Webユーザビリティ、次ラウンド

小川 誉久
2002/01/24


 ニュースを読む、株価を調べる、仕事関連の情報を収集する、新刊書を調べる、辞典をひく、掲示板でコミュニティに参加する、音楽CDを購入する、書籍を購入する、洋書を個人輸入する、衣服を購入する、オークションで物を売り買いする、仕事を探す、住まいを探す、温泉宿を調べる、高速道路の混雑状況を調べる、などなど。ネット・バブルの崩壊で、インターネットの未来は無条件に明るいというわけではないと分かってしまったとはいえ、その一方では、人々のさまざまなニーズに応えられる「社会の窓」として機能するようになりつつある。しかしWebを利用したBtoCにしろ、@ITのようなコンテンツ・サイトにしろ、漫然とサービスしていても、目新しさで注目してもらえたという幸せな時代は終わった。Webビジネスは生き残りをかけた生存競争に突入している。

 こういう状況では、どんな情報が手に入れられるかとか、何が買えるかというサービスのコア部分だけでなく、どれだけ簡単に、またどれだけ気持ちよく使えるかの勝負になってくる。平たく言えば、使い勝手(=usability)がものをいうようになるということだ。

 しかしPCの性能がどれだけ高くなっても、インターネット技術がどれだけ進歩しても、Webページのインターフェイスは、たかだか1024×768ドット程度の点が集まった平面ディスプレイ上で構成しなければならない。この物理的に大きく制限された表現力の中で、冒頭のようなさまざまな要求に応え、かつ使いやすいものにしようというのだから、考えようによっては大変な仕事だ。当然ながら、提供するサービスによって最適なインターフェイスは異なるだろうし、かといってあまりに奇抜なものでは常識が通用しなくなってしまう。何を共通にして、何を特別にするか? 印象に残るページ・デザインとは? 必要なものを素早く見つけられる配置や、メニュー構成はどのようなものか?

Homepage Usability:50 Websites Deconstructed
タイトルにあるとおり、現実にある50のWebサイトを例にとり、個別具体的に論評を加えている。紹介されているWebページをざっと眺めるだけでも、Webインターフェイスのこれまでのトライ&エラーの結果として、多くのサイトで共通して採用されているインターフェイスのセオリーが確立されていることが分かる。
(Jakob Nielsen/Marie Tahir著、NewRiders発行、39.99ドル、ISBN 0-7357-1102-X
出版社の解説ページ

 ここで先ごろ米国で出版された『Homepage Usability:50 Websites Deconstructed』(Jakob Nielsen/Marie Tahir著、NewRiders発行、39.99ドル、ISBN 0-7357-1102-X 出版社の解説ページ)という書籍をご紹介しよう。この本を執筆したヤコブ・ニールセン(Jakob Nielsen)氏は、IBMワトソン研究センターのユーザー・インターフェイス研究所からSun Microsystems、Apple Computerと転籍しながら、長年にわたりユーザビリティに関する調査と研究を行ってきた人物である。このニールセン氏には前著として『Designing Web Usability』(Jakob Nielsen著、NewRiders発行、45ドル、ISBN 1-5620-5810-X)があり、こちらはベストセラーになった。これは『ウェブ・ユーザビリティ』(エムディエヌコーポレーション 発行、グエル訳、篠原稔和監修、定価:2800円、ISBN4-8443-5562-7)として邦訳書が発行されている(この書籍に関するBookReview)。

 タイトルにもあるとおり、この『Homepage Usability』では、現存する50のWebサイトを例にとり、経験豊富な執筆陣が個別具体的に、ページ構成要素のどこがダメで、どこが優れているかを理由を交えながら論評している。この種のページ・デザインに関する解説本では、例えば商品カタログのように、グラフィックス表現を優先するページを対象とするものが多いのだが、本書で論評の対象になっているのはそのようなページではなく、CNETやeBay、Microsoft、Yahoo!などの情報優先型のページである。従ってこのWindows Insiderのサイト運営を受け持つ筆者はまさに読者対象であるし、企業のイントラネット情報ページを設計している管理者の方などにも大いに参考になるものと思う(この種のページ・デザインは、現場の技術者が片手間にやっていることが少なくないと聞く)。

 効果的なWebページ・デザインについて頭を悩ませたことがある読者なら、本書の論評を丹念に読むことで、現代版のWebページ構成テクニックを身につけることができるだろう。しかしその前に、紹介されている50のWebページをざっと見渡してみると気が付くことがある。目的も利用者対象もさまざまなWebページでありながら、ある種共通した組版ルール(ページ構成ルール)が確立されつつあるということだ。いいも悪いも含めて、数年前にはもう少しバリエーションがあった。

 このルールは一般に「スリーパネル・レイアウト(three-panel layout)」と呼ばれているもので、このレイアウトをベースとして、おのおのに改良を加えたものが多いと感じる。スリーパネル・レイアウトでは、ページを3つの領域に分割して、それぞれに異なるページ構成要素を配置する。具体的には、1つを広告バナーやサイトのロゴ、サイト全体で共通するメニューなどを配置する領域に、もう1つをサイト内の別ページにジャンプするなどのナビゲーション機能として使う領域に、そして残る領域に本来のページ・コンテンツを掲載するという構成法である。実際には、いまお読みになっているこのページもスリーパネル・レイアウトになっている。

スリーパネル・レイアウトの例
スリーパネル・レイアウトでは、このようにページを3つの領域に分割し、それぞれ異なるページ構成要素を配置する。広告の露出度やナビゲーションの使い勝手、コンテンツの読みやすさという、ある部分で相対する要求をページ内でバランスした結果がこれということだろう。
  広告バナーやタイトル・ビットマップ、サイト全体で統一的に利用されるメニューやタブなどが配置される領域。
  検索用の入力フィールドや関連記事へのリンクなど、ナビゲーション機能を配置する領域。
  コンテンツ本体を配置する領域。

 グーテンベルグが印刷機を発明した15世紀以来という長い長い歴史を持つ紙の印刷物に比べれば、Webなどまだ生まれたてで目も開かない赤ん坊のようなものだろう。しかしその新しいメディアも、トライ&エラーの結果としてセオリーができつつあるというのは頼もしい。Windows XPの次バージョンとして開発が進められ、2003年の出荷がささやかれているLonghorn(ロングホーン、開発コード名)や、さらにその次のBlackcomb(ブラッコム、開発コード名)では、Windowsのユーザー・インターフェイスが現在のものから抜本的に変更される予定だと噂されている。インターネットとOSのさらなる融合が実施されるこれらの新しいWindowsでは、こうして確立されたWebのセオリーが少なからず生かされることになるだろう。

 しかしこれだけではない。ブロードバンド接続の普及により、アニメーションや動画の活用や、インタラクティブなユーザー・インターフェイスの応用などもさらに活発になるだろう。今後は、既存のWebコンテンツと、次世代のWebインフラとして期待されるXML Webサービスとの融合も進んで、よりダイナミックなコンテンツが出現してくるはずである。Webはまだまだ道半ばだ。End of Article


小川 誉久(おがわ よしひさ)
株式会社デジタルアドバンテージ 代表取締役社長。東京農工大学 工学部 材料システム工学科卒。'86年 カシオ計算機株式会社 入社、オフコン向けのBASICインタープリタの開発、Cコンパイラのメンテナンスなどを行う。'89年 株式会社アスキー 出版局 第一書籍編集部入社、書籍編集者を経て、月刊スーパーアスキーの創刊に参画。'94年月刊スーパーアスキー デスク、'95年 同副編集長、'97年 同編集長に就任。'98年 月刊スーパーアスキーの休刊を機に株式会社アスキーを退職、デジタルアドバンテージを設立した。現Windows Insider編集長。

「Opinion」



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