特集:インフラベンダからの、いまの売れ筋はこれだ!(5)
シンクライアント製品がヒットする環境が整いつつある
2007/2/19
大宅宗次
いま、製品やサービスの発表が相次ぐシンクライアント。なぜいま注目されているのか、どのようなサービスがあるのかを解説する |
情報漏えい対策の有力な候補としてのシンクライアント |
ヒット商品のなかには長い間鳴かず飛ばずであったものが、あるときを境に急速に売れ出したというパターンのものがある。それは、その商品を使う必要性が出てきた、欠点がなくなった、種類が増え価格が安くなった、など売れ筋になるためのいくつかの要因が重なった場合に見られる現象だ。
今回紹介する「シンクライアント」も長い間ヒットが期待されているがなかなか飛躍しない商品の1つだ。一般的にシンクライアントとは、自身はハードディスクを持たずに画面の出力表示とキーボードやマウスなどの入力操作のみに特化し、アプリケーションやファイルの処理や管理をすべてサーバ側で実施するシステムの端末を意味する。
クライアントを簡素化することで端末機器の故障やコストを減らし、アプリケーションやファイルをサーバで集中管理できるようになるというメリットがある。サーバとシンクライアント間でLANなどのネットワークを使う前提であるため、シンクライアントの動向はネットワーク業界からの関心も高い。
現在、シンクライアントが注目されている最も大きな理由が、このところ企業の投資を左右するキーワード「セキュリティ」対策の有力な候補となってきているからだ。きっかけは昨今の情報漏えいの原因の多くが、社員のパソコンのハードディスクに保管されたデータが流出している点だ。
シンクライアントであれば端末がデータを持たないので抜本的な対策になるわけだ。まずはシンクライアントを使う必要性が認知されはじめてきているのだ。しかし、シンクライアントの必要性に比例して、当然ながら欠点の解消や選択肢の豊富さ、価格の安さを求める目も厳しくなってきた。逆の見方をすれば、こうした問題をクリアしたシンクライアント製品がヒットする環境が整いつつあるのだ。
図1 シンクライント・システムの基本的な構成 |
Windowsサーバのアドオンソフトとしての サーバ・ベース・コンピューティング |
一口にシンクライアントといっても、実に幅広い製品がラインアップされる。また、シンクライアントを実現する構成もさまざまだ。まずは「サーバ・ベース・コンピューティング(SBC)方式」と呼ばれる方法を紹介する。
SBC方式の基本的なものがWindowsサーバのターミナルサービスと呼ばれる機能を利用する方法だ。Windows PCはリモートデスクトップ接続と呼ぶ機能を持っており、こうしたWindows標準の機能を利用するだけでも、シンクライアント的な環境が構築できる。
つまり、Windowsサーバ側のマルチユーザーのデスクトップ環境でWordやExcel、Outlookなどのアプリケーション処理やファイル管理を実施し、Windows PCではその入出力のみを行うことができるのだ。
ただし、Windows標準機能ではサーバ処理の重さやマルチユーザー環境の制約があり、リモート・デスクトップ・プロトコル(RDP)と呼ぶ通信方式の負荷も非常に高い。よって、これらの負荷を軽減させたり、使い勝手を高めたりする周辺製品が存在する。
代表的な製品がRDPから独自の効率的な通信方式に変換し、さまざまな端末でWindowsターミナルサービスの利用環境を提供する米シトリックス社の「Ctrix Presentation Server(参照記事:米国担当者がにおわす「Citrix Presentation Server」次期版の姿 − @IT)」だ(旧製品名はMetaFrameで、こちらの名前の方がいまだに有名)。
Citrix Presentetion ServerはWindowsサーバのアドオンソフトの位置付けとなり、この分野ではヒット商品と呼べるほどの人気を誇る。同様の機能を実現する米グラフオン社の「GO-Global」というソフトもある。
また、SBC方式のシンクライアント専用端末は、こうした方式の画面出力と入力操作機能に絞って、さらにハードディスクを持たずCPUやメモリに最小限のものを搭載することでWindows PCと比べ低価格を実現している。
シンクライアント自身に搭載するOSはWindows CEやWindows Embeddedなどの軽いWindows系や、Linux、ベンダによっては独自のOSを採用している。例えば、Citrix Presentation ServerはこれらさまざまなOSで動作するクライアントソフトを提供している、
また、サンの端末「SunRay」は自社OS SolarisやJavaのシンクライアントが目的の端末であったが、最近では独自の方法でWindows環境への対応にも力を入れ、Windows系のSBC方式シンクライアント端末としても使えるようになってきている。
ブレードサーバ、仮想PC、ネットワークブートの3方式 |
一方、SBC方式のように1台の大型サーバで複数のクライアントを処理するのではなく、1つのクライアントごとに1つのブレード型のサーバを用意する方法もある。この「ブレードサーバ方式」の提供はHPや日立などが特に力を入れている。
また、その中間的な方法として米VMWare社の「VMware」や米クリアキューブ社の「Grid Center(参照:英語PDF)」などを用いる「仮想PC方式」がある。VMWareはサーバ上でクライアントごとにOSレベルから独立した仮想PCを提供する。この仮想PC環境を複数のサーバの間で処理が少ないサーバへ動的に移動させるといった分散処理を提供できるのが特徴だ。
この仮想PC方式はNECやIBMなどが力を入れている。ただし、ブレードサーバ方式も1つのクライアントで1つのブレード固定というわけではなく、こうした仮想PC化を積極的に進めており両者の差はなくなりつつある。
また、端末が起動時にサーバからOSごとダウンロードし、アプリケーション処理などは端末で行うが、ファイルはサーバに保存することでシンクライアント環境を実現する「ネットワークブート方式」と呼ばれる方法もある。ネットワークブート方式は米アーデンス社の製品が有名であったが、最近シトリックス社がアーデンス社の買収を発表しており、この方式の今後の進化が見えにくくなっている。
進む多くのアプリケーションのWebアプリ化 |
なお、これまで紹介した方式はすべて一長一短があり、シンクライアントを実現する方法の決定打と呼べるものはまだない。よって、シンクライアントの複数の方式の製品を販売している例も多い。例えば、業界大手のNECが「SBC方式」「仮想PC方式」「ネットワークブート方式」の3つの方法の製品をラインアップしているのが象徴的だ(参照ページ:NECが推奨するシンクライアントシステム)。ただ、企業のセキュリティ対策から来るシンクライアントの必要性の高まりを追い風に、各社がそれぞれの方式で欠点と呼ばれていた点を解消しつつある。
これまでシンクライアントの欠点と呼ばれていたものの1つが、サーバ側の処理やデータ転送の負荷が高いVoIPや動画、CADなどアプリケーションには向かないという点だ。
NECはVoIP機能を独立させ、端末に直接VoIP機能のみを実装するという手法を取るシンクライアントを製品化している。また、同時に動画処理をアクセラレートする専用チップを端末側に実装することでマルチメディア対応の欠点に対応している。日立もソフトフォンを端末で独立して動作させる同様のアプローチを採用している。こうしたマルチメディア対応の方法は、シンクライアントのコンセプトから部分的に外れることにもなるが、とにかくシンクライアントの欠点を解消する製品作りが進められている。
また、先に紹介したGO-GlobalはSBC方式の中でシンクライアントが不得意としてきた高速描画が必要とされるCADソフト対応に力を入れている。アプリケーションを端末側で処理するネットワークブート方式はもともとこれらの処理は得意だ。
ただ、これまでシンクライアント環境での対応が難しいとされてきた多くのアプリケーションがWebアプリ化されてきている傾向にあり、各社がシンクライアントの構築ノウハウをためてきたことで、シンクライアント環境で使えないアプリケーションがあるという相性の悪さが徐々に減りつつあるのだ。
モバイルの高速化で、外出先の利用制約が減る |
シンクライアントの構造的な欠点としてネットワークに接続されていないと使えないという点がある。オフィスではLAN環境が充実しているので問題ないが、外出先では端末がまったく使えなくなるという問題だ。多くのシンクライアントシステムではかなり細いネットワーク帯域でも端末が動作できるように工夫を凝らしている。
つまり、低速でも構わないから何らかのネットワーク接続手段があれば外出先でも動作させることができるのだ。幸いなことに最近ではモバイルデータ通信の充実と高速化が進んでおり、外出先でのシンクライアント利用の制約が減りつつある。
東芝ソリューションはPCをオフィスではシンクライアントとして動作させ、外出先ではあらかじめHDDに保存されている許可されたファイルのみが使える製品「FlexClient」を提供している。外出先ではネットワーク接続が不要となる仕組みで、この仕組みをシンクライアントと呼べるかどうかは別として、ネットワーク接続が必須というシンクライアントの欠点を解消するアイデアの1つだ。
低価格化するシンクライアント専用端末 |
シンクライアントシステム全体の価格が高いため初期投資が高くつくという話もよく聞く。残念ながらサーバ側はなかなか低価格化が進んでいない。しかし、端末側は大手サーバベンダの端末に加え、シンクライアント専用端末への参入企業が非常に多くなり、結果的にシステム全体の低価格化が進んでいる。
特に国内ではミントウェーブの「MiNT」やサイボウズ・メディアアンドテクノロジーの「Nexterm」など低価格路線を進めるシンクライアント専用端末に勢いを感じる。海外での実績の高い米ワイズテクノロジー、米ネオウェアなどのシンクライアント専業ベンダも日本市場での成功を目指し参入してきている。
直販スタイルで低価格PCを提供してきたデルやソーテックなどもシンクライアント端末に力を入れ始めてきて、シンクライアントの選択肢が大幅に増えてきているのだ。また、低価格化を実現するために新たにシンクライアント端末に導入するのではなく、古い既存PCをソフトウェアなどによりシンクラインアント化するソリューションも増えており、こちらも低価格化の流れに乗っている。
ASP方式での安価な提供がスタートするか |
なお、シンクラアイアント ビジネスは通信事業者からの注目も高い。自社の回線サービスに加えてシンクライアントのマネージドサービスを提供できれば、サービス全体の付加価値が高まるからだ。ただ、現時点では大手は個別のコンサルティング的な対応をしており、明確なサービスメニュー化に至っていない。
方式が多数あり顧客によって最適なサービスが異なるからだ。逆にSI事業者が回線まで含めてシンクライアントシステムをパッケージ化したサービスの方が先行している。例えば、ソフトブレーン・インテグレーションの「ビジネス・ゲート(参照:PDF)」はサーバからネットワーク、シンクライアントまですべてパッケージ化したワンストップサービスを提供している。
ただ、大手の通信事業者がより安価なパッケージサービス提供に参入すれば、こちらもシンクライアント・ソリューションの低価格化が期待できる。
VistaとOffice 2007の端末要求の高さも後押しするか |
最後に、企業でのシンクライアントの普及に少なからず影響を与えると考えられているのがWindows VistaとOffice 2007の登場だ。VistaやOffice 2007はPCで快適に動かすためのCPUやメモリなどのハードウェア条件が高くなっている。より低スペックの端末で動かせるシンクラインアント・システムとサーバを含めた価格差が少なくなると予想されているからだ。
セキュリティ対策として注目され、低価格化や欠点の解消を実現しつつあるシンクライアントが売れ筋商品になるのは、このようなちょっとした「きっかけ」が必要なのかもしれない。
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