第176回 Intelが賢いボタン「Curie」でファッション市場に?:頭脳放談
Intelが2015 International CESでボタンサイズのボードマイコン「Curie」を発表。ウェアラブル応用のベンチャーだけでなく、ファッションブランドとの協業も行うという。Intelがファッション業界に進出する日も遠くない?
つい最近もIntelのボードレベルのハードウエア「Edison(エジソン)」を取り上げたばかりなのだが、今度もまたIntelのハードウエアを取り上げさせていただく(「頭脳放談:第172回 新世代マイコンボード「Edison」が次世代を切り開く?」参照のこと)。こう矢継ぎ早に華々しく発表してくる点、最近のIntelの力の込め方というか焦り方が分かるというものである。一般にボードレベルの製品のアナウンスなどは、「その道のプロ」向けに淡々と行われるものなのだが、最近のIntelはより広い「潜在客層」に向けてアナウンスを行っていることは確かだと思う。
今回、米国ラスベガスで開催されたイベント「2015 International CES」に向けて発表されたIntelのボタンサイズのハードウエアは、「Curie(キュリー)」という名である(Intelのニュースリリース「Intel CEO Outlines Future of Computing」)。狙っている市場は、今はやりのウェアラブルだ。いわゆる「組み込み市場」を狙う半導体レベルの製品にはAtomやQuarkなどと原子、素粒子系の命名をしてきている。先ごろのEdisonといい、その上に構築されるボードレベルでは、科学技術系の偉人の名前を冠するといった方針なのかもしれない(Curieもキューリー夫人もしくはキューリー夫妻から名前を得ていると思われる)。もしかすると、どこかでCurieと名付けた理由について説明されているのかもしれないが、残念ながら筆者はその命名の理由を知らない。個人的には、「ウェアラブル狙いのボードに何でCurieと付けるかなぁ〜」とちょっと疑問である。
そういえばウェアラブルについても、「頭脳放談:第160回 ウェアラブルによるスマホ補完計画始動」や「頭脳放談:第167回 ウェアラブルデバイスとビッグデータのすてきな関係?」で取り上げている。昔からウェアラブル的なものをやっていた人々も多いのだが、最近その手の業界外から参入が相次ぎ、「次はウェアラブルだ!」的に盛り上がりつつある。しかし、本当に大手がそれほど盛り上がるような市場なのかどうかは、いまだに懐疑的だ。そこに当然な感じで、Intelの参入である。
さてそのIntelのCurieだが、その売りはサイズの小ささである。確かに小さい。ボタンサイズと言っているが、外套(がいとう)の大きなボタンではなく、上着かシャツのボタン程度である。実装技術的にはかなり頑張っているのではないだろうか。ハードウエアはQuarkベースのコントローラーと6軸センサー(加速度3軸、角速度3軸のセンサーを業界的にはそういう呼び方をする)、バッテリの制御回路、そしてBluetooth LE無線を積んでいる。資料にはバッテリの制御回路とあって、バッテリとは書いていないから、その辺りは組み込む(アプリ)側で用意すべきなのだろう。
加速度、角速度系のセンサー搭載なので、動きや姿勢をセンスすることが主目的となるはずである。Intelはニュースリリースで、アクセサリやらバッグやら今までIT化されていなかったいろいろな品物を挙げた上で、「even buttons(ボタンでさえも)」などと書いている(IntelのCurieの製品ページ「Intel Curie module」)。が、本気でボタンに使うならば、取り付け方はよく考えた方がよい。ボタンは原理的に「ブラブラ」しがちなものだから、「ブラブラ」すると加速度や角速度は高い精度で採れない。いくら良いアルゴリズムでもセンサーの取り付け方から考慮に入れないとうまくいかないのがこの手の計測である。
さすがにLinuxを走らせるようなメモリ容量は搭載されていない。フラッシュメモリが384KbytesとRAMが80Kbytesである。PCばかり見ていると、とても小さく感じるかもしれないが、いわゆる組み込み用のマイコンとしてみたらゴージャスな部類である。その上、裸のハードウエアをポロリと提供するような仕方をIntelがするわけなく、RTOS(リアルタイムOS)が搭載されている。ただ、素のままのRTOSではソフトウエア開発ができる人は限定される。
そこはIntelのこと、SDKが用意してあるようだ。SDKのサポートしている内容を見れば、できそうなことが列挙されている。カテゴリは2つ。まず、歩数とか、カロリー計算だとかの「Body IQ」というカテゴリがある。この辺は、加速度や角速度センサーの計測結果を処理するモジュールであろう。もう1つ、ありがちな命名で、分かりやすいと言えば分りやすいのだが、「Social IQ」というソーシャルなサービスへのインターフェースを意図しているようなカテゴリもある。
今回はウェアラブルで「人間」狙いなので、ネットにつなぐのにIoTという言葉は適切でないと思ったのかもしれない。そういう点でソーシャル狙いの表明というべきか。この辺は、ウェアラブルといって誰でも考え付きそうなカテゴリを標準のSDKに入れてみました的な感じである。特に新味は感じないが、開発の出発点としては無難か。
さてさて、この応用であるが、まずは可能性は「広い」と言っておこう。スポーツ系では即座に応用できるだろう。これだけ小さければ身体の各部にちりばめることも、用具に組み込むことも簡単だろう。無線は非力なのであまり広いところはダメだが、スマホを経由してネット上のサービスにつなぐのは問題ないだろう。アスリートが各部に付けて「いいときの」動きを記録しておいて、スランプ脱出のヒントを得たり、ビギナーが解析サービスのアドバイスを受けて上達が早くなる、といった応用はすぐにできそうだ。
もちろん、ウエルネス、ヘルスケア応用も可能だろう。また、Intelはニュースリリースではうたっていないが、高齢化の進む日本などでは介護系などでの監視応用もありだろう。当然、ゲーム応用もありそうだがここも言及されていない。また、音楽やら何やらの配信のトリガー情報として使うという手もありそうだ。積んでいるのが6軸センサーであることを考えると、ウェアラブルという範疇を超えてしまったところで、ロボット系の制御や、セキュリティ用途、インフラ監視などの非ウェアラブル応用もありだろう。
考えればいくらでもアイデアは出てきそうだが、Intelは抑えめにいかにもウェアラブルなアプリばかり挙げている。この辺り、例によってEdisonなどと被らないようにすみ分けの配慮だろうか。大きい会社はいろいろ大変である。ウェアラブルに限っても、いろいろできる、また、どれもできるに違いないのだけれど、しかしながら無いのは「絶対の、数が出る、キラーアプリ」である。あちこち触手を伸ばして探索中という感じ。まさにCurieというのは、Intelにとっての市場探査用デバイスなのではないだろうか。
探査のプローブを広げ、また、あまり半導体やIT業界に縁のない業界との橋渡しのためもあるのだろう、IntelはCurieと同時に異業種の会社とのコラボを複数発表している。ウェアラブル応用のベンチャーとのコラボもあるが、Fossilのような腕時計やハンドバックなどを扱っている老舗もあり、いろいろである。このたびたび出てくる「いろいろ」というところが、何に使ったら大当たりを取れるのか、「いまだに分かりません感」がにじみ出ているように思えるのだがどうだろうか。
Intelも気付いていると思うのだけれど、アクセサリとか、バッグとか、腕時計(ファッション用)とかいうのは、嗜好品であって端的に言ってしまうと、機能を買うものではない。カッコいいデザインは必要だけれど、デザインで値段が決まるというわけでもない。頭の中の「価値観」による分野で、新規に参入していくには、何か流行に乗る必要がある分野だと思う。どこまでやる気があるのだろうか。誰かがヒットするアプリを作ってくれるのを待っていたのでは、おいしいところは「誰か」に持って行かれて、Intelは単なる部品のサプライヤーにとどまってしまう。
自分でアクセサリとかバックとか腕時計まで売るのだろうか? ソーシャルなサービスを立ち上げるのだろうか? ちなみに知っている人は知っているけれど、Intelも創業間もないころに、デジタル腕時計を作っていた時計メーカーだった(すぐに撤退してしまったが、筆者は一度だけ現物を見たことがある)。そこまでやるのなら40年ぶりのリベンジという感じである。それともいっそ、Curieボタンを付けたテクスタイルまで進出してしまうか。Intelが衣料品を扱うというところまで行くならそれはそれで大変革だが。
筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサーのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサーの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサーを中心とした開発を行っている。
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