解説 2004年のIT市場を予測する デジタルアドバンテージ |
2000年9月の米国のITバブル崩壊に端を発し、世界的にIT市場はマイナス成長へと転じてしまった。しかし、米国経済の急速な回復や、中国を中心とするアジア地域でのIT市場の急速な伸びにより、2003年第3四半期には再びプラス成長へと戻り始めた。調査会社のレポートやIntelの業績予測などによれば、この傾向は2004年も継続し、再びIT市場で大きな伸びが期待できそうである。また、日本経済も長いデフレ不況から脱しつつあり、抑制されていたIT投資が再開されそうだ。
読者アンケートによれば、Windows NT Server 4.0を搭載したサーバをだましだまし使っているという企業も多いようだ。また、2004年1月17日にマイクロソフトの延長サポートが終了するWindows 98/98 SE*1を搭載したクライアントPCのリプレイスも必至である。IT投資の再開により、これらのサーバ/クライアントPCの置き換えが検討されることだろう。一方で、セキュリティ対策の向上や、RFIDによる流通管理といった新しいソリューションの登場など、2004年のIT投資に対する課題は多い。
*1 新規の修正プログラムなどが提供されるサポートの延長フェーズは、2004年1月16日で終了する。その後、新規の対応修正プログラムなどは提供されなくなるので注意が必要だ。ただし、Windows Updateなどによるオンライン・セルフヘルプ・サポートは、2006年6月30日まで提供される(当初の2005年1月16日終了から延長された)。 |
こうした状況下、2004年のサーバ/クライアントPCをどのように選択すればよいのだろうか。ここでは、IntelとAMDのプロセッサ・ロードマップ、各ベンダの動向などから、2004年のIT市場を予測し、どのような投資を行うのがよいのかを考えてみることにする。
PCI ExpressがPCの姿を大きく変える
IntelとAMDのプロセッサ・ロードマップからクライアントPCの姿を予想してみよう。
Intelは、出荷が遅れている開発コード名「Prescott(プレスコット)」で呼ばれる次期Pentium 4を2004年2月にも発表するといわれている。Prescottでは、「Prescott New Instructions(PNI)」と呼ばれる13命令が追加される(PNIの詳細は、Intelの「Prescott New Instructions Software Developer's Guide」を参照のこと)。また、マイクロアーキテクチャの若干の改良により、性能向上も図られるようだ。
当初は、2003年第4四半期にPrescottを搭載したPCが出荷されると予定されていたことから、その出荷を待ってクライアントPCのリプレイスを予定していた企業も多いかもしれない。だが出荷が遅れたいまとなっては、再検討が必要かもしれない。うわさどおりPrescottを搭載したPCが2月に出荷されるとしても、検証や見積もり作業などにより、2003年度内の大量導入はぎりぎりとなりそうだ。むしろ、比較的安価になった既存のPentium 4搭載PCを選択した方が無難かもしれない。
発表前でもありPrescottの価格は明らかになっていないが、通常、新しいプロセッサの価格は既存の上位モデルと同等以上となる傾向にある。現在、Pentium 4-3.2GHzのOEM向け価格が417ドルであることから、Prescottは400ドル以上となるだろう(システムでは、20万円に近い価格になると予想される)。Intelでは、記者説明会などにおいて「90nmプロセス製造によるPrescottは、高いコストパフォーマンスを実現しており、速い立ち上がりを期待している」と述べている。これは、Prescottの価格を速いテンポで引き下げ、Pentium 4からPrescottへの移行を推進するという意味にもとれる。
また新しいプロセッサやシステムはとかくトラブルが発生しがちだ。後述のようにPrescottの世代では、新しい拡張I/O規格「PCI Express」に対応することも明らかになっている。こうした移行期に当たる際には、標準化の動向などにも注目して慎重に導入するPCを決めたい。そのためにも今回は、システム価格が安価になったPentium 4搭載PCを導入し、次回、再びPrescott(あるいはその後継プロセッサ)搭載PCを検討した方が無難だろう。
Prescottは、2004年中ごろにPCI Expressへの対応を行う。PCI Expressは、XTバスがISAバス、PCIバスになったのと同様の大きなインパクトをPCに与えることになる。PCI Expressは、これまでのPC用の拡張バスと異なり、ポイント・ツー・ポイントのシリアル伝送を採用する。物理層は、一方向あたり2本の信号線で構成され、双方向のデータ転送には最小構成(1bitシリアル転送)で4本の信号線を利用する。この最小構成を1レーンと呼び、必要に応じて2レーン、4レーン、8レーン、16レーン、32レーンという具合に複数のレーンを束ねることで、求められる帯域幅の提供を可能にする(束ねたレーンの数だけ、帯域幅は増える)。PCI Expressは、柔軟なシステム構築が可能な上、PCIバスに比べて高い帯域幅が実現できる。ただし、既存のPCIバスとの互換性がないため、拡張カードはPCI Expressに対応したものが必要になる。なお当初は、PCI ExpressをベースにPCI ExpressとPCIバスをブリッジするようなチップを搭載することで、PCI ExpressとPCIの両スロットを装備するPCが提供されることになるだろう。これは、ISAバスからPCIバスへの移行時にPCI-ISAブリッジ・チップによってISAスロットが提供されたのと同様である。将来的には、完全にPCI Expressに移行することになるだろう。
2004年前半には、Prescottと同様、90nmプロセス製造を採用するノートPC向けプロセッサ「Dothan(開発コード名:ドーサン)」が出荷される。Dothanは、Pentium Mをベースに90nmプロセス製造化したものであり、内蔵する2次キャッシュが2倍(2Mbytes)になる程度で、マイクロアーキテクチャの拡張などは行われないとされている。
2004年後半から2005年にかけて、ノートPCにおいてもPCI Expressが採用されることになる。拡張カードは、既存のPCカード(PCMCIA)からPCI ExpressとUSB 2.0をベースとしたExpressCardに移行することになる。ExpressCardも、PCカードとは互換性がない。デスクトップPCでは、PCIスロットとPCI Expressスロットの両方をサポートすることが可能であったが、本体サイズに制限のある薄型やB5サイズのノートPCでは、PCカードとExpressCardの両方をサポートするのは難しい。そこで、当初はA4サイズのいわゆるデスクノートPC(デスクトップPCの代わりとして利用する少し大型のノートPC)でPCカードとExpressCardの両方がサポートされ、ExpressCardが普及することになるだろう。ノートPCにおけるExpressCardの普及は、2005年以降となりそうだ。
AMDは、2003年に発表したAMD Athlon 64の性能を引き続き向上させていくことになる(AMDのプロセッサ・ロードマップについては「解説:アナリスト・ミーティングに見るAMDとIntelの2004年戦略(前編)」参照)。AMD Athlon 64の「売り」である64bit対応は、肝心の対応OSが現時点でLinuxしかないため、クライアントPC用途という面では有効に機能していない。しかし、2004年中ごろになると、AMD Athlon 64対応の64bit版Windows XPがリリースされ、本格的に64bit機能が利用可能になる。とはいえ、対応アプリケーションが少ないため、64bit機能が発揮されるのは2005年に入ってからとなりそうだ。
AMDのプロセッサ・ロードマップ |
2003年11月に改訂されたAMDのプロセッサ・ロードマップでは、2004年前半に現行と同じプロセス技術(0.13μmプロセス)を用いたAMD Athlon 64のリフレッシュが行われることが明らかにされた。 |
AMDのPCI Expressへの対応は明確になっていない。当初、PCI ExpressはIntel主導で規格化されたことが、その後標準化作業をPCI SIGに移管したことにより、AMDを含めた業界全体の標準規格となっている。IntelがPCI Expressへの移行を推進することで、最新の拡張カードはPCI対応からPCI Express対応へと移行することになる。必然的にAMDも対応せざるを得なくなるわけだ。2004年中、AMDはPCI Expressの普及を待って様子を見ることになりそうだが、2005年にはPCI Expressの対応は必至となるだろう。
保守的なサーバ市場は堅調に推移する?
クライアントPCに比べて保守的なサーバは、2004年に大きな動きはなさそうだ。Intel Xeon/Xeon MPとも順調に動作クロックの引き上げと2次/3次キャッシュの増量が行われる。2004年後半には、90nmプロセス製造の採用とPrescottと同様のデザイン変更が行われるはずだ。エントリ・サーバでは、引き続きPentium 4/Prescottが採用されることになるため、2004年後半にはPCI Expressを採用したエントリ・サーバが登場する可能性もある(Intelのサーバ向けプロセッサのロードマップについては「解説:2004年のサーバ・プラットフォームを先取りする」参照)。
Intelのサーバ向けプロセッサのロードマップ |
Intelのサーバ向けプロセッサのロードマップは、2003年8月の時点から更新がない。 |
Itanium 2は、9Mbytesの3次キャッシュを内蔵したMadison-9Mが夏ごろにリリースされる予定だ。少し遅れて、Madison-9Mに対応するデュアルプロセッサ向けのItanium 2が登場する。デュアルプロセッサ向けItanium 2は、Intel Xeonと同等の価格レンジを実現していながら、対応する低価格なOSが用意されていないことから、商業的には成功しているとはいえない状態にある(64bit版Linuxもベンダのサポート付きパッケージは高価である)。2004年第2四半期にリリースされるというWindows Server 2003 SP1の時点で、Itanium 2対応の64bit版Windows Server 2003 Standard Editionが追加されることが明らかになっている。これにより、ミッドレンジ・サーバにおいても、Intel Xeon/Xeon MPにするか、Itanium 2にするかの選択が可能になるだろう。
一方AMDは、引き続きAMD Opteronの性能を向上させることになる。AMD Opteronにおいても、2004年第2四半期に対応する64bit版Windows Server 2003がリリースされる予定であり、この時点で本格的な企業導入が検討されるものと思われる。現在、日本IBMなどは、AMD Opteron搭載サーバをハイパフォーマンス・コンピューティング(HPC)向けのプラットフォームとして主に提供している。しかし、Windows Server 2003のリリースによって、より一般的な企業向けサーバとしても販売されることになるだろう。
特にエントリからミッドレンジにかけては、これらの新しいプロセッサと従来からのIntel Xeonとの価格/性能が拮抗していることから、面白い展開となることが予想される。これまで、IAサーバでは事実上、Intel製プロセッサの中から選択するしかなかっただけに、AMD Opteronの登場は、サーバ市場の活性化という面でもプラスに働くことになるだろう。また、ユーザーにとっては、IAサーバの選択肢がこれまで以上に増えることになる。開発用途における計算サーバでは、AMD Opteron搭載サーバとデュアルプロセッサ向けItanium 2搭載サーバが選択可能になったのは大きなメリットといえる。クライアントPCが、AMD Athlonの登場により競争が生まれ、大幅に性能向上と価格の低下を実現したように、同様に2004年は、AMD Opteronの登場によって、サーバのコストパフォーマンスが大幅に向上することになりそうだ。
2004年のキーワードは仮想化と自律
2003年、各サーバ・ベンダとも「自律」をキーワードにしたミドルウェアをラインアップし始めた。いまのところ各部品を自律化している段階であるが、2004年にはより高いレベルでの自律化が実現されるだろう。自律化が進むことで、故障時の自動復旧や、データの自動バックアップなどが実現する。管理者の手間が大幅に軽減されることになることから、今後注目したいソリューションである。
またサーバとストレージのどちらにおいても仮想化が1つの重要なキーワードとなりそうだ。すでにストレージについては、多くの仮想化ソリューションが提案されており、複数台のSANストレージを仮想化によって1つにまとめることで、ストレージの利用効率向上や管理簡素化を実現し、コストの削減を可能としている。サーバの仮想化では、グリッド・コンピューティングに注目が集まりそうだ。グリッド・コンピューティングでは、複数のサーバをあたかも1つのサーバのようにまとめることで、スーパーコンピュータを必要としていた計算を汎用サーバで実現可能とする。これまでグリッド・コンピューティングというと、大学や企業の研究所などでの利用が中心であったが、医薬品や金融商品、自動車、地下資源などの開発でも利用が開始されつつある。将来的には企業の給与計算などを含む経理処理といった分野でもグリッド・コンピューティングが利用されるようになるだろう。開発業務などで大規模な計算サーバ(スーパーコンピュータなど)を利用している場合は、グリッド・コンピューティングの導入を検討してみてもよいだろう。ただし、グリッド・コンピューティングを利用するためにはアプリケーションの対応が必要になるので、そのコストなども考慮しておきたい。
そして2004年、サーバ市場に大きな影響を与えそうなのがRFIDの普及である。RFIDの普及により、特に製造業や流通業を中心としてコンピュータ・システムの更新が必要になるかもしれない。RFIDとは、無線機能とICを内蔵したチップを用いた自動識別・管理システムである。RFIDのうち、最も注目されているのは、ごま粒ほどの大きさのチップに製品に関する情報を記録し、それを製品に貼ることで、無線を利用して情報の取り出しを可能とする「無線ICタグ」といわれるものだ。無線ICタグを用いることで、これまでバーコードで管理していた以上の情報を製品ごとに記録することが可能になる。逆にいえば、製品ごとにいままで以上の情報管理が必要になるわけで、情報システムの変更が余儀なくされることも意味する。
IBMやHewlett-Packardが推進しているユーティリティ・コンピューティングにも注目したい。ユーティリティ・コンピューティングとは、水道や電気などと同様、使った分だけの料金を支払うというサービスで、欧米の大企業の基幹業務を中心に採用が始まっている。ユーティリティ・コンピューティングによって、情報システムにかけるコストの軽減などが実現するという。いまのところ日本の企業でユーティリティ・コンピューティングの採用を発表しているところはないようだが、NECや富士通、日立製作所などもユーティリティ・コンピューティングを提案しており、2004年は採用する企業も出てくるだろう。
このように2004年のIT市場は、変革に向けた大きな一歩を踏み出す年となりそうである。2000年から続いたマイナス成長から脱し、再び明るさを取り戻すことになるだろう。しかし一方でセキュリティという大きな課題は残されたままである。2003年8月に社会問題ともなったBlasterワームは、企業のセキュリティ対策の甘さを浮き彫りにした。こうした反省からファイアウォールや侵入検知システムなどセキュリティ関連の導入が増えているという。また、IntelやMicrosoftはコンピュータのセキュリティを向上させる仕組みを標準化させることを明らかにしている。しかし、こうした機器や仕組みの導入だけでは、企業のセキュリティは向上しない。企業内のセキュリティをいくら確保していても、社員がワームに感染したノートPCを社内に持ち込んでしまっては意味がないからだ。セキュリティ機器への投資とともに、2004年は企業のセキュリティ・ポリシーの見直しや社員教育など、さらなるセキュリティ対策が望まれることになるだろう。
関連記事 | |
アナリスト・ミーティングに見るAMDとIntelの2004年戦略(前編) | |
2004年のサーバ・プラットフォームを先取りする |
関連リンク | |
Prescott New Instructions Software Developer's Guide |
「System Insiderの解説」 |
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