元麻布春男の視点「売り」のないMatroxの新グラフィックス・チップ「Matrox G550」 |
日本時間の6月20日、グラフィックス・チップ/カードの開発・製造ベンダとして知られるMatroxは、新しいグラフィックス・チップ「Matrox G550」と同チップを採用したグラフィックス・カード「Millennium G550」を発表した。残念ながら、現時点ではグラフィックス・コアおよびメモリ・バスの動作クロックなど不明な点もあるが、このMatrox G550について簡単に紹介しておこう。
Matrox G550はバリュー・セグメントのチップ
今回発表されたMatrox G550/Millennium G550の特徴を一言で表せば、バリューラインのグラフィックス・チップ/グラフィックス・カード、ということになる。これまでMillenniumというブランド名は、どちらかというとハイエンド指向の製品に冠されることが多かったのだが、前製品のMillennium G450あたりから、必ずしもそうではなくなってきた。このMillennium G550もハイエンド向きの製品ではない。 それを端的に物語っているのが、Millennium G550と他社製品との比較ページに用意されているMatrox G550と他社製品の比較表だ。ここでMatrox G550と比較されているのは、NVIDIAのGeForce2 MXとATIのRADEON VEであり、GeForce3およびRADEONといった両社のハイエンド・グラフィックス・チップではない。まだ日本国内価格は発表されていないが、北米向けの直販価格は、本稿執筆時点で125ドル(Millennium G550 32Mbytes DDR SDRAM搭載モデル)に設定されており、現行製品であるMillennium G450 32Mbytes搭載モデルよりも10ドル安くなっている。Matrox G450が、Matrox G400の廉価版的な位置付けであったことを考えても、Matrox G550が決してハイエンド指向でないことは明らかだ。 |
Matrox G550の新機能「Head Casting Engine」
だが、Matrox G550がMatrox G450からまったく進歩していないのかというと、決してそんなことはない。最大の特徴は、同社が「Head Casting Engine(ヘッド・キャスティング・エンジン)」と呼ぶハードウェア・ジオメトリ処理機構にある(Matroxの「Head Casting Engineの解説ページ」)。Head Casting Engineは、DirectX 8で導入されたプログラマブルなジオメトリ処理ステージであるVertex Shader(頂点シェーダ)*1を拡張したものだ。Head Casting Engineという名称の由来は、この拡張が人間の頭部の3Dモデルを生成してアニメーション化する点にある。
*1 DirectX 8.0で導入されたシェーディング技術の1種で、3Dグラフィックスにおけるモデリング・データの頂点情報をプログラムで制御することで、多彩な表現を可能にする。ジオメトリ・パイプラインに対応したプログラマブル・シェーダで、頂点シェーダとも呼ばれる。あらかじめAPIが処理機能を規定するのではなく、プログラマ(アプリケーション・ライタ)が、シェーダ・アセンブリ言語を用いて、処理内容(アルゴリズム)を記述することができる。Vertex Shaderは、シェーダ・アセンブリ言語とハードウェアの間のインターフェイスであり、シェーダ・アセンブリ言語により記述されたアルゴリズムのハードウェアによるアクセラレーションを可能にする。Vertex Shaderを用いることで、モーフィング、マトリックス・スキニング(関節のような頂点間の不連続部分を滑らかに処理する)、ライトニング・モデルなどを、プログラマ自身のアルゴリズムで記述できる。例えば、水面を制御することで波紋を描いたり、顔の皺を制御することで笑った表情を作ったりすることが可能だ。CPUではなく、グラフィックス・チップ内でこれらの処理を行うことにより、システムに負荷をかけずに表現力を大幅に向上させられる。 |
Head Casting Engineの例 |
Matroxのホームページで提供されているHead Castingの例。デモのため、AVIファイルで提供されているが、Millennium G550を使えばリアルタイムで言葉に合わせて口の動きが変化する。2枚の写真からユーザーのこのような3D頭部モデルを作成してもらえる。 |
では、いったい何に人間の頭部モデルを使うというのか。Matroxの答えはコミュニケーションである。Millennium G550のパッケージには、LIPSinc社が開発した「HeadFone」と呼ばれる通信ソフトウェアと、Matrox Virtual Presenter for PowerPointというPower Point用のプラグイン・モジュール、さらには2枚の写真からユーザーの3D頭部モデルを作成してもらう権利がバンドルされる(LIPSincの「HeadFoneの製品情報ページ」)。3D頭部モデルを作成してもらう権利とは、2枚の写真をインターネット経由でLIPSincに送ると、それをもとに作成された3Dモデルが数日内にメールで返送されてくるというもの。HeadFoneは、この3Dモデルを用いて擬似的なテレビ電話(IPベース)を実現するアプリケーションだ。Matrox Virtual Presenter for PowerPointは、1台のディスプレイにPowerPointのプレゼンテーションを表示しながら、もう1台のディスプレイにプレゼンテーターの頭部3Dモデルを表示し、その頭部3Dモデルにしゃべらせながら(実際は音声データに合わせて頭部モデルがアニメーションしながら)プレゼンテーションを行うというものだ。
Matroxによると、PC市場全体のうち、ゲームや3D CADなど3Dグラフィックス機能を必要とするアプリケーションのユーザーは30%に過ぎないという。Matrox G550は、残りの70%向けに、3Dグラフィックス機能を生かしたアプリケーションを提供する意図で、このHead Casting Engineを開発した、というのが同社の主張だ。
2系統のDVI出力が最大の魅力?
もちろんMatrox G550にはHead Casting Engine以外の改善点もある。例えばレンダリング・エンジンは、DirectX 8のPixel Shader(ピクセル・シェーダ)*2互換ではない(完全にプログラマブルではない)ものの、Matrox G450では1本だったパイプライン(デュアル・テクスチャ)が2本に増強されている。また、Matrox G400で導入されたDual Head機能では、DVI出力用のトランスミッタ(信号を送信するデバイス)を2チャンネル分内蔵したことが強化点として挙げられる。つまり、チップ単体で2系統のDVI出力が可能になるわけだ。DVI出力を2系統持ったMillennium G550がパッケージとして販売される予定はないが、OEM向けには出荷されることになっており、バルク品として入手可能になるかもしれない。
*2 DirectX 8.0で導入されたプログラマブル・シェーダの1つ。レンダリング・パイプラインに対応したプログラマブル・シェーダで、ピクセル処理をプログラマ(アプリケーション・ライタ)が、自身のアルゴリズムで記述することが可能。シェーダ・アセンブリ言語で記述されたアルゴリズムは、Pixel Shaderを介してハードウェア・アクセラレーションされる。複数のテクスチャを組み合わせて、ピクセル単位のライティング(バンプ・マッピング)や環境マッピングなどが記述できる。これにより、金属の質感などをプログラムによって描画することが可能だ。 |
Matrox G550を搭載したグラフィックス・カード「Millennium G550」 |
写真は市販パッケージ向けのカードであるため、DVI端子は1系統しか実装されていない。OEM向けカードには2系統のDVI出力を持つものも用意されるという。 |
以上が、Matrox G550/Millennium G550の概要だが、すでに述べたとおり、ハイエンドを目指したものでないことは明らかだ。レンダリング・エンジンも強化されているとはいえ、メモリ・インターフェイスがMatrox G450と同じ64bitデータ幅のまま据え置かれていることからして、3Dグラフィックス性能の大幅な向上は見込めない。あるいはメモリ・バスの帯域を拡大しても、コストの向上ほどには性能が向上しない、という判断があったのかもしれない。最大メモリ搭載量が32Mbytesに据え置かれていることからしても、基本的にメモリ・インターフェイスはMatrox G450と同等と考えられる。とはいえ、メモリ・バス・クロックは若干引き上げられており、この面での若干の性能向上も図られている(Matrox G450でサポートされていたSDR DDRAMは、Matrox G550では使用できなくなったようだ)。日本国内での発表会においても、Matrox G550の性能はMatrox G450の20%増しという説明がなされており、大幅な性能向上を目指したものではないことが分かる。
Matrox G550は誰に売るのか?
おそらくMatroxは、性能ではなく、別の点での差別化を図ったのだろう。別の点とは、言うまでもなくHead Casting Engineだ。問題は、Head Casting Engineを用いたアプリケーションがメインストリームになるとは、あまり思えないことだ。Virtual Presenter for PowerPointが実行環境にMatrox G550を要求するのはまだしも、HeadFoneで通信を行う際に相手もMatrox G550搭載PCでなければならないというのでは、コミュニケーション・ツールとしての実用性はほとんどない(技術デモとしては、それなりに面白いと思うが)。まさか、通信相手にMillennium G550を送りつけるわけにもいかないだろう。
より本質的な問題は、果たして3D頭部モデルを使ったコミュニケーションが本当に望まれているのか、という点にある。少なくとも筆者は、アニメーションの「生首」を介して、誰かとしゃべりたいとは思わない。3Dグラフィックスを使うのは、データ転送に必要とされる帯域がビデオよりも少なくて済むということが最大の理由だと思うが、現在わが国では急速にADSLやCATVによるインターネット接続サービスが普及しつつある。米国と違ってデータ量を56Kモデムの帯域に抑える、ということは重要ではない。日本では、3Dグラフィックスより、ビデオを使った普通(?)のテレビ電話の方が好まれるのではないかと思う(ただ筆者個人としては、これも必要ないと感じているが)。
というわけで、筆者はどうもHead Casting Engineについては否定的になってしまうのだが、おそらく現在Matroxのグラフィックス・カードを購入しているユーザー層も、Head Casting Engineにはあまり興味がないのではないかと思う。現在のMatroxのユーザーが望んでいるのは、Head Castingのような技術でもなければ、3Dグラフィックス性能でもなく、Millenniumシリーズ独特の画面表示(アナログ的な意味での独特の表示品質)なのではないかと感じる。そう考えると、Matroxファンにとっては、たとえMatrox G550がMatrox G450のマイナーチェンジだったとしても、構わないのかもしれない。
次の新製品に期待?
だが、Matroxファンという「固定客」以外にMatrox G550を売り込もうとすると、かなり難しいことになるだろう。日本国内での説明会の冒頭に、代理店であるインフォマジックの担当者から、「Matroxで節目になるようなNo.1を目指す製品は、3年ごとに登場する」といった話があった(インフォマジックのホームページ)。要は、「2002年に登場する新製品に期待してほしい」といったニュアンスを感じたのだが*3、片や3年どころか半年ごとに新しいチップをリリースし、1年ごとに新しいアーキテクチャのチップをリリースするベンダ(言うまでもなくNVIDIAのことである)があることを考えると、心配になってくる。
*3 以前、ヒット商品となったMillennium G400シリーズは、2年前の1999年に最初の製品が発表された。 |
過去の例からいうと、マイナーチェンジの製品をリリースしつつ、次の製品は素晴らしい製品になる、というベンダは、密かに会社や事業の売却が検討されていることが多いのだが、説明会では冒頭でこうした見方をハッキリと否定した。2002年の新製品は信用してもいいようだ。特別なMatroxファン以外は、それを楽しみに待つことにしよう。
関連リンク | |
Matrox G550に関するニュースリリース | |
Millennium G550の製品情報ページ | |
Millennium G550と他社製品との比較ページ | |
Head Casting Engineの解説ページ | |
HeadFoneの製品情報ページ | |
製品情報ページ |
「元麻布春男の視点」 |
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