ロジカルシンキングは必須。変化に強い技術者になるには:特集:Biz.REVO〜開発現場よ、ビジネス視点を取り戻せ〜(5)
ビジネス視点を持った開発者像に少しでも近づくには具体的に何をすればいいのか? SI企業の育成施策の事例を聞いた。
前回「新しいツールに飛び付きがちな技術者よ、ビジネスマンとしての基本を軽んずべからず」では、オープンストリーム CTOの寺田英雄氏に、開発者がビジネス視点を持つことの重要性や、ビジネス視点を持つために必要な心掛けなどについて話を聞いた。いわく、たとえ開発者であっても、技術スキルだけではなく、一般のビジネスパースンと同様に幅広いビジネススキルを身に付けることが顧客との密接なコミュニケーションを持つことにつながり、ひいてはビジネスに真に貢献するITを実現できるとのことだった。
では具体的にどのようなことをすれば、ビジネススキルを身に付け、ビジネス視点を持った開発者像に少しでも近づくことができるのだろうか。そこで今回は、社内教育の事例として、オープンストリーム システムインテグレーション事業部 システム開発本部 本部長 荻野時宏氏に、同社が技術者を育成するために行っているさまざまな施策を聞いた。
技術者がビジネススキルを身に付けるために
編集部 オープンストリームでは、以前から技術者のビジネススキル習得に力を入れてきたとのことですが、それはどういった考えに基づいてのことだったのでしょうか?
荻野氏 弊社のお客さまは、企業の情報システム部門よりも、むしろ事業部門の方々が多いので、たとえ技術者であっても事業責任者や事業担当者の方々と、ビジネスの言葉を使って直接話ができなければいけません。そうした能力を育成するために、プログラミング以外の幅広いスキルを習得する社内教育プログラムを実施しています。
編集部 具体的には、どのような教育や研修を実施しているのでしょうか?
荻野氏 現在、弊社のシステム開発本部では人材育成活動の目標として「PL育成」「アーキテクチャ育成」「技術転換」「リーダー育成」の4つを掲げています。
このうち「技術転換」というのは、プログラミング以外のプラスアルファのスキルを身に付けることで、幅広い業務に対応できる技術者を育成するための取り組みで、今年はインフラやクラウド技術の習得に力を入れています。近年、仮想化やクラウドの普及でインフラ構築のハードルが低くなった分、開発者もインフラについてある程度きちんと理解できていないと、お客さまとビジネスの話ができなくなってきています。
編集部 その他には、どんなスキルや能力が今後必要になってくるとお考えですか?
荻野氏 ビジネスパーソンにとって基礎能力の一つである「ロジカルシンキング」は、技術者にとっても必須のスキルの一つだと思うので、今後はその教育も行っていきたいですね。また現在、全社員に自身の業務の改善目標を立ててもらっています。目標そのものは「メール仕事のスピードを上げる」「出社時間を早くする」といったちょっとしたことでもいいので、そうした小さな取り組みを積み重ねていく中で、基礎的なビジネススキルが少しずつ醸成されていくのではと考えています。
編集部 ビジネス視点を持った開発を行うためには、顧客とのコミュニケーションスキルが重要だという話もよく聞きます。
荻野氏 弊社は今年から、全社員に必ず何らかの教育プログラムに参加してもらうことにしており、また教育プログラムそのものも外部の教育機関を利用するのではなく、全て社内で企画・実行しています。そうやって多くの社員を巻き込んだ活動の中で社員同士のコミュニケーションや議論が生まれ、その過程において個々人のコミュニケーション能力もおのずと磨かれていくのではと期待しています。また先ほど挙げた4つの目標のうち、「リーダー育成」はまさにプロジェクトリーダーに必要なコミュニケーションスキルの習得に焦点を絞った施策です。
編集部 「リーダー育成」とは、具体的にはどのような教育プログラムなのでしょうか?
荻野氏 将来のプロジェクトリーダー候補となる中堅技術者をリーダーに据えて、5、6名規模のプロジェクトチームを組みます。メンバーはベテランから若手まで幅広い層で構成されていて、全部で10チームほどが設けられます。各チームには技術調査や業務改善など特定のテーマと目標が与えられ、各チームのリーダーは1年間かけて、各メンバーに適切に指示を与えながら目標の達成を目指していくのです。
編集部 仮想的なプロジェクトをリーダーとして運営していく中で経験を積み、プロジェクトリーダーとしての知識やスキルを身に付けていくわけですね。
荻野氏 その通りです。その過程においてはコミュニケーション能力ももちろん磨かれますが、最も顕著に効果が表れるのが「トラブル対処能力の向上」です。不測の事態が発生し、当初の計画通りにプロジェクトが進まなくなってしまったときに、どう対応し、関係者間の調整をどれだけうまく行えるか。そうした能力を単なる座学としてではなく、生きた経験として学べるので、極めて高いトレーニング効果が挙がっています。
アーキテクトのキャリアパス整備に力を入れる
編集部 残る2つの目標である「PL育成」と「アーキテクト育成」についても、教えていただけるでしょうか?
荻野氏 「PL育成」とは、将来のプロジェクトリーダー候補の技術者に対して、プロジェクトリーダーの役目を遂行するために必要となるスキルや知識を、座学やワークショップの形で学んでもらうものです。一方「アーキテクト育成」は、オープンストリームでアーキテクトのミッションを遂行する上で求められるスキルを、一通り座学と課題実習で学んでもらうプログラムです。
編集部 プロジェクトリーダーとアーキテクトのキャリアパスは分かれているものなのでしょうか?
荻野氏 弊社に新卒入社してきた技術者は、まずは全員開発者としてのキャリアを積んでもらいます。その後、リーダー志向が強く、リーダーとしての素養もあると判断した技術者には、プロジェクトマネジャーを目指すキャリアパスに進んでもらいます。一方、技術志向が強く、アーキテクトとしての素質に優れると判断した者は、アーキテクトとしてのキャリアパスに進んでもらうといった具合です。その他にも、最終的にビジネスコンサルタントを目指すキャリアパスも用意されています。この辺りのキャリアパスと社内の職制との対応は、ITスキル標準(※)を参考に制度設計しています。
※ITスキル標準の詳細は「IPA 独立行政法人 情報処理推進機構:ITスキル標準(ITSS)と関連資料のダウンロード」を参照
編集部 アーキテクトの育成に重点的に取り組んでいるのはどういう理由からでしょうか?
荻野氏 アーキテクトは、システム全体の最適なグランドデザインを描けることはもちろんですが、弊社では開発生産性や品質の担保なども、アーキテクトが担うべき役割だと考えています。つまり、技術のエキスパートとしての立場でプロジェクトをあらゆる面から支えて、成功へと導いていく広範な役割を担っているのがアーキテクトという職種だと定義しています。現在、弊社の事業は急速に成長しており、それに伴ってプロジェクトの数や規模も急拡大していますから、アーキテクトの数が絶対的に不足しています。従って、アーキテクト的なスキルを持った技術者の育成が急務なのです。
編集部 ちなみに、会社が提供する教育プログラム以外に、何かスキル習得のための活動は行われているのでしょうか?
荻野氏 社内で有志による勉強会が定期的に開催されています。毎回、ある特定の技術をテーマとして取り上げ、それに興味のあるメンバーが自発的に集まっています。例えば、ある社員が普段の業務や、社外の勉強会やセミナーで得た情報や知識を、自らが講師になって他の社員にフィードバックする形が多いようです。このように、弊社では自分が得た情報や知識を、自身の中だけに囲い込むのではなく、他の社員と積極的に共有しようという文化が根付いています。
技術以外にもビジネスパーソンとして幅広い経験を
編集部 前回、寺田さまにお話をうかがった際には、「変化に強い技術者を目指せ」というアドバイスがあったのですが、具体的にどのようななことを心掛ければ「変化に強い技術者」になれるとお考えですか?
荻野氏 ひと言でいえば、「視野を広く持つこと」が重要だと思います。普段から特定のものにしか触れていないと、確かにその分野のスペシャリストにはなれますが、世の中が変化して技術やビジネスの動向が別の分野に移ってしまったときに、途端に変化に追随できなくなってしまいます。従って視野を広く持って、さまざまな分野の情報を幅広く仕入れておくことで、日々の仕事で遭遇する状況や環境の変化に柔軟に対応できるようになると思います。先ほど説明した「技術転換」の教育プログラムは、まさにこうした思いから設けたものです。
編集部 では、今後も技術転換の取り組みは続けていかれるということでしょうか?
荻野氏 そうですね。プログラミング以外の「プラスアルファ」のスキルを技術者に身に付けさせるための施策は、今後もアーキテクト育成と並んで重点的に取り組んでいきたいと考えています。基本方針は、「今まで経験したことがないことを経験する」こと。いろんな経験を積み重ねるごとに、自分の中の引き出しが増えていきます。そして将来、もし何か問題や課題にぶつかった際に、多くの引き出しを持っていればいるほど、うまく対処できる可能性も高まってくるはずです。
編集部 そのように、新たなことを経験できるような場を社員に提供するのも、教育施策の一環ということですね。
荻野氏 はい。単に知識を勉強するだけでは身に付かない、経験してみて初めて分かるものがたくさんあると思うので、特に教育や研修の場だけに限らず、技術者が新たな分野に積極的にチャレンジできるような環境を、いろんな機会をとらえてどんどん提供していきたいと考えています。
そうしたチャレンジが、たとえ直近の仕事には直接役立たなかったとしても、それがきっかけでお客さまとの新たなコミュニケーションが生まれて、ビジネスに発展することもあり得ます。今後も技術だけではなく、ビジネスパーソンとしての幅広い経験を積んでもらうことで、ビジネス視点を持った技術者を育成していきたいと考えています。
編集部 ありがとうございました。
関連特集:Biz.REVO−Business Revolution〜開発現場よ、ビジネス視点を取り戻せ〜
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