IT技術者が起業しやすい時代だが、その前に考えておきたい6つの疑問:普通の開発者のためのリーンスタートアップ手順書(2)
ノートパソコン1台で、数百万人に向けたサービスが作れる時代だが、何か大きなことを成し得ようと考えたときに、資金、場所、(優秀で経験のある)人材、時間(スピード感)といった要素はなくてはならない。それらに関して、起業する前に考えておきたい6つの疑問を提示する。
編集部より
@ITで展開中の特集「普通の開発者のためのリーンスタートアップ手順書」では、これからリーンスタートアップを始めたい開発者・技術者向けの記事が多数インデックスされています。詳細は記事「リーンスタートアップを実践するための参考記事116選まとめ」を参照してください。
特集の第2回として、さまざまなネタでIT技術者に有用な情報をお届けするコラム連載「安藤幸央のランダウン」の筆者、安藤幸央氏に起業に必要となるさまざまな事柄や起業関連サービス各種を紹介していただきました。
起業に必要な事柄や起業関連サービス各種まとめ
開発者・技術者が何か新しいサービスを始めようと考えたときに、以前は、膨大な設備投資、流通やパッケージの販売、店舗、サポートなどさまざまな事柄を考えなければいけないものでした。しかし現在は、ソフトウェア産業であれば、機材も比較的安価に、手軽に入手でき、サーバー環境もAmazon Web Servicesなどのクラウド環境が平易に活用できるようになっています。
サポート業務さえも「Zoho Support」「Salesforce」など、クラウド環境を活用したサービスが存在し、さまざまな仕事をアウトソースすることが可能になっています。
例えばスマートフォン用アプリであれば、配布プラットフォーム、課金プラットフォームが用意されており、すでに構築された巨大なエコシステムにうまく乗り入れてしまえば、資産を持たずとも、ノートパソコン1台で、数百万人に向けたサービスが作れる時代なのです。
そうはいっても、何か大きなことを成し得ようと考えたときに、資金、場所、(優秀で経験のある)人材、時間(スピード感)といった要素はなくてはならないものです。本稿では、それらに関して、起業する前に考えておきたい6つの疑問を提示します。
【1】起業家支援プログラムとして何を利用するか?――政府の支援/企業の支援
最近、サラリーマンなどをやめて起業する人に年間650万円の生活費を最長2年間支給する制度が話題になりました(参考:起業後押し、650万の生活費2年支給へ…政府 : ジョブサーチ : 読売新聞(YOMIURI ONLINE))。比較的安定した収入のサラリーマンから、起業して事業が軌道に乗るまでの生活への不安を軽減しようというものです。
この制度には賛否両論ありますが、そもそもロボット産業や製造業を対象としたもので、スマートフォンのアプリ開発や、既存技術を活用したものは対象外とうたわれており、@ITの読者が考えるアイデアの多くは、残念ながら対象外に分類されてしまうのではないでしょうか?
Webサービスやアプリ、IT系に強い起業家支援プログラムとしては、主に以下のようなものがあります(順不同)。起業資金の支援のみならず、起業の進め方の教育、メンター紹介、オフィスの提供などさまざまな側面から起業家を支援しています。
- マイクロソフト起業支援「Microsoft BizSpark」
- IBM起業家サポート「IBM Global Entrepreneur」
- Open Network Lab(Onlab):シードアクセラレータープログラム
- MOVIDA JAPAN:シードアクセラレータープログラム
- ドコモ・イノベーションビレッジ:ベンチャー企業、開発者支援プログラム
- KDDI∞Labo(ムゲンラボ):スタートアップ支援
- グリーベンチャーズ:スタートアップ支援
- サイバーエージェント・ベンチャーズ:スタートアップ支援
- サムライインキュベート:起業家支援
- GMOベンチャーパートナーズ:ベンチャー支援
その他、各都道府県、区や町ごとに起業支援窓口が増えてきています。
【2】資金調達としてクラウドファンディングは使えるのか?
起業のための資金調達にはさまざまな方法がありますが、何かサービスやプロダクトを生み出したい場合、「クラウドファンディング」と呼ばれる小口の資金をたくさんの人から集め、資金源とする方法も最近では広がってきています。
海外では「Kickstarter」「Indiegogo」、日本では「CAMPFIRE」「READYFOR?」などが活用されており、その他、アーティストの支援限定サービスなど、分野別のサービスも各種立ち上がってきています。
米国では「Crowdfunder」「Fundable」「Onevest(旧Rock The Post)」「EarlyShares」など、大口の投資家や、ベンチャーキャピタルだけではく、小口の投資と資金集めに特化したサイトも存在します。
また「AngelList」には、主に起業の初期段階で小額の投資を行う投資家たちを主軸としたコミュニティサイトです。さまざまなスタートアップ企業が、どの段階で、投資家や投資会社から、どのくらいの資金を調達しているのかが情報として整理されています。
例えば、写真共有アプリ「Instagram」は、2010年にNetscape社のMarc Andreessen氏らが設立したベンチャーキャピタル、Andreessen Horowitzなどから、起業したての時に50万ドルの資金を調達し、その後2011年に700万ドル、さらにその後2012年に5000万ドルの資金を調達していることが分かります。
極端な事例では、このAngelListだけで投資家を探したり、小額投資を受けたりする例もあるようで、会ったことがなくとも、自分の技術や、サービスを正当に評価、支援してもらう投資家を探すためのプラットフォームとして活用されているそうです。
個々の投資家たちも自分の得意分野、どれだけの資金を用意しているのか、出資後にどの程度のフォローや、貢献ができるのかといった情報を公開してくれています(AngelListのようなサービスは、起業家が不特定多数の投資家を募集するのが違法であった時代からありました。ここにきてようやく法改正がなされ、このようなサービスが利用できるようになりました)。
現在の日本では、クラウドファンディングは投資というよりも寄付、もしくは先行購入という意味合いが強い状況です。しかし、制度が改正され、小口投資的な扱いを考慮した資金集めが可能になれば、クラウドファンディングは資金調達のための新しい潮流となる可能性があります。
【3】事業として成功するために何を作るべきか?――その判断基準
クラウドファンディングは資金集めだけではなく、ファン層を集めたり、そもそもサービスやプロダクトがユーザーに受け入れられるのか確証を得る意味でも利用されます。
現在は、十数年前、数年前と比べると圧倒的に起業しやすい環境に囲まれていると考えられますが、どの分野で勝負するかといったことも重要な要素の一つです。「今まで仕事をしてきて人脈もノウハウもある分野なのか」「得意な研究要素の延長なのか」「EduTechと呼ばれるITを活用した教育分野など、市場がある割には、まだまだサービスが拡充されていない業界に挑戦するのか」「IoT(モノのインターネット)分野などこれから確実に成長が見込まれる分野なのかどうか」などで判断するといいでしょう。
すでに成功した起業家たちからよく聞かれる言葉は、以下のようなことです。
解くべき適切な課題を見つけ、あなたの得意な、あなたにしかできない方法で解決するサービスを作りなさい
何か困難なことがあっても、情熱を持って続けられるサービスをやりなさい
集中と選択が大切。何もかもできるわけではないので、必要なプラットフォーム、必要な機能に集中しなさい
「素晴らしいアイデアを思いついた!」と喜んでも、すでに世界のどこかでは実現されていたり、競合も多い上に続々と似たようなサービスが出現してきたりするかもしれません。
「ブルーオーシャン」と呼ばれる、のびのびと泳ぐことのできるゆったりした市場から、「レッドオーシャン」と呼ばれる、すでに資源も枯渇し、ユーザーも飽和して奪い合うだけの市場も存在します。
一方、数年前にはコストやスピードの点で実現不可能だったことも、今ならユーザーに受け入れられる、とても便利なサービスもあるかもしれません。リリースのタイミングや、ターゲットとする層、年齢層なども成功を左右する影響の大きな要因です。
【4】規模を拡大していくために参考にするには?――情報発信とメンター
プログラマー、エンジニアが起業の初期メンバーで、規模を拡大していく場合、規模の拡大とともにデザイナーを引き込んだり、経理や経営に長けたメンバーが加わっていくことが多いでしょう。
例えば、ホテルではなく、個人が所有する部屋を宿泊先として貸し出すサービスとして、全世界的に拡大中のサービス「Airbnb(エアービーアンドビー)」の場合は、初期メンバーがデザイナーだけであったため、最初の投資を集めるのがとても難しかったそうです。理由は、「優秀なエンジニアに参画してもらえるのか?」「アイデアだけで実際にサービスを作り上げられるのか?」といった不安材料があったからです。
今では巨大なサービスとなったAirbnbですが、Airbnbのサイトには「Nerds」という技術ブログがあり、Airbnbの中で活躍するオタク(Nerds)なエンジニアたちが、日々の仕事の中で気づいた事柄や、どのような考えのもと「限られたリソースの中で重要な仕事をこなしていくか」「どうやってエンジニアリング文化を会社の中に浸透させていくか」といったスタートアップ企業ならではの日々の技術ネタが書き込まれており、とても共感と実感が得られる情報です。
他にも気になる業種や、気になる企業のブログや、Facebookページを見つけてフォローすると、起業するしないにかかわらず、参考になることが多いことでしょう。
すでに起業済みであるならば、ブログやFacebookで情報発信していくことで、アンテナを張り巡らせている優秀な人材に知ってもらう切っ掛け作りになるでしょう。
また、どの規模のどの企業でも当てはまりますが、エンジニアリング、プログラミング、デザイン、経理、経営などさまざまな仕事に対して、全員が超一流のメンバーばかりが集まっているとは限りません。
いわゆる「メンター」と呼べる、自分より知識も経験があり、的確なアドバイスを得られる師匠のような人を見つけ、その人からいろいろ学ぶことを心掛けるといいでしょう。
メンターは、一人とは限りませんし、分野ごとに師匠と仰ぐ人を持つのもいいかもしれません。同じ会社の中の身近な人でもいいですし、あまり会えない社外の知り合いでもいいのです。
【5】オフィスはどうする?――コワーキングスペース、レンタルオフィス
首都圏には数多くの「コワーキングスペース」が存在し、仕事場やミーティングの場として、会社の住所として郵便物を受け取ってもらったり、登記の住所として使える場所も増えてきています。
「1dayドロップイン」と呼ばれる一日のみの利用であったり、月額料金で固定席が得られるサービスもあります。また、福岡のように、起業特区のような受け入れ体制の下、税制の優遇などが配慮された都市も増えてきました。
海外のスタートアップですと、オシャレなオフィス風景の写真を見ることも多いですが、家賃は人件費とともに、儲かっていようといまいと毎月確実に支払わなければいけない出費ですから、慎重に考えて損はないでしょう。
スタートアップ企業を対象に、安価に、もしくは無料でスペースを提供してくれるところもあり、知り合いの会社の机を一つ借りて起業といった話もよく聞きます。
冒頭で紹介した起業支援プログラムの半数以上は、共用オフィスの提供も考慮したものです。
【6】そもそも起業そのものが目的になっていないか?
「一人で起業するのは自信がない」「一緒に起業する仲間が居ない」といった場合は、志を共有できる、会社の規模がまだ小さい段階で、1桁番目の社員として入社するというのも一つの方法です。
「『はたらく』を面白くする」をポリシーとして掲げる求人サイト「Wantedly(ウォンテッドリー)」では、創業間もないスタートアップ企業の主要メンバーの募集から、インターンの募集情報なども得られます。
今すぐ起業、今すぐ転職というわけでなくとも、気になる企業を見つけ、フォローしておくといいかもしれません。
最近、起業がもてはやされていて、派手な買収や急激な成長のニュースを聞くことが多いですが、実際は、資金の問題や、良質なプロダクト、サービスを作ることができないといった原因で、利用ユーザー数も増えずに消えていく企業も存在します。
起業そのものが目的になるのは本末転倒で、何か素晴らしいアイデアを実現したいがために、それを実現するための方法として起業しかない場合は仕方ありません。でも、そこでふと立ち止まって周囲を見渡すと、実は今いる会社の中で、新規事業として会社の協力を得ながら実現できるプロジェクトかもしれません。
または、所属企業の職務規程にもよりますが、まずは日曜プログラマーの延長線上で作ることができるサービスかもしれません。
IT業界で働くための数々の有益な書籍を執筆しているPaul Graham氏のコラム記事を翻訳家の青木靖氏が翻訳し、無料公開されています。
2006年に書かれたものですが、今現在も変わらず当てはまる事柄ばかりです。読んだときは、一瞬ネガティブな物言いに思えるかもしれませんが、これが「現実」なのかもしれません。起業するしないにかかわらず、とても参考になる文章なので、ぜひご一読ください。
運が良い悪い、信頼関係による成功はあれど、基本的には起業によって棚からぼたもち的な「うまい」話はないと思った方がいいと聞きます。堅実に、かつ必要なところでは大胆に、何か素晴らしい事柄を実現するための、ある一つの手段が起業なのだと思います。
不可能だと思わない限り人間は決して敗北しない(デール・カーネギー)
特集の次回は、スタートアップの事例として「freee」にインタビュー
@ITで展開中の特集「普通の開発者のためのリーンスタートアップ手順書」では、次回はスタートアップの事例として「freee」のインタビュー記事を予定しているので、ご期待いただきたい。
プロフィール
安藤幸央(あんどう ゆきお)
1970年北海道生まれ。現在、株式会社エクサ マルチメディアソリューションセンター所属。フォトリアリスティック3次元コンピュータグラフィックス、リアルタイムグラフィックスやネットワークを利用した各種開発業務に携わる。コンピュータ自動彩色システムや3次元イメージ検索システム大規模データ可視化システム、リアルタイムCG投影システム、建築業界、エンターテインメント向け3次元CGソフトの開発、インターネットベースのコンピュータグラフィックスシステムなどを手掛ける。また、Java、Web3D、OpenGL、3DCG の情報源となるWebページをまとめている。
ホームページ
所属団体
OpenGL_Japan (Member)、SIGGRAPH TOKYO (Vice Chairman)
主な著書
「VRML 60分ガイド」(監訳、ソフトバンク)
「これがJava だ! インターネットの新たな主役」(共著、日本経済新聞社)
「The Java3D API仕様」(監修、アスキー)
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