解説 Tablet PCは企業クライントの本流になれるのか?(後編) |
Windows XP Tablet PC Editionに最適化されたアプリケーション
以上のようなTablet PC入力パネルにより、既存のアプリケーションに対して、ハードウェアのキーボードを使わずに、ペンだけでデータの入力が可能になる。しかし、アプリケーションと別のウィンドウで入力パネルを開き、そこの中の決められた枠の中でのみ入力が許されるというのは、やむを得ないこととはいえ、決して望ましいことではない。ペン・コンピューティングの理想からいえば、ペンでアプリケーションの入力位置に直接書き込めなければならないハズだ。
それを実現するには、Windows XP Tablet PC Editionで拡張されたAPIをサポートしたアプリケーションが必要だ。そうしたネイティブ・アプリケーションの例としてWindows XP Tablet PC Editionに添付されているのが、Windows Journalと呼ばれるアプリケーションである(画面8)。Windows Journalでは、好きなところに、図や文字を自由に記入することができる。まさに紙のノートにペンで手書きする感覚だ。
画面8 Windows Journalの画面 |
まさにWindows XP Tablet PC Editionのためのアプリケーションといえるのが、このWindows Journalである。紙にペンで書くようにメモを取ることが可能だ。 |
ただし、手書きしたストローク(線)を保存するだけなら、グラフィックス・ソフトウェアにだってできる。Windows Journalが一味違うのは、常にインク・データ(ペンにより入力されたストローク)の認識が行われていることだ。画面9は、画面8のメモ書きを保存しているところだが、ファイル名として「定例ミーティング」と入力されている。これは筆者が入力したのではなく、Windows Journalが一番上のノートのタイトル欄に手書き入力されたデータを自動的に文字認識し、ファイル名としてダイアログに与えているものだ。このように手書きのストロークに対して、バックグラウンドで文字認識が行われている点が、インク・データの特徴であり、認識結果をベースに後から検索することも可能とする機能でもある。
画面9 メモ書きを保存しているところ |
画面8のメモ書きの保存を行うと、ファイル名として「定例ミーティング」と入力されていることが分かる。これは、Windows Journalがタイトル欄を自動的に文字認識した結果である。 |
もちろん、手書き入力したデータは、そのままインク・データとして保存することはもちろん、テキストに変換することも可能だ。画面10は上に入力された手書き文字を選択ツールで選択した状態だ。この状態で、手書き文字を移動させたり、拡大したり、テキスト・データへと変換したりすることができる。画面11は、テキスト認識させたところだが、筆者の手書き文字のクセが強いためか、正しく認識できていない部分が多い。人間はインク・データを見れば、おおよそ正しく読むことができるが、コンピュータは必ずしもそうではない。常にバックグラウンドで認識が行われているため、インク・データの検索ができると上述したが、このように誤って認識していると、必ずしも検索できるとは限らないことになる。Tablet PC入力パネルの手書き入力では、1文字ずつ枠内に書くことから比較的認識率が高かったが、このように連続した文字となると認識率は落ちてしまうようだ。Tablet PCの使い勝手を向上させるためには、こうした連続した筆記体による文字の認識率を高める必要があると感じた。
画面10 入力された手書き文字を選択ツールで選択した状態 |
手書き文字はこのように選択して、移動や拡大、削除などが可能である。 |
画面11 手書き文字をテキスト認識させたところ |
文字が汚いためか、画面のように正しく認識されていない部分も多い。Windows XP Tablet PC Editionの使い勝手を左右する部分だけに、テキスト認識の精度はもう少し高くなってほしい。 |
Windows Journalのもう1つの使い方は、ほかのアプリケーションのデータを手書きのできるJournal形式に変換し、Windows Journalで操作することだ。Windows XP Tablet PC Editionには、この変換を行うためのプリンタ・ドライバ(Journalノート ライタ)が添付されている。画面12は、PowerPointのファイルをJournalノート ライタで出力しているところだ。一度、Journalノート ライタ形式に変換してしまえば、スライドに自由に手書きメモを書き込むことが可能になる。
画面12 Journalノート ライタで出力しているところ |
PowerPointなどのファイルをプリンタ・ドライバとして登録されている「Journalノート ライタ」で出力することで、Windows Journalで手書きのできるファイル形式に変換される。これにより、プレゼンテーションにメモ書きを行うといった操作が可能になる。 |
Windows Journalは、いわばWindows XP Tablet PC Edition版のWordPadというところで、特に機能が豊富というわけではない。しかし、取りあえず現状では、Tablet PCをTablet PCとして使える数少ないアプリケーションの1つであることは間違いない。もしWindows Journalがなければ、Tablet PCの評価さえままならないかもしれない。
既存のアプリケーションもWindows XP Tablet PC Edition対応へ
残る既存のソフトウェアの拡張だが、Microsoftが同社のOffice向けにOffice XP Pack for Tablet PCをリリースすることに加え、サードパーティの中にも既存のソフトウェアをペン対応にするキットのリリースを考えているところがあるようだ。こうした拡張により、アプリケーション中にオブジェクトとしてインク・データを埋め込むことが可能になる(Windows XP Tablet PC Editionの入力パネルは、テキスト・データとしてしか入力できない)。またMicrosoftから、ペンによる画像のカット&ペーストを可能にする「Snippet」と呼ぶペン対応ユーテリィティなどが提供される予定だ。
Tablet PCの長所と短所
以上、駆け足でTablet PCについて見てきたが、ここでTablet PCの長所と短所をまとめてみよう。まず長所だが、以下の点に集約されるだろう。
- キーボードが使えない局面(立った状態など)でも利用できる
- 他者と対面しながらPCを利用する場合、PCやディスプレイが対話の邪魔にならない
- 手書きによるテキスト入力だけでなく、手書き文字/図形の入力ができる
- 1000年以上の歴史を持つペンは、人間にとってやさしい入力デバイス
1.のキーボードが使えない局面でも使えるのは間違いないところだが、この用途ではPocket PCやPalmといったPDAでは用が足りないのか、ということが問題になりそうだ。2.も間違いないのだが、果たしてどれくらいのユーザーがこうしたシチュエーションにあるのか疑問が残る。もちろん、保険や自動車の営業といったシチュエーションでは、対面での操作が有効だろう。しかし、一般的な企業クライアントとなると、ミーティング中に内容を確認しながら作業を進める、といった程度のシチュエーションしか思い付かない。3.は、おおよそ長所だけで、特に副作用は思い付かない。企画資料などの図版を考える場合には有効な機能となるだろう。
論議がありそうなのは4.だ。確かに人間とペンの付き合いは長いし、それだけの長い歴史の淘汰に耐えたデバイスであることは確かだ。だが、果たしてキーボードに優先するデバイスかというと、それは疑問が残る。筆者の周りの環境が特殊なのかもしれないが、キーボードが使えるシチュエーションで、キーボードよりペンを入力デバイスに利用したい、というユーザーはいなかった。特に筆者を始めとする「悪筆」な人にとっては、むしろPCの登場により、ようやく手書きから脱却できた、と思っているユーザーの方が多いだろう。
もちろん、キーボードが利用できないユーザーなどは、ペンが使えることが大きなメリットになることは考えられる。しかし、キーボードがペンに変わったからといって、本当にそれだけでPCが使えるようになるとは筆者には思えない。キーボード・アレルギーのような人には有効なのかもしれないが、キーボードかペンかというのはあくまでも表層的な問題にすぎないのではなかろうか。
Tablet PCの利点は、キーボードが使えない局面や、他者と対面しながらでも自然にPCが使え、手書きの文字や図形が入力できる、ということになるのだが、逆にデメリットもある。その中でも最大のものは、Tablet PCが一般的なノートPCよりも価格が高いということだ。Tablet PCは、モバイル用のPCとしては、ハイエンドに近いプロセッサを搭載し、必ずペン入力のためのデジタイザを組み込まなければならない。おのずと価格はハイエンドのノートPCよりも高くなってしまう。また残念ながら、現時点ではTablet PCに対応した専用アプリケーションはほとんどないのが実情だ。またWindows XP Tablet PC EditionというOSそのものも、起動時に拡張起動メニューを表示するといった場面では、ペン・デバイスに最適化されているわけではない。どうしてもキーボードがなければできないことが存在する。前編で述べたように、将来性にも若干の不安が残る。
Tablet PCの発表会においても、Microsoftは将来のOSに標準的にペン・サポートの機能を取り込むと明言することを避けていた。もちろん、Tablet PCがたくさん売れれば、おのずと標準サポートされることになるのだろう。そして、ペン・サポートの機能がOSで標準的にサポートされるようになれば、Tablet PC用OSは通常のWindowsと同じになる。Tablet PCを購入したユーザーはOSのアップデートが可能かどうかを気にする必要がなくなるわけだ。何より、標準になることで、対応ハードウェアやアプリケーションの開発が促進されるだろう。Microsoftとしても、こうした効果を知らないはずがないのに、標準サポートする、といい切れない点に若干の不安を感じてしまうのだ。
以上の点から、一般的な企業クラアントとして導入する場合、上乗せされている価格が上述のメリットとトレードオフするかをよく考えるべきだろう。また、機種によってペンの書き味が大きく異なるので、実際に書いてみることもすすめたい。
会社名 | 機種名(ニュースリリース) | タイプ | 価格 |
ソーテック | AFiNA Tablet AT380B | コンバーチブル | 25万9800円 |
東芝 | DynaBook SS 3500 | コンバーチブル | オープン |
NEC | 2002年第4四半期中に商品化予定 | ストレート | − |
日本エイサー | TravelMate C100 | コンバーチブル | オープン |
日本HP | Compaq Tablet PC TC1000 | ストレート/コンバーチブル | 21万9000円 |
ビューソニックジャパン | V1100 | ストレート | オープン |
富士通 | FMV-STYLISTIC TB80 | ストレート | オープン |
ペースブレードジャパン | PaceBook Tablet | ストレート | 未定 |
Windows XP Tablet PC Editionと同時に発表されたTablet PC |
INDEX | ||
Tablet PCは企業クライントの本流になれるのか? | ||
1.Windows XP Tablet PC EditionはWindows XPの上位互換 | ||
2.2種類あるTablet PCの形状 | ||
3. Windows XP Tablet PC Editionの文字入力方法 | ||
4. Windows XP Tablet PC Edition対応のアプリケーションの将来像 | ||
「System Insiderの解説」 |
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