解説
SIPPはクライアントPC導入におけるTCO削減の切り札になるのか? 元麻布春男 |
企業のPC導入に際しては、PCそのものの価格だけが問題になることはない。導入台数分のPCの価格に加えて、導入時に不可欠な動作検証コストや、使用期間全体を通じての管理費を含めた、いわゆるTCO(トータル・コスト・オブ・オーナーシップ)、さらには新しいPCで得られるであろうメリットまで含めて全体として考える必要がある。Intelが提唱するステーブル・イメージ・プラットフォーム・プログラム(SIPP)は、企業に導入されるクライアントPCに関するTCOを削減することで、全体的なIT経費の削減を目標としたものだ。ここでは、SIPPの概要ならびに、メリットについて解説しよう。
SIPPの仕組み
SIPPの中核となるアイデアは、Intelプラットフォームにおいて、一定期間にわたって同一のソフトウェア・イメージを利用可能にしようというものだ。ソフトウェア・イメージとは、PCのハードディスク上にインストールされるソフトウェアの集合体で、OS、デバイス・ドライバ、アプリケーション・ソフトウェアなどで構成される(BIOSは含まれない)。内容的には、コンシューマ向けPCのリカバリCD(PCを工場出荷状態に戻すCD-ROM)に相当するものだと考えられる。企業におけるソフトウェア・イメージの役割は、企業内に展開するPCの標準初期状態と思えばよいだろう。IT部門がユーザーにPCを配布する際、同一のソフトウェア・イメージをハードディスクにコピーして出荷する、ということになる。当然ながら、OSやアプリケーションについては、ボリューム・ライセンスの使用が前提となる。
恐らく、こうした標準的なソフトウェア・イメージの作成と、そのPCへの展開は、すでに実施している企業が少なくないものと思われる。問題は、せっかく作ったソフトウェア・イメージを、そのまま再検証せずに使える期間が短い、ということだ。ご存じのように、半導体製品は定期的に細かな変更(リビジョン・アップ)が加えられる。PCプラットフォームの中核となるチップセットもその例外ではない。たとえ同じ製品名または型番のPC同士でも、導入時期が異なると、チップセットのリビジョンが異なる場合がある。これまでは、リビジョンが変わったチップセットを用いたシステムやマザーボードがリリースされると、少なくとも、既存のソフトウェア・イメージが問題なくそのまま使えるかどうかの再検証が必要であった。そして、更新されたデバイス・ドライバの組み込みが必要などの不都合が発見された場合、また新たにソフトウェア・イメージを作成しなければならなかった。同じことは、チップセットばかりでなく、ネットワーク・デバイスやグラフィックスなど、デバイス・ドライバを必要とするデバイス全般に当てはまる。このように導入時期などによってソフトウェア・イメージが異なると、保守やメンテナンスのためにその分だけイメージを用意し、管理する必要がある。つまり、それだけ管理コストがかさむことになる。
SIPPは、こうした不都合をなくし、12カ月の間、同じソフトウェア・イメージが利用できることを保証しようというプログラムだ。2003年2月に開催されたIDFで、Granite Peak(グラナイト・ピーク)という開発コード名が明らかにされた時点では、18カ月にわたって同一のソフトウェア・イメージを利用することを目標としていたが、正式プログラムでは半年分だけ短縮されたことになる。ただ、Intelによれば12カ月は最低保証という性格のものであり、同一イメージについて18カ月程度の実使用期間を目指していることに変わりはないという。
12カ月間、同一のソフトウェア・イメージを使い続けられるようにするには、2つの方法が考えられる。1つは、その間チップセットのリビジョンを更新しないこと、もう1つはチップセットのリビジョンにソフトウェア・イメージが左右されないようにする方法だ。現実には、チップセットのリビジョンを固定することは難しい。半導体のリビジョン・アップには、エラッタ(不具合)の修正など機能にかかわるものだけでなく、歩留まりを向上させるなど、半導体製造の都合上しかたのない変更も含まれるからだ。
SIPPを用いたクライアントPCの導入計画 |
SIPPを採用したクライアントPCでは、3四半期以上にわたって同じソフトウェア・イメージが利用可能な製品が導入できる。 |
そこでSIPPは後者の方法を採用する。ソフトウェア・イメージにはBIOSは含まれないと上述したが、同一のソフトウェア・イメージを使い続けられるような仕組み(変更をOSなどに見えなくするような一種のエミュレーション機能)を持たせたBIOSと、それに対応したチップセットを対にして用いることで、チップセットのリビジョン変更を無実化するというのが、SIPPの仕組みである。これで、チップセットのリビジョンが変わっても、同じソフトウェア・イメージを使い続けることが可能となる。
デスクトップPC | モバイルPC | |
プロセッサ | Pentium 4 | Pentium M |
チップセット | Intel 865G | Intel 855ファミリ |
チップセット・ドライバ | チップセット内蔵グラフィックス・ドライバを含むすべての関連したチップセット・ソフトウェア | チップセット内蔵グラフィックス・ドライバ(対応可能な場合)を含むすべての関連したチップセット・ソフトウェア |
LAN | Intel PRO/100 VM Intel PRO/1000 MT Intel PRO/1000 CT |
Intel PRO/100 VM Intel PRO/1000 MT |
無線LAN | − | Intel PRO/Wireless 2100ならびにネットワーク・コネクション用ソフトウェア |
SIPPの対象となるプラットフォーム |
となると、デバイス・ドライバでの対応が必要なほど重大なバグなどが見付かった場合にはどうするのか、という意地悪な疑問が思い浮かぶ。この問題を回避するため、IntelはSIPPの対象となるチップセットを限定している。2003年にSIPPの対象となるチップセットは、デスクトップPC向けがIntel 865G、モバイルPC向けがIntel 855ファミリとなっている。これらに合わせて、対応するIntel純正のLAN、無線LAN技術、チップセット内蔵グラフィックス機能などのドライバを含むものが対象となる(モバイルPCの場合は、Centrino Mobile Technology対応ということになる)。基本的にSIPPの対象となるチップセットは、ほかのチップセットにも増して、入念な互換性テストと検証を施し、深刻なバグのないことを確認していると考えられる。またIntelは、Intel 865Gに1カ月先立って、ほぼ同等のコアをベースにしながら、SIPPの対象とはならないIntel 875Pをリリースしている。考えようによっては、Intel 875PはIntel 865Gに重大な問題がないことを最終確認するために、わざわざ1カ月早くリリースされた、と見ることができるかもしれない。
Platform Validation Labの模様 |
米国カリフォルニア州フォルサムにあるIntelのPlatform Validation Labにおける互換性検証テストの様子。このような施設により、入念に検証されたプラットフォームがSIPPの対象となる。 |
SIPP導入のメリット
ここでSIPPに対応したプラットフォームを導入することにより得られるメリットをまとめておこう。まず最初に挙げられるのは、PC導入時における検証作業が軽減されることだ。もちろん、最終的にはIT部門が自社で用いるアプリケーションによる実テストを行う必要があるが、SIPPの対象となるチップセットの背景には、Intelによる膨大な互換性検証テストの裏付けがあることは、安心感につながる。
次に、ソフトウェア・イメージの検証と作成を一度行えば、12カ月の間、再検証したり作り直したりしなくて済むことだ。これは同時に、クライアントPCの調達と更新を12カ月の期間で考えられることでもある。数百台、数千台規模の導入であっても、計画的に導入を進めることが可能だ。
また、SIPPの対象となるプラットフォームを導入するということは、1年の間に導入されたクライアントPCの同一性が保証される、ということでもある。細部の仕様が異なる複数のPCを導入した場合に比べ、単一機種で構成されていれば、それだけ管理は容易になるはずだ。
このように管理コストの軽減という意味においてSIPPのメリットは大きい。しかし、いくつか欠点もある。まず、すべての企業向けIntel 865G/Centrino採用PCがSIPPに対応しているわけではないことだ。SIPPに対応するかどうかは、すべてPCベンダにゆだねられており、「SIPP対応」といった表示についても明確な規定がないという。企業向けPCでは、B.T.O.やC.T.O.(Configuration To Order:顧客の要望によってメモリ容量や周辺機器の選択が自由に行える注文方法)を採用するベンダも多く、デバイスの組み合わせによってもSIPPの対応/未対応が変わる可能性がある。つまり、SIPP対応のPCを購入するには、PCベンダへの確認が必須というわけだ。
次に、クライアントPCの更新タイミングをIntelのチップセットのリリース・スケジュールと合わせなければならなくなることも、欠点といえるだろう。例えば、SIPPの11カ月目に導入を計画するなどということは、どう考えても現実的ではない。少なくともある程度は、Intelのチップセット・ロードマップと整合性をとる必要がある。これをいい換えれば、Intelにはチップセット・ロードマップを少なくとも1年先程度までは公開する必要がある、ということでもある。こうした情報公開により、SIPPは一層価値を増すものと考えられる。
企業のIT経費を削減するためには、「解説:企業クライアントの更新における最適なIT投資法とは?」でも述べたように、毎年計画的にPCのリプレイスを実施することが重要だ。そのためにもSIPPに対応したPCを導入することは、大きなメリットとなるのは間違いないだろう。
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「System Insiderの解説」 |
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