リーン・スタートアップが生む価値――「Just do it!」の無駄を省く:プログラマのためのリーン・スタートアップ入門(1)
「リーン・スタートアップ(Lean Startup)」に、いま世界中の起業家たちが注目している。本連載では、スタートアップに興味のあるプログラマ向けに、リーン・スタートアップについて解説。
プログラマ向けのリーン・スタートアップ入門
「リーン・スタートアップ(Lean Startup)」は、いま世界中の起業家たちが注目している考え方です。日本でも、『リーン・スタートアップ』の日本語版が出版されたり、著者エリック・リースが来日したりと、注目を集めています。
そこで本連載では、スタートアップで働くことに興味を持つエンジニアに向けて、リーン・スタートアップを解説します。
なぜスタートアップは失敗が多いのか? 無駄が多いからだ
リーン・スタートアップとは、これまでにない新しい製品やサービスを作り出すための手法・考え方です。
提唱者は、エンジニア出身で連続起業家として名を馳せる、エリック・リース。彼のスタートアップで得た失敗と成功の経験をもとにして、まとめられたものが「リーン・スタートアップ」です。
「世の中の多くのスタートアップは失敗している。原因の多くは、本来しなくてもいい無駄なことをたくさんしているためだ。無駄なことをせず、成功の確率を高めよう」というのが、リーン・スタートアップの考え方です。
必要最小限の機能でリリースすること、リリースサイクルを極端に短くしていくこと、ユーザや顧客の反応を実験からフィードバックを受けて、意思決定を科学的に判断する、といった特徴があります。
「リーン・スタートアップ=会社を作ること」という誤解
リースが執筆した書籍『リーン・スタートアップ』には、スタートアップの定義がこう書かれています。
「スタートアップとは、とてつもなく不確実な状態で新しい製品やサービスを創り出さなければならない人的組織を指す言葉であり、そこで働く人は皆アントレプレナー※である」(p.17)
よく勘違いされますが、ここでのスタートアップとは会社を作ることではありません。「新しい製品やサービスを作る組織」をスタートアップと呼ぶのなら、イノベーションを求められる組織は企業の中にも存在しています。
リーン・スタートアップで語られるのは、エンジニアリングの話ではなく、ビジネスの話です。「製品やサービスを作り出す」には、それを開発するだけでは不十分です。サービスを買う「顧客」と「マーケット」を開拓していくことの方が重要になってきます。
スタートアップにおけるエンジニアは「正しい仕様」のとおりに開発することを目指すだけでは足りません。目指すビジネスにおいて、その仕様が正しいかどうかまで考える必要が出てきます。間違ったものをどれだけ正しく作っても、無駄なことだからです。
「「Just do it!」ではなく、仮説検証を重視する
スタートアップには、成功する方程式があるわけではありません。不確実性の中から目指す正解を見つけ出そうとする作業は、実験のようなものです。スタートアップを実験だと考えるならば、そこでの失敗は、「仮説検証からの学び」と言えます。
多くのスタートアップでの間違いは、そうした実験のような取り組みに対して、計画重視の従来のマネジメントを当てはめようとすることで起こります。計画時点で正解が分かっているならそれでもいいのでしょうが、それはスタートアップではありません。
だから多くのスタートアップが、アイデアだけで「Just do it!!(やってみよう!)」の精神でチャレンジしてきたのですが、実はそれも多くの失敗を生みだす原因なのです。大事なのはアイデアではなく、「アイデアを仮説として成功するまで検証し続ける」ことです。
スタートアップが成功するまで仮説検証を繰り返すためには、その情熱や資金を無駄使いするわけにはいきません。無駄なく、素早く、何度も仮説検証を繰り返していくための、従来とは異なるアプローチからのマネジメントが必要です。それが、リーン・スタートアップなのです。
リーン・スタートアップで得られる価値
リーン・スタートアップをすることで得られる価値はなんでしょうか。リーン・スタートアップのWebサイトには以下のように書いてあります。
Be more innovative.
より革新的に
Stop wasting people's time.
人の時間を無駄にすることを止めよう
Be more successful.
より成功を
この中の2つ目の「人の時間を無駄にしない」という点が、リーン・スタートアップを表す最も特徴的なメッセージです。
リーン・スタートアップの構成要素
リーン・スタートアップは、「アジャイル開発」と「顧客開発」、それに「リーン生産方式」のエッセンスから成り立っています。
●アジャイル開発
エリック・リースはもともとソフトウェアエンジニアで、アジャイル開発に造詣が深く、自身でアジャイル開発を実践していました。スタートアップにおけるソフトウェア開発にはアジャイル開発が最も適している、というのは間違いありません。
しかし、アジャイル開発を駆使して、どれだけ素早く仕様どおりにソフトウェアを作っても、ユーザーがいなければ意味がないし、顧客がいなければソフトウェアは価値を生みません。エリック・リースは、スタートアップでの経験からそのことを痛感したわけです。
●顧客開発
「顧客開発」はスティーブ・ブランクが書籍『アントレプレナーの教科書』で提唱している考え方です。「スタートアップにおいては“良いものを作れば売れる”という製品開発をしても、必ずしも成功しない。大事なことは顧客を見つける“顧客開発”だ」というものです。
●リーン生産方式
スティーブ・ブランクはエリック・リースのメンターであり、「アジャイル開発+顧客開発」の考え方をベースにして、スタートアップとしての成功を収めています。その考え方を、さまざまなスタートアップでの事例をもとに、「リーン生産方式」の概念を応用して説明したものがリーン・スタートアップです。
■リーン・スタートアップの5つの原則
リーン・スタートアップには5つの原則があるとされています。
- アントレプレナーはあらゆるところにいる
- 起業とはマネジメントである
- 検証による学び
- 構築―計測―学習
- 革新会計(イノベーションアカウンティング)
第2回では、それぞれの原則について深堀りしつつ、その中で使われる特徴的なキーワードについて解説します。
筆者プロフィール
ソニックガーデン
倉貫義人
ARC(Agile/Ruby/Cloud)を得意とするソフトウェア企業「SonicGarden」代表。大手SIerにてプログラマやマネージャとして経験を積んだのち、2009年に「SonicGarden」を立ち上げる。また、日本XPユーザグループの代表をつとめるなど、アジャイルの普及を行ってきた。現在は「心はプログラマ、仕事は経営者」がモットーに、アジャイルソフトウェア開発とリーンスタートアップを自ら実践中。
ブログ:http://kuranuki.sonicgarden.jp/
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