たぶん技術革新のなかで
HTML5も通過点に過ぎない
新野淳一
Publickey2009/9/14
朽ちることのない標準仕様。ソフトウェア開発の競争はなくてはならないと主張するモジラが描くHTML5像とは?
モジラFirefoxの標準へのこだわり
Webの新しい標準「HTML5」の登場はどのような意味を持つのでしょうか。前回はグーグルにインタビューを行い(参照:ネイティブアプリ級のHTML5にグーグルが期待すること)、Webアプリケーションをネイティブアプリケーションと同じようなものにまで高めていきたい、というビジョンが語られました。
今回は、Webブラウザをオープンソースとして開発し、HTML5の仕様策定当初から積極的に関与してきたモジラに話を聞きにいきました。インタビューに応じてくれたのは、モジラジャパンの代表理事瀧田佐登子氏と、マーケティング部 テクニカルマーケティング担当の浅井智也氏です。
───モジラはFirefoxで積極的にHTML5の仕様を実装しています。その理由と、あらためてモジラがHTML5にどのようなスタンスで望んでいるのかを教えてもらえませんか?
浅井 もともとHTML5の仕様策定がどういう経緯だったか、というのを振り返ると、おのずとモジラのスタンスも分かってくると思います。
モジラジャパン マーケティング部 テクニカルマーケティング担当の浅井智也氏 「ソフトウェア革新の競争ができる環境を維持していかなくてはならない」 |
───HTML5は、もともとモジラやオペラのエンジニアが個人的な集まりとして仕様を考え始めたものが発展したのでしたね?
浅井 そうです。2003年ごろにW3Cでは、HTMLを発展させた仕様を厳密にXMLベースで作っていこうという機運がすごく高くなっていました。その仕様の中の1つにXFormsという仕様があります。XFormsはファイナルコールにまで策定が進みましたが、ブラウザの実装について十分に考慮されていなかったり、HTML 4との互換性を切り捨てた新しい仕様になっていました。われわれブラウザを作っている側としては、そういう仕様に一足飛びに移るわけにはいかないと、XFormsに対して異議を表明しましたが、却下されてしまいます。
そこで、モジラやオペラの当時のメンバーが中心になってW3Cとは別に集まり、これまでのWebを現実的にアップグレードできる仕様、ブラウザの実装まで考慮された仕様を作っていこうよと、そういった流れで議論が始まったんですね。
その後、XFormsを取り込んでHTMLと互換性を持つように設計されたXForms Basicと呼ばれた仕様を独自に作り、それがWeb Forms 2.0になりました。そして2004年ごろ、フォームだけでなくもっとHTML 4のアップグレードを広くディスカッションしようと、アップルやグーグルもかかわってくるようになり、やがてW3Cも方向転換して、HTML 4と互換性があり実装も考慮した仕様をHTML5として共同で作っていくことになっていきました。
ですのでモジラとしては当初から、HTML 4と互換性があり、実装を重視したHTML5の仕様策定をリーダー的に進めてきた立場にあるのです。
Firefox は、標準仕様を元にしたブラウザを提供することで、選択肢があって競争があることでよりよいインターネット環境ができるのだ、ということをずっと訴えてきました。現在ではアップルのSafariもマイクロソフトのIEもグーグルのChromeも標準サポートを積極的に進めているのは、標準の重要さに気付いてきているためだと思います。
瀧田 いまHTML5という仕様が策定されつつあって、このように注目もされていますが、ここに至るまでの標準仕様に対しての取り組みはずっといろんな技術者が集まってやってきたものなんです。
モジラジャパン モジラジャパンの代表理事瀧田佐登子氏 「標準という技術は朽ちることがありません。HTML5もしかりです」 |
過去には、Webの標準があっても、それより企業の収益やシェア争いが優先になっていたところがありました。しかしFirefoxで標準の実装を続けてそろそろシェア20%が見えてきた現在、そのほかのブラウザベンダも標準の必要性や重要性が分かってもらえるようになってきたのだと思っています。
───W3CにはセマンティックWebの実現に向けて標準を作っていきたい、という方向もありましたよね。しかしHTML5ではAjaxに代表される、より高度なWebアプリケーションを実現するための仕様策定に向かっている感じですね。
浅井 セマンティックWebも重要なものだとは思うし、随時実装できるものは進めています。しかしみんなが実際にどうやってWebアプリケーションを書いているのかを肌で感じている身としては、最終的にはセマンティックWebを実現するという方法はあるにしても、Webをアップグレードするためにまず先にしておかなければならないことがあると思います。それがWebアプリケーションのプラットフォームとしてのHTML5に力点を置いている理由です。
それに、Webをアプリケーションプラットフォームにしたいという考えは、ネットスケープがWebブラウザにJavaScriptを搭載したときからの考えで、それを少しずつ現実にしていくということでもあります。
瀧田 (ブラウザこそ)アプリケーションプラットフォームという言葉を5年前に私たちが言い出したときも、それがどういうものなのか、理解してもらったり、それを実現する環境が整うまでに時間がかかりました。
これまでの仕様策定でWebのサービスやアプリケーションでできることの幅を広げるためにいろんな標準を作り続けてきましたが、HTML5はそうしたいろんなことを実現するためのベースになるのではないしょうか。大事な分岐点になると思います。
───Firefoxの最新バージョン「Forefox 3.5」で実装されているHTML5の機能をいくつか説明してもらえますか?
浅井 HTML5は仕様として確定するために複数の実装を条件としています。そして、まだ複数のブラウザで実装が済んでいるHTML5の機能というのは実は多くありません。Webストレージの一部の機能やオフラインサポートなどは進みつつありますが。
そのなかで、実装されているHTML5の機能としてもっとも使いやすいのはCanvasだと思います。
これまでWebの表現力には制約が多くて、デザイナーも困っていました。その制約を取り払い、2次元のグラフィックスを自由に描けるのがCanvasです。
Canvasを利用すれば、わざわざアニメーションや高度なユーザーインターフェイスを作るためにプラグインを使う必要はもうなくて、Canvasを使って自由にアニメーションのついたユーザーインターフェイスなどが作れます。
例えば、Webのよく知られた開発ツールを画面上にアイコンでグラフィカルに表示し、分類される様子がアニメーション表示されるアプリケーション「Open Web Tools Direcotry」などは、全面Canvasで作られたアプリケ―ションです。
全面Canvasで作られたアプリケ―ション |
それからアップルのKeynoteやマイクロソフトのPowerPointのようなグラフィカルなユーザーインターフェイスを用いたプレゼンテーションソフトの280slide.com。これも全面Canvasを用いて構築されたWebアプリケーションです。
アップルのKeynoteやマイクロソフトのPowerPointのようなグラフィカルなUIを用いたプレゼンテーションソフト |
このアプリケーションでは、他のプレゼンテーションソフトと同様、文字の配置や大きさの指定、加工、グラフィックの貼り付けや拡大縮小、回転などデスクトップアプリケーションと変わらない機能を備えています。
こんなふうに、Canvasを使ったアプリケーションがどんどん出てくるとよいですね。
瀧田 コンテンツが長生きするということを考えたとき、そのコンテンツをベンダのプラグインのようなものを使ってかっこ良いものが作れるとしても、そのプラグインやベンダとともにコンテンツや作品の寿命が終わってしまう可能性があります。
それに対して標準は朽ちることのない技術なので、その実行環境が多くのWebブラウザに実装されれば、そのうえで長く作品が生き続けることができると思います。
なぜ標準を採用しなければならないのか、標準の意義という議論は以前から存在していて、やはりそれは(作品の)ライフタイムというのがすごく大事だと思います。私は以前、ネットスケープにいたのですが、そのときは自分たちの製品が朽ちるということを考えたことはありませんでした。
しかし企業の浮き沈みというのはやはりあって、それとともにいい作品も消えてしまうということはあります。それに対して、オープンソースやオープンスタンダードの持つ意義というのが認識されてきたのではないでしょうか。
浅井 かつてマイクロソフトがWebも支配するという勢いがありましたが、そのころのActiveXはいまではもうあまりサポートされない技術になってきています。どんなコンテンツが長期間使われるか分からないという時代には、標準技術を採用しておいた方がビジネス的にも有利ですし、著作権の期間は何十年もあるというのに技術の浮き沈みに引っ張られてコンテンツがなくなってしまうのは悲しいですよね。
───Firefoxの今後のバージョンでHTML5の残りのどれを実装していくかというのは、標準の進展を見ながら決めていく、ということになるのでしょうか。
浅井 先に実装を私たちが試験的に行ってから仕様に反映させることもありますし、ほかのWebブラウザベンダが実装して仕様になってから私たちが実装することもあります。
いずれにせよ、いくつかの実装が登場して仕様が策定すると、HTML5の仕様に「ここはほぼ確定ですよ」といったフラグのようなものが立つので、それで標準としてのサポートが完了する、ということになります。
例として、HTML 4のときにはWebブラウザごとに描画結果が違うケースがありました。どのWebブラウザもHTML 4という標準に準拠していたのになぜこういうことが起きたかというと、タグの閉じ忘れのときどうするか、といったエラーのときのフォールバック処理の仕様がなかったためです。
HTML5ではそれを反省して、きれいにHTMLが書かれていないときにどうフォールバックするかということまで仕様のなかに含めるようにしました。そして今回モジラはその部分を率先してHTML5パーサーに実装しました。
このようにモジラにとって重要と考えていた互換性の部分、そうした技術に関しては、モジラが率先してやっていきたいと考えています。
───そのほかの実装についてもありますか?
浅井 すでにパソコンにもケータイにもカメラが標準で組み込まれるようになってきましたので、Webブラウザからカメラを操作するインターフェイスといったことも実装しはじめています。あるいはiPhoneのようなデバイスには加速度や傾きのセンサが入っているので、それに対する実装も始まっていたりします。
そういう、利用することによってライフスタイルに影響するような次世代のアプリケーションに結び付きそうな技術は、早めに試験的な実装をして、みんなと一緒に仕様を策定していけたらなと思っています。
───そういったWebブラウザに対するさまざまなアイデアのなかから、どれを優先して実装するかという議論は、モジラの中でどのように行われているのでしょうか?
浅井 モジラは誰かがトップになってすべてを決める、という企業のような形ではなく、オープンソースのスタイルなので、いろんな人が自分の関心を持つところを「これが必要だ」といって実装を始めることはあるんですね。
ユーザーや開発者の声が反映されるWebブラウザになっているのがFirefoxにとって理想的で、作る段階からオープンソースになっている都合上、ここに新しい機能が欲しいよ、という人がどんどんコードを出してくれるんです。
───ただ、次のバージョンではこの機能を入れよう、といったコミットは誰かが決めているんですよね。
浅井 もちろん何でもかんでも入れるというわけにはいかないので、パフォーマンスであるとか今後のメンテナンスの都合であるとか、そういったことを考慮して、本当にユーザーにとって大事なモノは何かというのを、最終的には各コンポーネントリーダーが決めていきます。彼らはモジラのスタッフだけではありません。
各分野というのは、テキストのレンダリングとかグラフィックスのコアだとかJavaScriptエンジンだとか、細かく何百と分かれていて、それぞれにリーダーがいるんです。
瀧田 それが必ずしもモジラのスタッフじゃないところが、実は不思議なところでもあります。オープンソースで開発していてコードが見えているFirefoxのプロジェクトに、自分はここで貢献できて、それが大勢に使われる可能性がある、というのは、開発者にとってそれだけで参加するモチベーションになるのではないかと想像しています。
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HTML5が拓く新しいWeb(2. モジラFirefox編) たぶん、技術革新のなかでHTML5も通過点に過ぎない |
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Page1 モジラFirefoxの標準へのこだわり |
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Page2 組み込みや非PCデバイスに載せていきたい インタビューを終えて |
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