日米大手銀行がLinuxを採用したそれぞれのワケ
 〜 IPAフォーラムに見るオープンソース導入事例 〜


日米を代表する大手銀行は、なぜLinuxとその上で動作するオープンソースソフトウェアを導入したのか。IPAフォーラム 2007の講演で、その目的と経緯が明らかにされた。

高橋 睦美
@IT編集部
2007/11/6

オープンソースはイノベーションを生む

 情報処理推進機構(IPA)は10月30日、「IPAフォーラム 2007」を開催した。

ゼムリン氏
Linux Foundationのエグゼクティブ・ディレクター、ジム・ゼムリン氏

 IPAは10月1日に、Linux Foundationとの間でオープンソースソフトウェアに関する提携を結んでいる。共同で技術開発や標準化活動の推進、オープンソースソフトウェアの啓蒙(けいもう)活動などに当たるという内容だ。IPAフォーラム 2007は、その共同活動の第1弾として行われ、海外・国内の企業、3社におけるLinuxとオープンソースソフトウェアの導入事例が紹介された。

 Linux Foundationのエグゼクティブ・ディレクターを務めるジム・ゼムリン氏によると、Linuxが企業やハードウェアベンダで幅広く採用されつつある理由は、コミュニティによって迅速に開発が行われ、次々にイノベーションが生み出されているからだという。

 同氏は冒頭のあいさつの中で「コンピューティングの未来は、Linuxとオープンソースソフトウェアにある。それは、哲学として優れているという理由からではない。幅広い技術革新を生み出し、競争優位力の確保に不可欠だからだ」と述べた。

関連記事:
http://www.atmarkit.co.jp/news/200710/01/ipaoss.html
IPAとThe Linux Foundationが相互協力協定締結(@ITNews)

コスト削減と管理効率向上――バンク・オブ・アメリカの場合

 米国の大手銀行バンク・オブ・アメリカでは、2001年より順次、Linuxをはじめとするオープンソースソフトウェアを導入してきた。いまでは、約230種類のオープンソースのコンポーネントが利用されているという。

 同行の上級副社長、ティム・ゴールデン氏によると、Linux採用の当初の目的は導入コストの削減にあった。しかし、フリーソフトウェアにさまざまなエンジニアリングを加えることで、TCO削減と管理効率の向上といったメリットを得ることもできたという。

 バンク・オブ・アメリカにおけるLinux導入が始まったのは2001年のことで、まず投資銀行部門から開始された。続いて、リスク管理部門で定量分析を行うためのグリッドシステムに採用。さらに、システム管理ツールや部門レベルのサーバといったインフラ関連ででも利用されるとともに、地理的にも英国やアジア太平洋地域など、米国外に広がっていった。

バンク・オブ・アメリカ
バンク・オブ・アメリカにおけるLinuxおよびオープンソースソフトウェア導入のロードマップ(ゴールデン氏の資料より作成)

 Linuxの導入によって、TCOを平均で約40%削減することができたという。「もう1つ、Linuxで素晴らしいのは効率性だ。2003年は1人の管理者が120台のサーバの面倒を見ていたが、2007年にはこの比率が1対225にまで向上している」(ゴールデン氏)

 同行は並行して、OSだけでなく、その上のアプリケーションでもオープンソースソフトウェアを採用してきた。1つの例が、2005年に構築したスパム対策システムだ。システムの9割が、Red Hat Enterprise Linuxの上にSendmailやmilterといったおなじみのツールを組み合わせて構築された。構築に要する期間も4カ月ほどで済んだという。

 このアンチスパムシステム構築に要したコストは約90万ドル。プロプライエタリの製品に比べ半額以下の費用で、スパムメールの70%を削減するという効果をもたらしてくれたと同氏は述べた。現在、同行に送られてくるメールの総量はますます増えているが、アンチスパムを効果的に組み合わせることで、サーバのリソースに余裕を持たせることができているという。

コントロール可能な「標準イメージ」

 バンク・オブ・アメリカのLinux導入において特徴的なのは、「コアイメージ」と称する同行独自の標準パッケージを定め、運用管理作業を簡素化していることだ。

 インターネット上で流通しているLinuxディストリビューションをそのまま配布し、ユーザーによるパッケージの追加を自由に許していては、まるで収拾がつかなくなる。代わりに「機能を必要なものだけに絞り、チューニングを加えた『コアイメージ』というコンセプトを打ち立てた。これを会社の標準として、メインのサポート対象とした」(ゴールデン氏)

ゴールデン氏
バンク・オブ・アメリカの上級副社長、ティム・ゴールデン氏

 コアイメージには、同行が求める機能を満たす必要最小限の275パッケージが含まれ、標準のハードウェアやアプリケーションとの互換性も確認されている。また、社内、社外にかかわらずどのような環境でも同一のイメージが動作するため、セキュリティ面での保証も高まったという。

 「きちんとしたコントロールを行う必要があったため、コアイメージを確立した。これにより、ハードウェアの監視やアプリケーションの互換性といった課題を解決することができた」(同氏)

 これを一歩進め、コアイメージを新規のマシンなどにリモートからインストールできる「キックスタート」という仕組みも整備した。銀行内ならばどこであろうと、わずか6分でサーバへのLinuxインストールと立ち上げが行えるという。また、ソフトウェアのメンテナンスを自動化する「サテライトインフラ」も整えた。

 こうして管理可能でタイトなコントロール可能な仕組みを作り上げた結果、「中央に一元化したイメージから、どこにでもインストール作業を行えるようになった。これがサーバ管理効率の向上に寄与している」(同氏)という。

 ただ、その裏ではバンク・オブ・アメリカが相応のリソースを用意していたことも見逃してはならない。Linuxが導入され始めた直後の2002年以降、サポート体制が不可欠という考えに立ち、有償サポートサービスの契約を結んだほか、社内サポート組織も半年足らずで整備した。それに必要なエンジニアや管理者も新たに雇い入れたという。

オープンソースでできること、できないことの見極めを

 もう1つ印象的だったのは、Linuxやオープンソースソフトウェアの利用に対する「信頼」を確立していくための取り組みだ。

 バンク・オブ・アメリカでは、2004年ごろからITコストを抑えるという課題に直面した。ここで、オープンソースソフトウェアを利用する方が20%から最大65%ものコスト削減につながるということで導入が促進されたという。ただその際、法的リスクなどの問題も浮上した。

 「企業としてのポリシーを作り、オープンソースソフトウェアで何ができるのか、あるいは何ができないのかを見極めることが大事だ。それにより、『いったいこれでどうなるのか』という不安を解消し、信頼を構築できる」(ゴールデン氏)。コアパッケージやインフラ管理の仕組みを通じて管理可能にしたこともその一環だという。

 同時に、ディストリビュータやコミュニティとの関係を深めることも重要だと述べた。「こんな機能が欲しい、こんなふうに改善してほしいといった声を出し、それを聞き入れてくれる組織があることは重要だ」と同氏は述べている。

 バンク・オブ・アメリカでは引き続きLinuxとオープンソースソフトウェアの導入を進め、Tomcatなどを利用してアプリケーション分野、さらには基幹システムへの導入を検討していくという。また、仮想化技術の導入にも意欲的だ。「すべてを仮想化していきたい」(ゴールデン氏)。さらに、Linuxベースのアプライアンスや開発者向けデスクトップ環境としても取り入れていきたいという。

 「オープンソースによってソフトウェアの再利用を促進でき、開発者に求められる『マーケットへのスピード』というニーズに対応できる。品質もプロプライエタリなソフトウェアとほぼ同等という調査結果がある。オープンソースソフトウェアやLinuxコミュニティにかかわることで、競争優位力を確保できる」(ゴールデン氏)

関連記事:過去のLinux導入事例については「Linux導入事例集」も参照
http://www.atmarkit.co.jp/flinux/jirei/index/jireiindex.html

 
1/2

Index
日米大手銀行がLinuxを採用したそれぞれのワケ
 〜 IPAフォーラムに見るオープンソース導入事例 〜
Page 1
オープンソースはイノベーションを生む
コスト削減と管理効率向上――バンク・オブ・アメリカの場合
 コントロール可能な「標準イメージ」
 オープンソースでできること、できないことの見極めを
  Page 2
管理コストの削減――三菱東京UFJ銀行の場合
 拡張保守契約で信頼を確保
コラム 「本当に信頼できるの?」という先入観

Linux Square全記事インデックス


 Linux Squareフォーラム Linux導入事例関連記事
オープンソースで情報システムを刷新した嘉悦大学
嘉悦大学は情報システムのインフラを、CentOSやOpenLDAP、Sambaといったオープンソースソフトウェアで刷新した
日米大手銀行がLinuxを採用したそれぞれのワケ
バンク・オブ・アメリカと三菱東京UFJという日米を代表する大手銀行は、なぜLinuxとその上で動作するオープンソースソフトウェアを導入したのか
特集:謎のOracleトラブルに挑む(前編)
わずかな手掛かりから障害を解決した事例をとおして、トラブルシューティングのあり方や技法、困難さが見えてくる
特集:謎のOracleトラブルに挑む(後編)
編で障害再現に成功したが、原因が特定されたわけではない。彼らはどのようにして問題を切り分けていったのだろうか?
3年間無停止でNTTグループを支えるLinux
国内で最初期にLinuxで業務システムを構築したNTTコムウェア。このシステムはNTTグループ全体にも導入され、3年間無停止で稼働し続けている
Linux Squareフォーラム全記事インデックス

MONOist組み込み開発フォーラムの中から、Linux関連記事を紹介します


Linux & OSS フォーラム 新着記事
@ITメールマガジン 新着情報やスタッフのコラムがメールで届きます(無料)

注目のテーマ

Linux & OSS 記事ランキング

本日 月間