解説

Tablet PCは企業クライントの本流になれるのか?(前編)
――Windows XP Tablet PC Editionの実装と実用性――

1. Windows XP Tablet PC EditionはWindows XPの上位互換

元麻布春男
2002/11/7

解説タイトル


 まもなく、WindowsファミリのOSに新しいメンバーが加わる。2002年11月7日、Microsoftは全世界同時に「Windows XP Tablet PC Edition」のリリースを行うからだ。これに合わせて、各PCベンダから同OSをプレインストールしたシステム(Tablet PC)がリリースされることになっている。Windows XP Tablet PC Editionは、Windows CEと同じようにOEM専用で、単品のパッケージ製品として出荷されることはない(つまり、エンド・ユーザーが店頭でOS本体だけ買うことはできない)。しかし、Windows XPファミリの新しいOSであり、新しいハードウェア・プラットフォームになる可能性があることから、ここではWindows XP Tablet PC EditionがどのようなOSなのか、また同OSを搭載したTablet PCの実用性などを探ってみることにする。企業クライアントの新しい形になる可能性があるのかどうか、ここで検証してみよう。

Windows XPとWindows XP Tablet PC Editionの違い

 Windows XP Tablet PC Editionは、Windows XP Professional Service Pack 1をベースに、ペン・デバイスをサポートするための拡張が施されたOSである。単にペンをポインティング・デバイスとして利用できるだけでなく、手書きによる文字や図形をデジタル・データとして扱うことができる仕組みを備えているのが特徴だ。OSの機能セットとしては、Windows XP Professionalの上位互換となっており、Windows XP上で動作するすべてのソフトウェアはWindows XP Tablet PC Editionでも動作する(図1)。Windows XP Professionalと上位互換であるということは、Windows XP Tablet PC Editionが必ずしも携帯型PC(モバイルPC向け)専用のOSではないということでもある。だが、ペンという入力デバイスを採用したことにより、立った状態でも利用できること、ペンの使用に際して入力パネルと兼用のディスプレイを手持ちすることが想定されていることなどから、まずはモバイルPC向けのOSとしてリリースされる。

図1 Windows XPとWindows XP Tablet PC Editionの関係

 だが、Windows XP Tablet PC Editionは、単純にWindows XPにペン・デバイスのサポートを追加しただけのものではない。Windows XP Tablet PC Editionでは、入力デバイスとしてのペンをサポートする「Pen API」、ペンにより入力されたストロークをインク・データとして保持・記録する「Ink API」、そしてインク・データの認識を行う「Reco API」という3種類のAPIが追加されている。これらのうち、Pen APIとInk APIがユーザー・モードで動作するモジュールであるのに対し、Reco APIを支える認識エンジンは、ユーザー・モードとカーネル・モードにまたがったものになっている(図2)。これは、Windows XP Tablet PC Editionのカーネルが、Windows XP Professionalのカーネルとまったく同じものではないということを意味する。

図2 Windows XP Tablet PC EditionのAPIの構成

アップグレードに不安の残るWindows XP Tablet PC Editionの構成

 実際、Windows XP Tablet PC Edition対応アプリケーションを開発するためのSDK(Tablet PC Platform SDK)は、Windows XP Tablet PC Editionだけでなく、Windows XP Professional Service Pack 1、Windows 2000 Service Pack 2およびService Pack 3にインストール可能だが、このSDKならびに再配布可能なランタイム・モジュールをインストールしたからといって、インストールしたPCがWindows XP Tablet PC Editionと同等になるわけではない。なお、Tablet PC Platform SDKはTablet PCの開発者向けホームページからダウンロード可能になる予定だ。Windows XP Tablet PC Edition以外のシステムでは、Reco APIがサポートされないため、同APIを利用したアプリケーションの動作テストはできない。逆にいえばReco APIを用いたアプリケーションの開発および動作テストには、Tablet PCの実機が不可欠となる。

 このような形になっている最大の理由は、ペンによるインク・データに対する文字や図形、ジェスチャ(ペンの動きによる一種のコマンド入力)の認識性能、特に入力してから認識するまでのタイムラグの短縮を重視しているからだろう。Windows XP Tablet PC Editionのインク・データが、単なるベクタ・データと異なる点の1つは、バックグラウンドで常にインク・データの認識が行われていることにある。これにより、ペンにより手書き入力されたデータをテキスト検索の対象に含めることが可能になるし、ジェスチャの解釈も可能になる。

大きな画面へ
画面1 Windows XP Tablet PC Editionによる手書き入力の例
PowerPointのファイルをTablet PC添付のプリンタ・ドライバを用いて、Windows Journalフォーマットのファイルとして出力し、それをWindows Journalで開いたもの。ライン・マーカーで線を引いたり、手書きのコメントを付与することが可能になる。

 その一方で、Windows XP Tablet PC Editionが動作するハードウェア(後述)の処理性能は、非力とはいわないまでも、市場で最高のものでは決してない。MicrosoftはTablet PCを最もモバイル用途に適合したPC用プラットフォームとして位置付けており、用いられるプロセッサはバッテリ駆動に配慮したものになる。現在発表されたり、展示会で参考出品されたりしているTablet PCのハードウェアは、いずれも超低電圧版Pentium IIIやTransmetaのCrusoeを用いたものばかりだ。これらのプロセッサでも、その性能は数年前のデスクトップPC相当のものではあるのだが、現時点でのデスクトップPC用はもちろん、ハイエンド・ノートPC用のプロセッサにも及ばない。こうした最新のプロセッサを用いたPCのユーザーにも、極力違和感のない操作性を与えるには、常時動作している認識エンジンによる「重さ」を軽減する必要がある。その手段の1つが、認識エンジンの一部をカーネル・モードで動作させることだったのだと思われる。

 もちろん、認識エンジンの一部をカーネル・モードで動作させることには「副作用」もある。それが最も端的に現れるのがアップグレードだ。これからリリースされるWindowsがどうなるか、現時点では不明だが、いまのところ次にリリースされる開発コード名「Longhorn(ロングホーン)」で呼ばれるWindowsが、Tablet PC Editionの機能を包含するとは発表されていない。つまり、Windows XP Tablet PC Editionのアップグレードには、一般のWindows XP Home EditionやProfessional Edition用のアップグレード版OS(これらには認識エンジンは含まれていない)ではなく、専用のアップグレード版が必要になる可能性が高い。

 これまでMicrosoftは、ペン・デバイスをサポートしたOSを、Windows 3.0用のWindows for Pen Computingを皮切りに、Windows 95やWindows 98をベースにペン・デバイスのサポートを加えたOSをリリースしてきた。しかし、これらのプラットフォームに対して、専用のアップグレード版が提供された実績はほとんどないのだ。OSのアップグレードが必要かどうか、ということには議論があるところだが、もしこれがService Packやパッチならどうだろう。通常のWindows XP用に提供されるであろうService Pack 2が、Tablet PC Editionと共通なのかどうか現時点ではハッキリとしない。実際、現在のところMicrosoftは、同じService PackでTablet PC Editionをサポートするともしないとも明言していないのだ。仮に専用のService Packが必要だとして、それが通常のWindows XP用と常に同時に提供されるのかどうかの保証はいまのところない。実用上、これがどの程度影響を及ぼすかは別にして、Tablet PCには、そのようなリスクもあることを頭の片隅においておいた方がよいだろう。

 次ページでは、Tablet PCの2種類の形状と、それぞれのメリットとデメリットについて解説していく。

  関連リンク 
Tablet PCの開発者向けホームページ
 
 

 INDEX
  Tablet PCは企業クライントの本流になれるのか?
  1.Windows XP Tablet PC EditionはWindows XPの上位互換
    2.2種類あるTablet PCの形状
    3. Windows XP Tablet PC Editionの文字入力方法
    4. Windows XP Tablet PC Edition対応のアプリケーションの将来像
 
目次ページへ  「System Insiderの解説」


System Insider フォーラム 新着記事
  • Intelと互換プロセッサとの戦いの歴史を振り返る (2017/6/28)
     Intelのx86が誕生して約40年たつという。x86プロセッサは、互換プロセッサとの戦いでもあった。その歴史を簡単に振り返ってみよう
  • 第204回 人工知能がFPGAに恋する理由 (2017/5/25)
     最近、人工知能(AI)のアクセラレータとしてFPGAを活用する動きがある。なぜCPUやGPUに加えて、FPGAが人工知能に活用されるのだろうか。その理由は?
  • IoT実用化への号砲は鳴った (2017/4/27)
     スタートの号砲が鳴ったようだ。多くのベンダーからIoTを使った実証実験の発表が相次いでいる。あと半年もすれば、実用化へのゴールも見えてくるのだろうか?
  • スパコンの新しい潮流は人工知能にあり? (2017/3/29)
     スパコン関連の発表が続いている。多くが「人工知能」をターゲットにしているようだ。人工知能向けのスパコンとはどのようなものなのか、最近の発表から見ていこう
@ITメールマガジン 新着情報やスタッフのコラムがメールで届きます(無料)

注目のテーマ

System Insider 記事ランキング

本日 月間