できないことは全部やる。できる依頼は断る――竹迫良範氏インタビュー【後編】:OSSコミュニティの“中の人”(4)(2/2 ページ)
「OSSコミュニティに参加したいけれど、どうしたらいいか分からない」「中が見えにくいので不安」……OSSコミュニティの“中の人”へインタビューし、OSSコミュニティをもっと身近に感じてほしい。
世の中の仕組みは、自分たちの力で変えられる
深見 以前、The Linux Foundationのジャパンディレクタの福安さんにインタビューした時、「問題に気付く、問題の設定ができることが一番大事」という言葉が印象的でした。でも逆に言えば、問題を見つけ出せる、もしくは問題を解決して技術的に落とし込むスキルは、なかなか身に付けるのが難しいと思うのですが、竹迫さんは普段からどのようなことを意識していますか。
竹迫 「世の中の仕組みは、人間の力で変えられる」ということをまず実感することではないでしょうか。
エンジニアは、プログラミングやWebサービスで、実際に新しい事業を作ることができます。自分の力で、世の中を変えられることをエンジニアはすでに知っているわけです。なので、世の中にあるさまざま問題をそのまま受け入れるのではなく、「もっと良くなる」ことを信じられる、そして実際に実現させられる。これは、エンジニアの特権です。
深見 何かを利用する時、そうした意識を持ちながらだと、見え方がまったく変わってくると思います。そして、実際に手を動かすと「もっとこうすれば良くなる」というものが見えてくる。それがコミュニティ参加への切符だと、福安さんはおっしゃっていました。
できない依頼は断らない。できる依頼は断る。
深見 コミュニティに参加すると、人間関係はどんどん広がっていきます。竹迫さんがさまざまなコミュニティに関わっている時、いつも意識していることはありますか。
竹迫 基本的に私は、自分ができないこと、これまでやったことがないことを頼まれた時、積極的に引き受ける方向で考えます。できないことにあえて挑戦することで、自分の可能性が広がるし、新しい人間関係もできるからです。
深見 自分ではできないことを引き受ける場合、「できないことを頑張ってつぶれてしまう」というパターンもあると思うのですが、竹迫さんがおっしゃっているのは、「引き受ける=全部自分で背負いこむ」という話ではないですよね?
竹迫 もちろん、他の人に手伝ってもらうなど、いろいろな選択肢があると思います。時間が経ったらやる――とか。あと、自分がすでにできるような依頼は断ることがあるかもしれませんね。
深見 あ、逆に?
竹迫 それでは自分の幅を広げるための投資になりませんから。
セキュリティと若手教育が熱い
深見 ここまでさまざまな技術の話が出てきましたが、今、竹迫さんにとって最もアツい分野は何ですか?
竹迫 今はセキュリティですね。セキュリティについては各地にコミュニティがあります。私は広島出身なので、「セキュリティもみじ」という勉強会に2005年の設立当初からずっと参加しています。
深見 若手教育に関わり続けるモチベーションはなんでしょうか。
竹迫 最初にセキュリティキャンプの講師になった時、日本の将来はまだ大丈夫、と感じられたことがまずあります。こんなにすごい若い人がいるならばこれからの日本はまだ大丈夫だと。
だったら、そういう若手が本当に活躍できる場所を、提供してあげなければいけない。世界のどこでも活躍できるよう、将来の道筋を示してあげる、これはITの世界に引き込んだ大人の責任だと思うんです。
深見 若手に限らないと思いますが、こんなエンジニアは育ててあげたい、世界に連れていきたいと思うポイントってありますか?
竹迫 プログラミングが好きでずっと続けているかどうかが一番ですね。義務感でソフトウェアを作っている人だと、モチベーションがすぐ尽きてしまう。好きでやっている人は、ずっと続けられるから大丈夫だと思います。
◆コミュニティはギブ・アンド・テイクが基本
深見 本記事は、コミュニティの中の人の声を聞いて、コミュニティに参加してみたい人の後押しをするという目的があります。コミュニティに入る最初の一歩について、アドバイスをいただけますでしょうか。
竹迫 コミュニティはギブ・アンド・テイクが基本なので、何でもいいので「自分の提供できる価値」を持っていくことが大事だと思います。
深見 自分が提供できる価値なんてないよ、という声が挙がってきそうですが。
竹迫 自分が価値がないと思っているものでも、実は他のコミュニティにとっては価値があるものだったりします。意外なところで、意外な技術や知識が必要とされていますよ。
◆ハッカーウェイというフィロソフィー
深見 なるほど、今の言葉で納得しました。竹迫さんはさまざまなコミュニティに参加していますが、どのコミュニティでも一貫しているものがあったと感じています。それが、「いかにして、自分とコミュニティをどう高めていくか」――ギブ・アンド・テイクの精神なのですね。
竹迫 私自身、ハッカーのコミュニティと関われることは、非常にモチベーションになるし、うれしいですね。
深見 例えば、どんなところがうれしいのでしょうか。
竹迫 自分の力で世界を変えられるところ、自分はこんなことをしているという実績ベースで話ができるという部分ですね。FacebookのIPOにもあったように、「完ぺきさを求めるのではなく、まず作れ」というのが楽しいです。
◆“by name”で勝負できるエンジニア
深見 世界で活躍するエンジニアになりたいというのは、先ほどおっしゃっていた、「新しいことに挑戦する」マインドからですか?
竹迫 自分自身の課題ということももちろんありますが、日本のIT業界全体の課題でもあると感じています。
深見 というと?
竹迫 最近の度重なるサイバー攻撃の報道で、日本は海外では「セキュリティが全然できていない駄目な国」と見られているんですね。日本には、セキュリティ対策ができるハッカーがいるということが、日本の外には全然、伝わっていない。
深見 海外への情報発信が足りないということですね。
竹迫 海外で名前が通っている日本人ITエンジニアとしてぱっと名前が出てくるのは、Matz(まつもとゆきひろ)さんと、Joi(伊藤穣一)さんぐらいなんです。それは個人的に課題だと思っていて、“by name”で世界に向けてメッセージを発信できる日本人が必要だと思っています。
深見 自分がそうありたい、それともそういう人を育てたい?
竹迫 どちらかといえば育てたい。でも、自分自身がそうありたいという夢もあります。
深見 ギブ・アンド・テイクの話にも通じると思いますが、竹迫さんは「教える」「教えられる」のバランスがとても良いですよね。
竹迫 自分よりできる人は世の中にたくさんいるので、それぞれが専門を生かせればいいと思うからじゃないでしょうか。
◆非英語圏のエンジニアに伝えていくというチャレンジ
深見 今、自分で集中的にやっていきたいこと、チャレンジしたいことはありますか?
竹迫 今、会社でセキュリティトレーニングをやっているのですが、これからは外国籍エンジニアのトレーニングをやってみたいと思っています。
深見 これからやるのでしょうか?
竹迫 そうです。上海とベトナムにいるサイボウズ現地法人のエンジニアに、セキュリティについて教える仕事があります。特に、プログラム開発の前段階でセキュリティを意識して作らないと、いろいろな攻撃を受けてしまうことになるので、底上げをしたい。
みんな、英語圏ではない人たちばかりで、英語が通じないんですよ。だから、彼らにどうやって伝えるかを、今考えています。
深見 かなりハードルが高そうですが、どうやって教えるのですか。
竹迫 インフォグラフィックなどは、これから教育において必要な技術の1つになると思います。言葉で説明するのではなく、図で分かるようにする。そういうものをたくさん作りたいですね。パターンランゲージや、ビジュアルプログラミングといったツールを勉強していきたいと思っています。
深見 やっぱり、「教育」と「自分の新しいチャレンジ」という2軸なんですね。他人に与えることを通じて、自分のスキルが上がる。与えた相手からリターンがきちんとあって、お互いに高め合っていくことが徹底されていますね。
後記
Shibuya.pm、Shibuya.jsなどでおなじみのカジュアルなコミュニティでも、Ecmaやセキュリティチャレンジという少しハードルが高そうに思える場面でも、いつも誠実に振る舞い、周囲と一緒に成長していこうとする竹迫さん。 常に「現時点で」できないことに挑戦し、また人を育てていこうという姿勢が人を惹きつけるのだと思います。
標準化活動を通じて社会のしくみを知り、そこで培った視点がキャリアプランに大きく影響していることも感じられました。いま、日本には“by name”で通用するエンジニアが求められています。竹迫さんに続くにはどうすればいいのでしょうか。単にコンピューティングスキルの善し悪しだけではない、ということは、本インタビューを読んだ皆さまはお分かりでしょう。
カジュアルにコミュニケーションし、楽しむことを忘れない。と同時に自分には常にハードルを掲げ、本質を追求し、いつやってくるかわからないチャンスを逃さない。このような姿勢こそが、重要なのだと思います。そして、そのようなマインドとスキルを育ててくれるのが、コミュニティという場の力なのでしょう。
まずはThink Global、Act Localから入っていけばいいのだと思います。でも、コミュニティはきっとAct Globalの実践につながるチャンスを与えてくれるはずです。
筆者紹介
深見嘉明(ふかみよしあき)
経営情報学研究者。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任助教、神奈川工科大学創造工学部非常勤講師、国立情報学研究所特別共同利用研究員。慶應義塾大学SFC研究所次世代Web応用技術ラボ(AWA Lab.)メンバー、W3C/Keio Inturn、修士(政策・メディア)。
専門は情報流通形態論。現在は、ウェブプラットフォーム設計とコミュニティ形成、メタデータを媒介としたコンテンツ流通、ウェブマーケティング戦略などウェブ・情報技術をベースにした情報流通形態に関して研究を行っている。
著書に『ウェブは菩薩である〜メタデータが世界を変える』『エコシステム形成のフラットフォーム:標準化活動の行動分析』(共著、『創発経営のプラットフォーム』など。
ブログ:deepen 〜Yoshiaki FUKAMI’s view
Twitter:@rhys_no1
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