後編〜ロイヤリティ・フリーを求めて高まる声
W3Cが特許に揺れている。W3Cの標準技術を策定する工程に、W3C参加メンバーが特許権を行使するための手続きを組み込む、という衝撃的な提案の発表に、議論の嵐と混乱が発生している。その背景と経過、真意を探る。後編では、W3Cからの提案に対する周囲の反応、そしてそれによって動かされたW3Cの新しい方針と、今後の動きを見る。
加山恵美
2001/11/27
前編「標準技術と特許の難しい関係」では、W3Cが提案した、標準技術作成の工程に特許に関連する内容を追加しよう、という内容のドラフトがどのようなものかを解説した。今回はその提案後にW3Cで行われた議論の行方を見ていく。
W3Cに対して寄せられたコメントへの回答「Response to Public Comments on the W3C Patent Policy Framework」 |
■特許方針に関するコメントに対する回答
W3Cが発表した特許方針のドラフトに関して、多くの議論と大量のコメントが寄せられた。それらに対するW3Cからの回答として発表されたのが、10月2日付の「Response to Public Comments on the W3C Patent Policy Framework」だ。要旨は以下のとおりである。
(1)提案されている方針の目的は?
W3Cは、多くの技術がRF(ロイヤルティ・フリー)で提供されてきたことがWebの発展に重要な役割を果たしてきたことを認識したうえで、ソフトウェアに関する特許も無視できないと理解している。これらの利害関係の均衡を取り、同意を得るために努力している。
今回の提案によって明確にしたいのは、突然現れる「サブマリン特許」(サブマリン特許については、前回参照)に利用者が驚かされることのないようにすることだ。また、将来の標準作成作業において、不安や不確定な疑いが発生して作業が妨げられることのないように、情報を開示することによって適正な判断ができるようにする。
(2)W3Cのライセンス方針が変更されるのか?
今回の件で多くの人が、W3Cはライセンス方針を変更してしまうのだと危ぐしている。しかし、実際にはいままでW3Cは勧告の実装に関するライセンスを明言したことがない。そのため、今回は「方針変更」というよりも「新たな方針提案」になる。
すでに多くの人が、W3Cはすべての勧告がRFであると想定しているが、実はそうではない。W3C自身がP3Pの仕様のドラフトを実装するに当たって、P3Pのワーキンググループメンバーから特許侵害について提訴される可能性に直面し、開発が一時中断に追い込まれたこともあったのだ。これをきっかけにW3Cは特許にかかわる同様の混乱が発生する可能性を無視するのは無責任であると感じるようになった。
提案中の方針によって、ワーキンググループが開発中の仕様についてあらかじめ情報開示をする手続きを含めることになる。これで技術の実装が何かの特許に抵触するといった主張を完全になくすことはできないが、リスクを回避する可能性は高められると考える。
(3)W3C勧告はロイヤリティ・フリーであるという時代は終えんを迎えたのか?
それは違う。作業部会では勧告にはRANDとRFの2通りのライセンスモードを定義している。また、「Webの基盤技術にて相互運用性とグローバルなコンセンサスを保持することは不可欠である。そのため、基盤技術に関する勧告がRFで実装可能とすることはとりわけ重要である」と言明している。この方針ではライセンスに関する前提を明確で強制力を持つものにすることで、現状のW3Cプロセスを改善しようとしている。
(4)RAND(妥当かつ非差別的)ライセンスはW3Cのような組織で一般的なのか?
そのとおり。RANDは標準化組織で採用されている。例えばIETFのインターネット標準化プロセスとして、RFC2026で定められている。ANSI特許方針ガイドライン「Guidelines
for Implementation of the ANSI Patent Policy」もRANDを採用している。
(5)なぜこの提案をもっと大々的に発表しなかったのか?
この提案は、8月16日には発表され、各種のニュース配信サービスでも報じられている。加えて、関連文書も公表しているのでそれらも参照してもらいたい。今後も広くコメントを受け入れていく(関連文書:Backgrounder
for W3C Patent Policy Framework、Patent
Policy FAQs)。
(6)W3Cはソフトウェア特許を支持するのか?
W3Cはソフトウェア特許に関しては特別な姿勢は表明しない。このドラフトは、特許が存在して標準規格の制約として使われる可能性があるという状況において、W3Cが自らの使命を達成するために取るべき最良の方策を探るための試みなのだ。
■現時点までの経過と今後の予定
2001年8月16日付でドラフトが発行されてから、現時点までの経過を以下にまとめてみた。ラストコールは当初の予定よりも延長され、さらに活発に議論が重ねられている。現在の予定では、年末または年明けには勧告候補をスキップして勧告案を発表し、来年2月には勧告化する予定となっており、非常にスケジュールを急いでいる。
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■今後の方針と、アップル/HPの方針転換
ワーキンググループのホームページ「Patent Policy Working Group public home page」 |
10月には、ワーキンググループのメーリングリストに議長であるD.J.Weitzner氏から今後の方針「Next steps in W3C Patent Policy process」が投稿された。その内容の概要は以下のとおりだ。
- オープンソースのエキスパートとして、Eben Moglen氏とBruce Perens氏が、ワーキンググループに参加
- 再度、最終ドラフトを公開し、コメントを募集
- ワーキンググループのホームページ「Patent Policy Working Group public home page」を開設
- 今後の会議やカンファレンス概要の公開
- メーリングリストの維持と、重要な情報の発表
- ドラフトは今後3カ月に1度はアップデートする
- コメントの要約と回答の準備
そこでさらに大きな事態が発生する。当初のラストコールの締め切りと、前述した議長から今後の方針が発表されたのに前後して、ワーキンググループのメンバーでもあるアップル・コンピュータとヒューレット・パッカードは、「再度慎重に考慮した結果」方針を転換、今回のドラフトに対して反対する立場を取る旨の発表を行った。ともにW3Cの技術はRFを原則とするようにと提案、意思表明している。
●アップルの発表「Apple Computer's Statment
on the Draft W3C Patent Policy」
●メーリングリストに投稿されたヒューレット・パッカードの提案「Re:
HP's Proposal for W3C Standards」
同じく10月には関係者が一堂に集い、この問題を議論する会議が開催された。参加したのはW3Cとドラフトを策定した企業、さらにIBMやサン・マイクロシステムズなど。議事録に示された要旨の抜粋は以下のとおりだ。
議事録の要旨 RANDとRFの混合でいくか、従来どおり完全にRFでいくのか、一般からのコメントも含めて双方の意見を協議した。しかしワーキンググループは満場一致でいずれかを選ぶことはできなかった。また、RFのみの道も模索した。W3Cの勧告でRFのみ採用する場合に発生する問題点について議論した。義務、除外告知、情報開示に関して想定される問題点や訴訟、必要な事項について検討した。 ワーキンググループは今後検討をするに当たって各種ツールを活用し、受け取ったコメントも今後の特許方針策定に役立てられるだろう。最終的な方針は基本的な選択肢を用意したうえでのみ展開できるようにする。翌週から11月にかけての顧問委員会との会合で、一連の質疑応答を通して基本的な選択肢の手引きを見出していく。 |
■特許問題はすでに発生している問題だ
インターネットが発展してきた背景を考えると、多くのユーザーが標準技術に特許を適用することに反発し、完全なRFを求めようとするのは自然な展開だ。
ワーキンググループのメーリングリストでは、ある企業の所属を名乗る人物が「特許とは知的所有権に不可欠な要素であり、資本主義経済の最大の基盤である」と主張したこともあったようだ。それはある意味間違ってはいないのだが、インターネットの世界に資本主義社会の企業論理を突然持ち込むことで、ほかのメンバーからより反発を招いてしまったらしい。
しかし、実はこれまでにもW3C内で特許に関する議論や問題点は存在していた。例えば、先に述べたP3Pの事例に加えて、SVGに関しても特許絡みの問題が潜んでいた。SVG1.0特許文書「SVG 1.0 Patent Statements」によると、SVG1.0に関連する特許について、作業部会の多くの企業がそれをRFとしているが、コダック、アップル・コンピュータ、IBM、クォークら各社は、ライセンス料の徴収は主張しないものの、RANDライセンスを申告していたのだ。そのために、作業部会ではSVG1.0の実装において、それぞれの企業の特許に抵触しないように協調して仕様を固めた経緯がある。
こうした問題が発生するまでは、W3Cにとって特許に関連する話題は目立つ話題ではなかった。しかし、いまやそれらを解決することが急務となり、今回の提案に至ったようだ。そして、多くのユーザーにとっては今回の提案で初めて特許に関連する問題について耳にしたため、多くの混乱と不安を煽り立てることになってしまったのだろう。
すでにあらゆる企業がインターネット関連技術に参入するようになり、さまざまな特許が多くの場面で存在しているのは事実だ。RFが当然と思われていたW3Cの技術でも特許とは無関係ではなくなってきている。特許に抵触しないように細心の注意を心がけていても、現状の標準技術を策定する手順では、トラブルを未然に防ぐことが困難になってきた。そのため、特許に関する問題も技術と同時に検討していこうということなったのである。
特許に関する先入観はさておき、今回の資料によく目を通してみると、そんなに悲観するほどの提案ではないことが分かる。W3Cは技術に対する特許取得を推奨するのではなく、特許に関する問題を回避するために、事前の情報開示を義務付けようとしている。技術をRANDとするのかRFとするのかあらかじめ選択することを提案したのだ。
W3Cは、基本的な技術がRFで実装できることが重要だと明言しつつも、RANDライセンスの存在を認めようとしている。ただし本当に特許保有者は、標準技術に対して特許を主張していいものか、それ以外に関連する特許はないのか、ライセンス料を徴収するに値するのか、といった問題は、標準技術の策定段階で同時に討議して解決しなければならない。と同時に、ある企業が特許として保有している技術がW3Cによって標準技術に選ばれた場合(もしくは標準技術を実装するのに不可欠な場合)、企業は開発に費やした投資の回収をどうすべきなのか、という問題も抱えている。標準技術と特許の間には、簡単に解決できない難しい問題点があることは事実だ。
■真の意味でRAND(妥当かつ非差別的)となるように
筆者の個人的な感想としても、「特許」という言葉には驚かされた。何よりも、標準技術に特許を主張することで、政治的な力がかかったり制約が加わって、オープンな標準でなくなってしまうことはあるべきではないと感じた。オープンかつフェアであるためにはRF/RANDのいずれを選ぶにしても、RANDの言葉のとおり「妥当かつ差別のない」ことを厳守しなくてはならない。今後は、特許適用そのものの是非も含めて、広く一般に目的と背景を周知するようにして、議論を重ねて妥協点を見いだしていくことが重要だ。
8月のドラフト発表で多くの人が「特許」という言葉に驚き、W3Cが営利目的に傾いたと感じたようだが、本文をよく見るとそうとも限らない(もちろん、営利目的のための動きや圧力がまるでないとは言えないが)と考える。W3Cは特許に関する問題も含めて十分に討議したうえで技術文書を発行することを自らの責任であると感じており、営利目的の動きがあるなら事前に公表して、トラブルを最小限に抑えるようにしようとしているのだ。
この問題は、いずれ最終的な結論に近づき、合理的な工程が固まるまで、今後も多くの議論が展開されるだろう。アップルやヒューレット・パッカードが突然ドラフトに反対したことなどを考えると、まだまだ提案の方向性に変化が出る可能性は大いにある。しかし、もしもW3Cから提供される技術はすべてRFで提供すると決定したとしても、すでに取得済みの企業特許とW3Cの技術が無関係でいられる可能性は低くなってくる傾向にある。標準技術と特許の関係は、今後とも多くの課題を抱えることになりそうだ。
Index | |
特許問題に揺れるW3C | |
前編〜標準技術と特許の難しい関係 | |
後編〜ロイヤリティ・フリーを求めて高まる声 |
- QAフレームワーク:仕様ガイドラインが勧告に昇格 (2005/10/21)
データベースの急速なXML対応に後押しされてか、9月に入って「XQuery」や「XPath」に関係したドラフトが一気に11本も更新された - XML勧告を記述するXMLspecとは何か (2005/10/12)
「XML 1.0勧告」はXMLspec DTDで記述され、XSLTによって生成されている。これはXMLが本当に役立っている具体的な証である - 文字符号化方式にまつわるジレンマ (2005/9/13)
文字符号化方式(UTF-8、シフトJISなど)を自動検出するには、ニワトリと卵の関係にあるジレンマを解消する仕組みが必要となる - XMLキー管理仕様(XKMS 2.0)が勧告に昇格 (2005/8/16)
セキュリティ関連のXML仕様に進展あり。また、日本発の新しいXMLソフトウェアアーキテクチャ「xfy technology」の詳細も紹介する
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