九州電力は2022年に行ったローカル5Gの実証実験を踏まえ、2024年にローカル5GとWi-Fiによる実用自営網を構築した。そこでのローカル5G活用の着眼点は「超高速」「超低遅延」「多端末接続」といった5Gのうたい文句だけにとらわれないものだ。
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九州電力は発電所における保安業務の省力化、安全化、高度化という「スマート保安」を実現する基盤として、ローカル5Gを使ったネットワークの整備を進めている。
2022年には総務省の「課題解決型ローカル5G等の開発実証」の一環として、苓北(れいほく)発電所(熊本県天草郡)で実証実験を行った。「車両のAI(人工知能)入退管理(AIカメラで車両ナンバーを読み取り、事前登録した情報と照合)」や「ドローンによる巡視点検」などの実験を行い、ローカル5Gの有効性を確認した。
この成果を踏まえて2023年4月から2024年3月に実用ネットワークとして構築されたのが、松浦発電所(長崎県松浦市)のローカル5G+Wi-Fiによるネットワークだ。ネットワーク構成上の特徴、適用業務などについて、情報通信本部通信ソリューショングループ長 中川公士郎氏、同グループ副長 成合一朗氏、同グループ副長 轟木隼氏に伺った。
松浦発電所のネットワーク構成は下図の通りだ。
特徴は、ローカル5GとWi-Fiを組み合わせていることだ。さまざまな方式を検討した結果、広大な敷地を効率的にカバーできるローカル5Gを屋外で使用し、障害物の多い室内やフロア間にまたがるエリアを柔軟にカバーできるWi-Fiを建屋内で使用することとした。
ローカル5Gはインターネットと切り離した形で使え、SIM認証も可能なため、高セキュリティであることも採用の理由だ。
図中「1」の通り、5Gのコア設備(5GC)は九電グループのデータセンターに設置している。松浦発電所だけでなく、今後ローカル5Gを導入する他の発電所も収容して設備をシェアするためだ。
データセンターと発電所間は九州電力専用のVPN(Virtual Private Network)で接続している。ローカル5G用に割り当てられている帯域幅は1Gbpsだ。
発電所構内を広くローカル5Gでカバーしているものの、ローカル5Gの電波が屋内まで届かない大規模建屋2カ所、中小建屋8カ所(図中「2」)を対象にWi-Fiを整備している。大規模建屋内には約30台のWi-Fiアクセスポイントが設置されている。
中小建屋の接続に光ケーブルを使うのは高コストになるため、ローカル5Gをバックホール回線として、建屋内のWi-Fiアクセスポイント(1~2台)を通信機械室に接続している。
図中「3」の通り、わずか4カ所の基地局で約50万平方メートルという広大な敷地をカバーしている。障害物の影響を避けながら広いエリアを少ない基地局でカバーするため、基地局を高い位置に設置し、電波の出力を高くしている。中川氏によると、建物による反射や電波の回析も、見通しのない場所をカバーする上で役立っているそうだ。
ネットワークを使う業務としては、iPhone(会社支給のスマートフォン)を使う遠隔作業支援アプリ「OPTiM Taglet」と、ヘルメットに搭載したウェアラブルカメラによる作業支援がある(図中「4」)。iPhone、ウェアラブルカメラとも直接ローカル5Gにつながらないため、5Gルーターを介してWi-Fiで接続している。
九州電力ではiPhoneを直接ローカル5Gに接続する検証を進めており、2025年3月末までには接続が可能になるそうだ。社給スマートフォンであるiPhoneがローカル5Gに直接接続できれば利便性も向上するし、用途の拡大も期待できる。
筆者がまず思い付く用途は、電話だ。Wi-FiであってもIP電話の仕組みでiPhoneをクラウドPBX(Private Branch Exchange)やオンプレミスのIP-PBXに接続すれば構内内線電話として使えるし、外線発着信もできる。しかし、屋外で5Gルーターを持ち運ぶのは煩わしい。iPhoneが直接ローカル5Gに接続できれば、建屋内はWi-Fi、屋外ではローカル5Gを使ってiPhone単独で電話が使える。
九州電力では今後、苓北発電所で実証した知見を生かし、適用業務の拡大や松浦発電所以外の発電所へのローカル5G+Wi-Fiの導入の検討を進めるそうだ。
企業がローカル5Gの有効な使い方を考える場合、どこに着眼すればよいだろう。
九州電力がローカル5Gを実用化した着眼点は、「高速性」「低遅延」「安定性」という特徴もあるが、最も重要視した点が広いエリアを低コストでカバーできる「広域性」だ。
他の実用事例ではどうだろうか。筆者が2025年1月25日に開催した「第106回情報化研究会」で、NECプラットフォーム・テクノロジーサービス事業部門 主任 中根智絵氏に幾つかの実用事例を紹介してもらった。
その一つが「ゴルフ場でのリアルタイム映像配信」だ。従来の中継では有線ケーブルを広いゴルフ場に引き回し、カメラの映像を中継車に伝送していた。有線ケーブルに替えてローカル5Gを使うことで、ケーブルを取り回すことなく広いエリアで高速、低遅延で、Wi-Fiの干渉のない安定した映像を中継できる。この事例はローカル5Gの広域性、高速性、低遅延、安定性を生かしている。
もう1つの事例は「ローカル5Gによる展示場ブースのインターネット接続」だ。広い展示場には多くのブースがあり、デモンストレーションなどのためインターネットに接続する必要がある。モバイルWi-Fiルーターで接続すると多くのWi-Fiが干渉し、使えないことがある。各ブースを有線ケーブルで展示場の持つ高速インターネット回線に接続すれば安定した通信ができるが、有線ケーブルの敷設や撤去に費用がかかる。
ローカル5Gを有線ケーブルの代わりに使うことで、高速で安定したインターネット接続を低コストで実現できる。ここではローカル5Gの広域性、高速性、安定性が生かされている。
現在のローカル5Gは、超高速でも、超低遅延でもない。そんな古い5Gのうたい文句にとらわれず、広域性、高速性、低遅延、安定性を生かして実利を追求することがローカル5Gの実用化には肝要だ。
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパートなど)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。
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