増加や読者とのつながりの強化といったメリットが得られた半面、いざ問題が起こったときの対応に不安もあるという課題が浮上した。今後、もしコンピュータに詳しくない職員が配置されたときに備え、ドキュメントの整備に取り組んでいるという。

 よしだ氏はこうした事例を紹介したうえで、オープンソースを紹介するならば「その人の分野、その人とオープンソースとの接点を見つけて話してみてはどうだろう」と提案する。ただ、1つだけ注意が必要だ。「それには、『お手伝いする覚悟』が必要。それが嫌なら相手と険悪になってしまうかもしれないけれど、逆に、お手伝いしたい気持ちがあるならば、仲良くなるチャンス」(同氏)

■コラム ソフトウェア保護をめぐる「誤解」

 同じくJLAのセミナーにおいて、八田真行氏(東京大学大学院 経済学研究科 企業・市場専攻)がオープンソースソフトウェアにおけるライセンスの扱いをテーマに講演を行った。

 オープンソースに限らず、ソフトウェアを保護する基本的な仕組みは、ベルヌ条約などを根拠とする著作権だ。だが八田氏は「それだけがすべてではない」という点にも注意が必要だとした。「基本的にソフトウェアを保護するのは著作権だけれど、NDA(秘密保持契約)や商標、ソフトウェア特許などでもある程度コントロールはできる」(八田氏)

 この問題が浮上した例が、DebianプロジェクトMozillaファウンデーションとの間で発生した問題だ。

 Mozillaファウンデーションではブランド戦略の一環としてFirefoxを商標登録した。同時に、「Mozilla Trademark Policy」を定め、それを根拠に「改変を加えたソースからビルドされたバイナリに関しては『Firefox』という名前を使ってはならず、またオリジナルのアートワークを外して配布してはいけない」と主張した。

 これに対しDebian側は、「これでは、事実上同意なしにバグやセキュリティ修正もできないのと同じことであり、本当にそれはオープンソースコードなのだろうか」と反発。これに対しMozilla側は「Firefox」という名前の保護を主張したが、双方の折り合いはつかなかった。結果としてDebianにはFifefoxは含まれず、代わりに「Iceweasel」という名前のWebブラウザが同梱され、配布されている。

 八田氏はこの例をきっかけに、自らの頭で考えてほしいと訴えた。このケースでMozillaは、品質保証を狙いに商標を根拠にライセンスをコントロールしようとした。これを踏まえると「特許やNDA、商標などに基づいて、オープンソースを手なずけようとする動きが出てくるのではないか」(同氏)

 同時に、Webを介してサービスを提供するSaaS(Software as a Service)の広がりに伴い、これをどのようにとらえるかを議論すべきときが来ているとも述べた。SaaSの場合、ソフトウェアの配布自体は行われない。「GPLは、もともとライセンサーがソフトウェアの配布をコントロールできるというところに立脚して作られている」故に、このような違った形でのソフトウェア保護を模索するべき時期になりつつあるという。


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Webの、OSSの明日はどっちだ
 〜 OSC 2008 Tokyo/Springレポート 〜
  Page 1
 Webとブラウザとデスクトップの境界が消える?
  Page 2
 オープンソースも商用ソフトも「適材適所」で――楽天
 オープンソースを勧めて「感謝されない」ケースとは?
 コラム ソフトウェア保護を巡る「誤解」

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