前編〜標準技術と特許の難しい関係
W3Cが特許に揺れている。W3Cからの新しい提案では、標準技術の利用者に対して特許使用料が請求可能になるからだ。この衝撃的な提案の発表に、議論の嵐と混乱が発生している。その背景と経過、真意を探る。前編では、W3Cの提案がどういうものかを解説する。
加山恵美2001/11/20
■突然発表された特許方針に混乱
特許に関する新しいポリシーのドラフト、「W3C
Patent Policy Framework」。 作成者の欄には、W3Cのほかにマイクロソフト、ヒューレット・パッカード、アップル・コンピュータの名前が並んでいる。しかし、後に何社かはこのポリシーに反対することになる |
そもそもの発端はW3Cが今年8月16日付で発表したワーキングドラフト「W3C Patent Policy Framework」である。このドラフトではW3Cが策定した標準技術を利用する企業や個人に対して、特許の保有者がその権利を主張することを許す内容が含まれていることで、大きな議論が巻き起こった。
多くの開発者や一般ユーザーにとっては、W3Cから「特許」という言葉が出ること自体が予想外のことだったようだ。また、このドラフトの存在に気付かず、ラストコールの直前に行われた報道などでこのことを知った人が大勢いたため、駆け込みでW3Cにコメントが殺到、大混乱となった。
多くのユーザーにとって、この特許に関する提案がなぜそんなに衝撃的であったのだろうか。それはインターネットが、その初期から学術機関を中心に草の根的に助け合い、発展してきたからだ。その技術発展の中心的な役割を担っていたのがW3Cである。
多くのユーザーにとってインターネットで用いられる技術は、オープンかつフリーで、共有財産であると認識されてきており、そこがインターネットの素晴らしさの1つでもあった。そして、いままでは多くの人が、W3Cでは特許にかかわる技術は標準技術として用いない、または、W3Cの標準技術に対して他社が特許を主張することはない、と信じていた。
ところが今回のドラフトで突然、標準技術に企業や個人が保有する特許が含まれた場合、その保有者は妥当な手続きと審査のうえで、その特許権を主張することが可能になるかもしれないのだ。その場合、標準技術に対応した製品を開発する企業や、その製品を利用する利用者は、特許権を持つ企業や個人に特許使用料を支払う必要が生じる可能性があることを意味する。動揺と混乱が発生するのも無理はない。
■「サブマリン特許」を防ぐため
ただし、このドラフトによってW3Cは、いままでの標準技術に対してまで、特許の権利を何者かに付与するものではないし、また今後発生するすべての標準技術が特許に関連付けられるわけでもない。今後発生する標準技術で「サブマリン特許」が発生しないように、仕様作成の段階から、特許に関する方針を明確に表明する工程を追加しようというのが目的であるとされている。
サブマリン特許とは、以前の米国の特許制度固有の問題である。長年の審査後に成立された特許が突然効力を発揮することにより、特許と知らずにその技術を利用していた人たちに対して、突如浮上する潜水艦のごとく、特許のライセンス料(ロイヤルティ)が発生する、というものだ。現在は、米国の特許法が改善され、こうした問題は基本的にはなくなった。
サブマリン特許そのものではないが、似たような例として、画像形式「GIF」についての特許問題がインターネット関連では有名だ。GIF形式の画像はJPEG形式とともにWebブラウザの標準の画像形式としてサポートされ、広く用いられている。しかし、このGIFファイルで用いられる圧縮アルゴリズム「LZW」で特許を持つユニシスが、インターネットでGIFが普及した後に、それまで一部を除いて無料だったライセンス料を、一般ユーザーも含めて広く徴収するように方針を変更し、大きな問題となったことがあった(ユニシスの「GIFその他のLZWをベースとするテクノロジーに関するライセンス情報」のページ。日本語、英語)。
このような、特許に関する混乱が後から発生することを防ぐために、標準技術の策定段階で特許に関する議論をあらかじめ組み込んでおこうというのが、今回のW3C提案の大きな趣旨である。
■問題となった特許方針のドラフト
今回の特許方針に関するドラフトの内容をもう少し見ていこう。ドラフトの作者にはW3Cに加えてマイクロソフト、ヒューレット・パッカード、フィリップス、アップル・コンピュータなどの大手IT企業が連なっている。そして、仕様策定の手続きを定めたWorld Wide Web Consortium Process Documentと、W3Cメンバーの義務を定めたFull Member Agreementに、特許に関する工程の追加変更を加えることが提案されている。変更内容の要旨は以下の3点である。
- 憲章で特許ライセンスの要件を明確にする
作業部会は、技術要件に加えて、勧告を実装するときに必要となる特許をライセンスするモードとして、RAND(妥当かつ非差別的。ライセンス料を請求可能)またはRF(ロイヤルティ・フリー)のどちらを選ぶか表明する(RANDとRFの詳細については後述する)。
- 情報開示の義務
すべてのW3Cメンバーは、勧告の実装で不可欠な特許を公開する義務を負う。作業部会の技術提案メンバーは、提案時に関連技術の情報とライセンス条件を開示する義務を負う。さらに、すべてのW3Cメンバーは、勧告の実装に不可欠とされる、既存の公開された特許アプリケーションについても情報開示する義務を負う。
- RANDライセンス条項への委任
すべてのW3Cメンバーは、W3C勧告の実装で必要となる特許権を、RAND条項に従って実装者にライセンス供与する(使用料は、協議の結果認められれば条件に追加される)。RAND条項に基づいたライセンス供与を行わないなら、最終ドラフトの公開から60日以内に除外告知すること。さらに、作業部会で正式な提案を行ったメンバーは提案時に除外告知をしない限り、必要な特許権を作業部会の憲章のライセンスモードに従って実装者に対してライセンス供与することに同意するものとする。
RANDとRFの定義
ということだ。一言で言うとRANDは、「だれにでも分けへだてなくライセンスしなさい。ただし、ライセンス料を徴収してもよい」というものだ。 ●RF(Royalty-Free)
つまり、「だれにでも無料で利用を許可しなさい」ということになる。 |
今回W3Cより提案されている特許手続きを含めたプロセスのフローチャート |
この要旨の主張を大ざっぱに表現すると、W3Cは特許を保有しているW3Cメンバーに対して、(1)特許を主張するのか、フリーで提供しようとしているのか意思表明してください、(2)特許に関して情報を公開するのを義務とします、(3)特許権を主張するにしても、(これから提案する)RAND条項に従ってください、ということを提案している。
誤解してはいけないのが、今回の提案が、特許取得を目的とするわけでも、推奨するわけでもないことだ。特許を主張する予定があったり、関連する特許が存在するなら、技術が確定した後から特許権でもめることのないように、最初から情報を開示して、技術作成と同時に特許も一緒に検討・確認するように作業工程に入れましょうということである。その方法について詳細にわたって提案しているのである。
今回の提案からすると確かに、W3Cの標準技術を基に、特許保有者が実装者に対してライセンス料を徴収することが認められており、ここだけがクローズアップされている。ただし、その場合でもRANDの言葉が示すとおり「妥当かつ非差別的であること」が前提条件となる。
ここまでで、W3Cから提案された、標準技術作成の工程に特許に関連する内容を追加しよう、という内容のドラフトを見てきた。後編は、このドラフトの詳細を追いつつ、発表後どのような反応がW3Cメンバーからあったのか、そしてそれに対するW3Cの反応と今後について見ていく。
■編集注:サブマリン特許についての説明に一部誤りが含まれていたため、その部分の内容を改めました。(2001/11/26)
後編〜ロイヤリティ・フリーを求めて高まる声 |
Index | |
特許問題に揺れるW3C | |
前編〜標準技術と特許の難しい関係 | |
後編〜ロイヤリティ・フリーを求めて高まる声 |
- QAフレームワーク:仕様ガイドラインが勧告に昇格 (2005/10/21)
データベースの急速なXML対応に後押しされてか、9月に入って「XQuery」や「XPath」に関係したドラフトが一気に11本も更新された - XML勧告を記述するXMLspecとは何か (2005/10/12)
「XML 1.0勧告」はXMLspec DTDで記述され、XSLTによって生成されている。これはXMLが本当に役立っている具体的な証である - 文字符号化方式にまつわるジレンマ (2005/9/13)
文字符号化方式(UTF-8、シフトJISなど)を自動検出するには、ニワトリと卵の関係にあるジレンマを解消する仕組みが必要となる - XMLキー管理仕様(XKMS 2.0)が勧告に昇格 (2005/8/16)
セキュリティ関連のXML仕様に進展あり。また、日本発の新しいXMLソフトウェアアーキテクチャ「xfy technology」の詳細も紹介する
|
|