ソフトバンクは2024年12月以降に低軌道周回衛星による新しい衛星通信サービス、「Eutelsat OneWeb」(ユーテルサット ワンウェブ)を開始する。先行するStarlinkとの違い、企業ネットワークにおける活用について述べる。
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能登半島地震に際して「Starlink」は、避難所における通信確保や携帯電話基地局のバックホール回線として携帯電話の早期復旧に使われ、大きな成果を上げた。
これを契機にBCP(事業継続計画)対策としてStarlinkが注目され、導入を検討する自治体や企業が増えている。また、光回線の敷設が困難な建設現場で固定回線の代わりに利用したり、携帯電話の電波が届かない離島や山奥の工事現場でStarlinkをバックホール回線に使う携帯電話基地局を設置したりする例も現れている。低軌道周回衛星による衛星通信の活用が本格化してきたといえるだろう。
そんな中、ソフトバンクが新しい低軌道周回衛星による衛星通信サービス「Eutelsat OneWeb」を2024年12月以降に開始することを発表した。そのサービス内容や特徴についてソフトバンク コミュニケーションサービス本部 ネットワークサービス開発第2部 部長 古田信一氏に伺った。
Eutelsat OneWebはStarlinkと同じく低軌道周回衛星による衛星コンステレーションを使った衛星通信サービスだ。高度が3万キロを超える静止衛星と比較して、高度2000キロ未満の低軌道周回衛星は低遅延で高速な衛星通信が可能だ。しかし、高度が低いため1基の衛星がカバーできるエリアは狭い。そこで、多数の衛星が高速で周回しながら連携して広いエリアをカバーする。その仕組みが衛星コンステレーションだ。
Eutelsat OneWebとStarlinkの比較を下表に示す。
衛星の高度はEutelsat OneWebがStarlinkより約2倍高い。衛星の数はStarlinkの約10分の1だ。衛星ネットワーク(地上アンテナ、衛星、地球局で構成)と企業ネットワークなどの地上系ネットワークとの接続回線はStarlinkがインターネットであるのに対し、Eutelsat OneWebはソフトバンクの閉域回線サービスである「SmartVPN」を使用する。
Starlinkには用途に応じた7つのサービスプランが用意されている。Eutelsat OneWebは大きくスタンダート(陸上固定向け:特定の場所で利用)、モビリティ(陸上移動向け:場所を移動して利用)の2種類がある。それぞれにデータ容量選択プラン(ベストエフォート型)、データ容量無制限プラン(帯域確保型)などがある。データ容量選択プランは月間データ転送量を100GBから12TBまで選択できる。料金は2024年11月時点で公表されていない。
通信速度はEutelsat OneWebが下り最大195Mbps(理論値)、上り最大32Mbps(同)だ。実測値は公開されていない。Starlinkの速度は公開されているMAPで下り159〜255Mbps、上り17〜36Mbpsとなっている。ちなみにSub6を使った5Gの速度は下り50〜100Mbps程度、上り10〜30Mbps程度なので、StarlinkやEutelsat OneWebは5Gと同等以上の速度とみてよさそうだ。
Eutelsat OneWebとStarlinkの大きな違いは「閉域回線で地上系ネットワークと接続すること」と「帯域確保型サービスがあること」の2点だ。
企業でEutelsat OneWebを利用する場合、既存のイントラネットと接続することが多いだろう。しかし、既存イントラネットでソフトバンクのSmartVPNを使っているとは限らない。下図はSmartVPN以外の閉域回線サービスを使っている場合のネットワーク構成例だ。
OneWebのゲートウェイ局(地球局ともいう)は日本国内に2カ所ある。この例ではゲートウェイ局とデータセンター(DC)をSmartVPNで接続している。ソフトバンクの古田氏によると、閉域接続なので各拠点のアンテナで、イントラネットで使っているプライベートIPアドレスと同じ体系のIPアドレスが使えるそうだ。
この図では「1」から「3」の3つのユースケースを描いている。「1」は小規模オフィスでEutelsat OneWebをバックアップ用/BCP用に使うケースだ。光回線や4G/5Gがほぼ全国をカバーしているため、バックアップ目的だけであれば光回線や4G/5Gで十分といえる。地震などの災害に備える場合にEutelsat OneWebが有効だ。
閉域接続なので、VPN(Virtual Private Network:仮想プライベートネットワーク)やSD-WANなどのセキュリティ対策なしに使えるのが利点だ。費用的に小規模オフィスで使えるかどうかは未公表の料金を考慮する必要がある。また、月額料金が安価であっても屋外にアンテナを設置し、屋内に配線を引き込むにはかなりの工事費用がかかる。これも留意点だ。
「2」は大規模オフィスのBCPとしての利用だ。通常時は冗長化した2本の固定回線をメインで使用する。上り最大32MbpsのEutelsat OneWebだけでは高速な固定回線のバックアップはできない。地震などで固定回線が2本とも不通となった場合は、Eutelsat OneWebだけで通信する。ただし、上り最大32Mbpsなので全てのアプリケーションや端末を利用可能にするのは難しい。アプリケーションや端末を絞り込み、必要な通信だけ確保することになるだろう。能登半島地震の災害地支援で活躍する「Starlink」 その実態と企業がBCPで使う上での課題で述べた通り、BCPでは電源の確保も重要だ。
「3」は山奥や離島など固定回線や携帯電話回線が使えない建設現場でのユースケースだ。建設機械の遠隔操作とスマートフォンによるアプリや通話の利用を想定している。Eutelsat OneWebのアンテナは10キロ以上の重さがあるため、建設機械に簡単に取り付けることはできない。アンテナからWi-Fiで建設機械の制御装置を接続するのが現実的だろう。なお、アンテナは位置固定で使うもの、移動中に使えるものなど、用途に応じたアンテナを選択できる。
ここで通信速度と通信品質に関する留意点がある。2023年6月に紹介したコマツとEARTHBRAINが開発した建設機械の遠隔操作システムでは映像をリアルタイムで伝送するため、上りで10数Mbpsの速度が必要だ。Eutelsat OneWebの帯域確保型(上り8Mbps)では足りない。上りの映像を扱う場合は必要な帯域幅を得られるかどうか検証せねばならない。
通信品質の注意点としては「瞬断」がある。Eutelsat OneWebでも、Starlinkでも衛星コンステレーションでは通信を衛星から次の衛星に引き継ぐ際に瞬断が発生することがある。Webブラウジング、メール、音声通話などでは数秒程度の瞬断は問題にならない。しかし、建設機械の遠隔操作では数秒間、機械を制御できないと事故につながる可能性がある。瞬断に敏感な用途では十分に事前検証し、瞬断の発生頻度や時間が実用上支障ないことを確認する必要がある。
スマートフォンやタブレットによるコミュニケーションやアプリの利用は広い帯域幅を必要とすることは少なく、瞬断に敏感でもないため問題なく使えるだろう。
上述の通り、Eutelsat OneWebとStarlinkの基本的な違いはEutelsat OneWebの地上系ネットワークとの接続が閉域網であるのに対し、Starlinkがインターネットであることと、Eutelsat OneWebには帯域確保型があるがStarlinkはベストエフォートのみであること、の2点だ。Starlinkの速度の実測値を見ると低い方の値でもEutelsat OneWebで確保できる帯域より速い。しかし、最低必要帯域を確保したい場合は帯域確保型が有用だ。
閉域網でイントラネットと接続できることはEutelsat OneWebを選択する理由になる。インターネット回線を主体にSASE(セキュアアクセスサービスエッジ)やSD-WANを使ってセキュアで柔軟性のあるネットワークを構築する企業が増えている。
しかし、イントラネットが閉域網であることを重視し、境界防御型のセキュリティ対策を継続している企業も多い。用途によってはインターネットと完全に切り離されていることを求められることもある。このようなケースではBCP対策や通信インフラのない場所での通信手段としてEutelsat OneWebが適している。
ソフトバンクは既に、防衛省とEutelsat OneWebのPoC(Proof of Concept:概念実証)を進めているそうだ。Eutelsat OneWebの登場で企業における低軌道周回衛星による通信サービスの活用はさらに広がるだろう。
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパートなど)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。
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