Analysis

もう1つのガラパゴス「受託開発」

2008/03/18

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 ソフトウェア開発の現場では、ハードウェア寄りの組み込み開発から、エンタープライズ開発、パッケージ、そしてWebサービスとそれぞれ固有の文化を感じることが多い。特にハードウェアに近い組み込み系の開発者と接していると「マルチメディア」や「ソフトウェア部品」「オブジェクト指向」などを、新しい物のごとく話している人に出くわして、度肝を抜かれることがある。

 その一方で、組み込み系開発は、日本のほかの開発分野にはない特質がある。ソフトウェア開発の効率化追求に対するユーザー企業からの投資比率が高いのである。大抵の組み込み開発が自社製品の開発を目的としていて、生産性に対する改善意欲が高いこともあるが、後工程でのハードウェアおよびファームの修正コストが、膨大に膨れ上がることが多いという特殊要因の影響が大きい。このためコードサイズに比べた検証ツールの利用率が高く、特にMDA(Model Driven Architecture)やExecutable UMLの実開発での採用に関しては、ほかのソフトウェア分野より先行している。古いのか新しいのか? ある意味不思議な開発現場なのだが、この特殊性のために、ソフトウェア開発の今後の変革の担い手となる可能性が高い。

日本特殊論に依存した鎖国は長くは続かない

 さて昨年来、携帯市場の頭打ちに伴い、国内携帯メーカーの事業見直しへの機運が明確になってきた。

 国内携帯市場はその利用形態と高機能化において海外をリードしている反面、国際的なシェアが低いメーカーが狭い国内市場で利幅の薄い多品種を短期に開発し続けてきた。

 日本市場は通信事業者との緊密な開発連携と特殊な仕様が求められる。そのため海外勢は有効な形で日本市場に参入できていない。一方で、国内勢も国内での開発結果を巨大な海外市場で生かすことができない。日本が携帯市場のガラパゴス諸島と言われるゆえんである。

 しかし、過去を振り返れば、日本特殊論に依存した鎖国市場は長くは続かない。そして国内の特殊性に依存した産業構造を温存してしまえば、海外で携帯端末が高度化したときに太刀打ちできないのは明白だ。

 実際問題、すでに携帯の国内端末においても付加価値の高いチップセットやOSは海外勢の支配力が強い。さらにiPhoneの登場は、日本メーカーが得意とした、高機能端末の小型化においても海外勢が十分な実力を持っていることを印象づけたのであった。

 さらに国内のガラパゴス化に問題意識を持っていた総務省も、ようやく国内携帯事業者に対して端末の価格政策の見直しを指示した(参考記事:端末価格を明確に――総務省がケータイ5社に要請)。結果、高価格な端末は売りにくくなり、買い換えサイクルもこれまでと比較して長期化していくと見られる。国内市場に対する海外勢の参入も予想される。これが国内端末事業者の事業見直しを促すこととなったのである。

携帯の組み込み開発はオフショアへ

 さて携帯各社の事業分野の見直しに始まって、LiMo、LiPSなどLinux系開発プラットフォームの共通化が本格化しそうだ。Androidに至ってはアプリケーションは基本的にJava VM上で動作する。上位アプリは可搬化に向かって着々と進行中だ。これは何を意味するのか。携帯各社は、共通基盤領域では競争をやめ、ソフトウェア資産の再利用性を高めて開発コストを大幅に低減させたいと明確に考えているのである。

 残された機種固有の組み込み部分は冒頭のように元々上流ツールの利用率が高い。仮想プロトタイピングやモデルベース開発を採ることで、仕様の段階で上流ツールによる検証ができる。そのため実装で満たすべき仕様や制約を明確にしておくことが可能なのである。ツールで検証可能な程度に仕様が明確に定義できるのであれば、その機能の実装は分離開発、つまり、人件費の安い国外での開発に適合する。今後、携帯関連の組み込み開発では、機器メーカーによるオフショア開発活用の比重が確実に高まっていくだろう。

 こうしてみるとコストダウン圧力を契機として、最上位のサービス開発は携帯サイトでのスクリプト開発へ、ミドルレイヤは、モジュールの共有化へ、そして、下位の組み込みレイヤは、モデルベース開発を利用したオフショア開発へ、それぞれ移っていくことが予想される。コストにドライブされた携帯関連の開発状況は、グローバルなソフトウェア開発の写し絵のような状況に変化していくと考えられるのだ。

最後のガラパゴスもグローバル化か

 実際のところ、ガラパゴス状態からグローバル化への変化は、日本のような中規模で比較的閉じた市場ではしばしば見られる現象だ。パソコンの国産ソフトウェアはグローバル化に失敗し、ゲーム産業は成功事例と考えられる。

 ソフトウェアビジネスに関して言えば、顧客との強い密着度を基礎に、顧客の独自の要望に応える請負や受託開発は、いわば国内IT市場に残されたもう1つのガラパゴス領域ともいえる。しかし、その請負、受託開発でも組み込み開発で見られるようなモデル化の進展や、ツールを利用した上流仕様の明確化と検証により、分離や遠隔地での開発に対するハードルは下がってきているのだ。

 おそらく携帯向けの組み込み市場から始まるオフショア化は、ノウハウの成熟に従って他の組み込み領域、そしてその後は業務アプリ分野にも進展していくものと考えられる。

 グローバル化を不可避と考えてこの流れを生かすのか、それとも淘汰されるのか。今後10年は、業界の再編を含めてソフトウェア業界にとっては変動の大きい時期になるのではないだろうか。

(日本ソフトウェア投資 代表取締役社長 酒井裕司)

[著者略歴]

「大学在学中よりCADアプリケーションを作成し、ロータス株式会社にて1−2− 3/Windows、ノーツなどの国際開発マネージメントを担当。その後、ベンチャー投資分野に転身し、JAFCO、イグナイトジャパンジェネラルパートナーとして国内、米国での投資活動に従事。現在は日本ソフトウェア投資代表取締役社長



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