元麻布春男の視点なぜグラフィックス・カード・ベンダは倒産するのか元麻布春男 2002/03/08 |
2002年2月25日、ドイツのグラフィックス・カード・ベンダ「ELSA(エルザ)」が、ドイツのアーヘン(Aachen)地方裁判所に会社更生手続きの開始を申請、事実上、倒産した(ELSAの「会社更生法申請についてのニュースリリース」)。同社は、一般コンシューマ向け製品について北米市場からの撤退を表明するなどリストラに努めていたものの、2月7日付ですでに銀行団による債務保証が打ち切られたことを発表しており、苦境にあることが知られていた。その後も身売りを含めて再建策を模索していたが、ついに時間切れとなったようだ。なお、会社更生手続き申請後も営業は継続しており、引き続き再建策を模索しているようだ(日本法人であるエルザ ジャパンの営業も行われている)。
このELSAの倒産には、PC業界の構造的な問題が隠れているような気がする。今回は、グラフィックス・カード・ベンダの栄枯盛衰を振り返るとともに、なぜELSAが倒産したのか、そしてPC業界の構造的な問題とは何かを考えてみよう。
ELSAのコンテンツ・クリエイタ向けグラフィックス・カード「GLoria DCC」 |
グラフィックス・チップにNVIDIA製Quadro DCCを搭載し、主に3Dグラフィックス・コンテンツのクリエイタ向けに販売されている。この分野では比較的強いブランドであった。 |
グラフィックス・カード・ベンダの盛衰
このELSAの倒産で、かつてドイツ御三家と呼ばれたグラフィックス・カード・ベンダが、すべて姿を消すことになるかもしれない。ドイツ御三家とは、SPEA(エス・ピー・イー・エー)、Accel Graphics(アクセル・グラフィックス)、そしてELSAの3社を指す。いずれも、PCワークステーション向けのOpenGLアクセラレータを手掛ける、古くからのグラフィックス・カード・ベンダだった。
SPEAの名前が消えたのは、Diamond Multimedia(ダイアモンド・マルチメディア)による買収のためだ。買収後のSPEAはDiamond Multimediaのドイツ事業部として、ワークステーション向けグラフィックス・カード「FireGL」を手掛けていた。そのDiamond MultimediaがFireGL関連のグラフィックス事業をATI Technologiesに売却したことを考えると、ATI TechnologiesをSPEAの最終的な落ち着き先、と見ることも可能だ。
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ちなみにSPEAは、Diamond Multimediaに買収される前に、Video7ブランドのグラフィックス・カードで知られるHeadlands Technologies(ヘッドランド・テクノロジイズ)を買収している。Video7は、WindowsがPC用OSの主流になる前に、最も高い評価を受けていたグラフィックス・カードであり、初期のWindows(Windows 3.0以前)のDDK(デバイス・ドライバ開発キット)にはサンプルとして同社のハードウェアに対応したグラフィックス・ドライバのソース・コードが添付されていたことでも知られる。当時のPCグラフィックス市場で最高のブランドだったわけだ。そういう意味では、ATI Technologiesは、Video7の流れも継承している、ともいえるのかもしれない。
Accel Graphicsが消えたのは、1998年にEvans & Sutherland(エバンス・アンド・サザランド)に買収されたことによる。Evans & Sutherlandは、やはりハイエンド向けにOpenGLソリューションを提供するベンダである。Accel GraphicsをPCワークステーション向けのカード製品部門とするべく買収したが、その後にこの市場の競争は極めて厳しくなり、最近は軍用シミュレーションなどの分野に重心を移している印象が強い。PCやワークステーション向けにOpenGL対応製品を扱っていたベンダが、特定のニッチ市場に特化した形で生き残ろうとした例はほかにもあり、例えばS3の86C928ベースのグラフィックス・カードなどを手掛けたこともあるMetheus(メテウス)は、Number Nine(ナンバー・ナイン)のグラフィックス・チップをOEM供給した航空管制用のディスプレイ・システムを手がけたこともあった。が結局は、1999年にベルギーの医療用ディスプレイ・システム・メーカーであるBARCO Display Systems(バルコ・ディスプレイ・システムズ)に買収されてしまった(BARCOの「Metheusの買収に関するニュースリリース」)。
カード・ベンダの付加価値とは
ドイツ御三家の中で最後まで生き残っていたELSAは、プロフェッショナル向けのOpenGLアクセラレータからコンシューマ用のグラフィックス・カードまで守備範囲を広げたという点で、Number Nineと共通した部分がある。違いは、独自にグラフィックス・チップまで手掛けたNumber Nineに対し、あくまでもチップ開発は行わず、カード・ベンダに徹したELSAというところだが、結局は両社ともうまくはいかなかった。個人的には、自社でチップを手掛けたNumber Nineの方針は間違っていなかったと思っている。後述のように、グラフィックス・チップを自社開発でもしなければ、もはやグラフィックス・カードに付加価値が付けられないからだ。ただ、競争力のあるチップをタイムリーに出し続けることは難しく、Number Nineはそれができずに結局S3に買収されてしまった、というだけの話である。同じことはNVIDIAとATI Technologiesを除くほとんどのグラフィックス・チップ・ベンダに該当する。
Paradise(パラダイス)やOrchid(オーキッド)といった「いにしえ(Video7と同じ時代)」のブランドはもちろん、すでにDiamond MultimediaやSTB(エス・ティー・ビー)といったWindows黎明期のグラフィックス・カード・ブランドも消え、当時からグラフィックス・カードを手掛けてきたカード・ベンダは、本当にATI Technologiesくらいになってしまった。そのATI Technologiesにしても、MicrosoftのDirectXなどの開発プロジェクトへ積極的に参加し、チップ・レベルでの外販を強化するなど、もはや「カード・ベンダ」とは呼びにくくなりつつあるのが実情だ。
結局のところ、コンシューマ向け、プロフェッショナル向けを問わず、グラフィックス・カード・ベンダが付与できる付加価値はわずかなもので、大きな付加価値の源泉はチップにしかない、ということなのだろう。2Dグラフィックスの時代は、カード・ベンダが独自にグラフィックス・ドライバを改良することも可能だったが、3Dグラフィックスの時代に入り、もはやそれもほとんど不可能になってしまった(チップ・ベンダが提供するリファレンス・ドライバをほぼそのまま製品に添付して出荷している)。そもそも、半年のサイクルでグラフィックス・チップが更新されるようでは、とてもカード・ベンダが独自にできることなどない。できることといえば、せいぜい解像度を切り替えるユーティリティを工夫してみるとか、見栄えのいいヒートシンクを探してくるとか、その程度だ。
難しくなったPCパーツの差別化
実は、これと同じことが、すでにほかの分野でも起きている。例えば、マザーボードも、昔は非台湾系のベンダが存在したものだが、コスト競争が激しくなるにつれ、多くが撤退し、残ったベンダも台湾系ベンダの資本傘下に収まることとなった。台湾系ベンダの強みはいうまでもなく、コスト競争力にある。ところが、PC本体となると、台湾ベンダの影響力は激減する。世界的なシェアを持つ台湾系のPCベンダというと、かつてはAcerがかなりの力を持っていたが、いまではそれほど大きなシェアではない。
グラフィックス・カードやマザーボードといったパーツのビジネスと、PC本体で何が違うのか。おそらくそれはサポートだろう。台湾ベンダは、安価に作り、売ることは得意だが、売った後のサポートはあまり得意ではない。PCベンダでシェアが高いDell ComputerやCompaq Computer、Hewlett-Packardといったベンダは、いずれも台湾ベンダから調達したパーツを組み合わせ、場合によってはベアボーン(ケースにマザーボードが組み付けられただけの状態)で調達して、プロセッサやハードディスクなどのパーツを追加し、自社の販売ルートに乗せる。同じことを台湾ベンダがやれば、さらにコストが削減できそうなものだが、現実にはそうはいかず、OEM供給元の地位に甘んじている。このような指摘は、おそらく10年ほど前からいわれ続けていると思うのだが、なかなか変わらないのが面白いところだ。
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関連リンク | |
エルザ ジャパンの会社概要 | |
会社更生法申請についてのニュースリリース | |
Diamond Multimediaとの合併に関するニュースリリース | |
2000年度第2四半期業績発表ならびにグラフィックス・カード事業からの撤退に関するニュースリリース | |
Metheusの買収に関するニュースリリース |
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