メールの仕組みや基礎を再確認しながら、確実にメールを届けるために必要な設定や運用のポイントを解説する連載。今回は、到達率に大きな影響を与えるIPアドレスについて、IPレピュテーションの仕組みから、レピュテーションを高めるためのウォームアップの具体的な方法まで詳しく解説する。
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前回解説した「インフラ選定」と密接に関わる問題ですが、メールサーバのIPアドレスはメールの到達率に大きな影響を与えます。Webサイトであれば、社内のオンプレミスサーバでも、レンタルサーバでも、「Amazon Web Services」(AWS)でも、正しく設定していればどこに立てても問題なく閲覧できるはずです。ところがメールサーバの場合、送信したメールが相手に受け取ってもらえるかどうかは、立地=IPアドレスによって左右されてしまいます。
メールの仕組みや基礎を再確認しながら、確実にメールを届けるために必要な設定や運用のポイントを解説する本連載「意外と知らないメールサーバ構築・運用の基本」。今回は、到達率に大きな影響を与えるIPアドレスについて、IPレピュテーションの仕組みから、レピュテーションを高めるウォームアップの具体的な方法まで詳しく解説します。
「送信テストはしたはずなのに、運用を開始してみたらメールが宛先に届かない」「問題なかったのに、ある日突然メールが届かなくなってしまった」といったトラブルがよく起こります。こうしたケースの多くは、本番運用を開始してメール送信量が増えたことに起因しています。受信側の携帯キャリアやISP(インターネットサービスプロバイダー)、メールサービスプロバイダーは、突然メール送信量が増えた送信者を「スパマーではないか」と警戒するのです。
このような受信側のメール受信判断に大きな影響を与えるのが、送信者のIPアドレスの信頼性です。このIPアドレスが持つ信頼性のことを「IPレピュテーション」(IP Reputation)といいます。
IPレピュテーションは、過去にそのIPアドレスから送信されたメールの量や内容、受信したユーザーの行動など、受信側のプロバイダーによってさまざまな観点から評価されます。
レピュテーションは高いほど受信者のメールボックスに届きやすくなり、大量のメールを配信してもブロックされづらくなります。反対にレピュテーションが低ければ、受信が制限されたり、迷惑メールフォルダに振り分けられたり、ブロックされたりする可能性が高まります。
IPレピュテーションを維持し、向上させるには、適切な送信ポリシーを守り、安定的にメールを送信することで実績を作る必要があります。具体的な対策は、「IPレピュテーションの高め方」の章で解説します。
反対にレピュテーションを低下させる要因としては、以下のようなことが挙げられます。
これらのことに無頓着なままメールを送信していると、徐々にレピュテーションが悪化し、ある日突然メールが届かなくなる可能性があります。
IPレピュテーションはメール到達率に大きな影響を与える重要な要素ですが、悪用を防ぐためにも基本的に公開されていません。また、レピュテーションは全世界で共有される指標として存在しているわけではなく、メールサービスプロバイダーや携帯キャリアなどの受信側がそれぞれ独自のポリシーで評価しています。そのため、送信側が自社のレピュテーションを正確に把握することは難しいのですが、幾つか参考にできる情報ソースを紹介します。
IPレピュテーションは一度低下すると回復に時間がかかるので、定期的なチェックと適切な運用を心掛けましょう。
IPアドレスは使われる場所や性質によって分類できます。自社の利用するIPアドレスの種類によって、注意すべき点も異なります。ここでは国内IP/海外IP、共用IP/専用IP、そして過去に悪用された可能性がある「汚れたIPアドレス」について解説します。
日本の携帯キャリアや一部のメールサービスプロバイダーは、海外IPアドレスから送信されたメールを厳しくフィルタリングしています。そのため、海外のクラウドサービスなどを利用してメールを送信する場合、ブロックされる可能性があります。
海外のIaaSを利用する場合、日本リージョンを利用していたとしても払い出されるIPアドレスの所有国が海外になっているケースが多いので注意が必要です。国内向けにメールを配信する場合、国内IPアドレスを利用するのが望ましいでしょう。
クラウドサービスを利用する際、共有IPアドレスの場合と専用IPアドレスの場合があり、プランによって共有か専用か選択できるサービスもあります。共有と専用は必ずしもどちらがよいということはなく、それぞれメリット、デメリットがあります。
AWSや「Microsoft Azure」などのIaaSで新規にIPアドレスを取得する場合、前所有者の使い方によっては取得した時点で既にIPレピュテーションが著しく悪化している可能性があります。
IaaSなどのクラウドサービスでは誰でも簡単にサーバを立てることができるので、一時的にサーバを作成してスパムメールを送信するという悪用のリスクがあります。そういったスパム行為によってブラックリストに掲載されたり、レピュテーションが下がってしまった状態のIPアドレスが返却され、新しく割り当てられたりする可能性があるのです。
このようなIPレピュテーションのスコアが低下してしまったIPを「汚れたIPアドレス」ということがあります。新規のIPアドレスを取得した場合は、まずはレピュテーションを確認し、必要に応じてウォームアップを行うことが必要です。
IPレピュテーションは過去の送信実績を基にした信頼度なので、一定期間安定してIPアドレスを使い続けることで信頼を得るという地道な努力が必要です。IPレピュテーションを高めるための準備運動を「IPウォームアップ」といいます。ここからはIPウォームアップの具体的な手順について詳しく解説します。
以下のようなケース、特に一斉配信など短時間に大量のメール送信が見込まれる場合は、ウォームアップが非常に重要です。
(3)は、メール送信サービスで専用IPアドレスプランを利用する場合のことで、前章で解説した通り、他者の影響を受けるリスクはありませんが、IPレピュテーションのウォームアップや管理などは自分で行う必要があるので注意が必要です。
いずれにせよ、メール配信に利用する前にIPアドレスのレピュテーションを確認するのを怠らないようにしましょう。
具体的なウォームアップの手順を解説します。
・ステップ1.必ず受信できるアドレスをリストアップする
メールが宛先不明でエラーとなったり、迷惑メールとして報告されたりすると、レピュテーションの向上が図れません。そのため「既に削除され、存在しないアドレス」「長期間反応のないアドレス」などを除外し、確実に受け取ってもらえるアドレスのみをリストアップします。
同じドメインやアドレスにだけ送信し続けてもIPウォームアップにはなりません。さまざまなメールサービスプロバイダーや携帯キャリア、ISPに対して送信することが重要なので、テスト用に作成したアドレスのみでウォームアップするのは現実的ではありません。本番環境で使う送信リストを利用する方が効果的です。
・ステップ2.DNSや送信ドメイン認証などを適切に設定する
送信元アドレスの信頼性を高めるには、適切なDNSの設定と、SPF(Sender Policy Framework)、DKIM(DomainKeys Identified Mail)、DMARC(Domain-based Message Authentication, Reporting and Conformance)といった送信ドメイン認証を行いましょう。これによって受信側が送信元の正当性を確認できるので、到達率が高まりレピュテーションの向上にもつながります。
適切なDNSの設定や送信ドメイン認証についても、追ってこの連載で詳しく解説する予定です。
・ステップ3.迷惑メールとして扱われないフォーマット、内容でメールを作成する
送信するメールのフォーマット(形式)は、レギュレーションに準拠するようにしましょう。例えば「Gmail」の送信者ガイドラインにおいても、RFC 5322(Internet Message Format)への準拠が要件として記載されています。
コンテンツの内容についても、スパムと判定されないために注意が必要です。
オプトアウト(購読解除)の方法は必ず記載し、スパムに使われるようなNGワードは使用しないようにしましょう。成人向けコンテンツや詐欺のような「完全無料○○」「絶対に○○できる」「高額当選」といった迷惑メールにありがちなうたい文句の利用は、IPレピュテーションを向上させるどころか低下させる恐れがあります。
IPウォームアップの期間中も、迷惑メールだと判定、報告されたりしない、ユーザーに寄り添ったコンテンツを配信することが重要です。
・ステップ4.送信スケジュールを立てる
上記の準備が整ったら、送信スケジュールを計画し、送信していきます。
IPウォームアップに必要な期間や送るべきメールの量は、最終的に1日で送信したい目標通数によって変化します。一般的には、1カ月~数カ月程度のスパンで計画を立て、徐々に送信量を増やしていく必要があります。
以下は、送信スケジュールの一例です。
日数 | 1日当たりの送信数 |
---|---|
1日目 | 50通 |
2日目 | 100通 |
3日目 | 500通 |
4~5日目 | 1000通 |
6~8日目 | 2000通 |
9~11日目 | 3000通 |
12~14日目 | 6000通 |
15~17日目 | 1万通 |
18~20日目 | 1万5000通 |
21~23日目 | 3万通 |
24~26日目 | 5万通 |
27~29日目 | 8万通 |
30日目~ | 10万通以上 |
上記のようにスケジュールを立て、送信数を意識しながらメールを配信してみてください。夜間(21~7時ごろ)はISPや携帯キャリアなどのスパムフィルターの強度が上がるとされているので、できるだけ日中に送信を完了しておきましょう。
IPウォームアップは必ずしも毎日行う必要はありませんが、送信の間隔が空いてしまうとせっかく上昇したスコアが低下する可能性があります。もし30日以上中断した場合は、また送信通数の少ない1日目から再開して送信量を増やしていくことをお勧めします。
・ステップ5.IPレピュテーションのチェック
IPウォームアップと並行して、IPレピュテーションをチェックしましょう。IPレピュテーションのスコアが思わしく伸びていない場合は、送信数の調整や宛先リスト、メール内容の見直しを行いましょう。
今回は、メール送信におけるIPアドレスの重要性について解説しました。受信側からの信頼性の評価であるIPレピュテーションは、メールの到達率に大きな影響を与えます。新しくメール配信を始める際は、事前にレピュテーションを確認することと、地道なウォームアップが重要です。IPレピュテーションの評価にマイナスになることを避け、少しずつ量を増やしながら着実にメールを送信していくことで、送信者としての信頼を積み重ねていきましょう。
次回は、セキュリティや到達率を高めるために最低限押さえておきたい、送信SMTP(Simple Mail Transfer Protocol)サーバの設定について詳しく解説します。
株式会社リンク クラウド・ホスティング事業部 サービス企画部 部長
2011年からインフラエンジニアとして活動。数万人が利用する大手グループ企業のメールシステム基盤など、複数システムの設計、構築、運用を支援。その後、複数クラウドサービスの企画から運営までを手掛け、2017年にメール到達率を支援するサービス「ベアメール」の提供を開始
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