技術者/開発者のための「デザイン思考」超入門〜今日から手軽にできる、Design Thinkingの心掛け〜:安藤幸央のランダウン(68)
「デザイン思考」がどのようのものなのかを紹介し、必要性やメリット、実践するための五つのポイント、企業内に浸透させていくための八つのポイント、参考動画や書籍などをお伝えします。
誰もが関係のある「デザイン思考(シンキング)」
デザインはデザイナーだけに任せるには重要過ぎる――ティム・ブラウン(IDEO)
「デザイン」と聞くと、デザイナー職以外の人は、「自分の仕事じゃない」「自分はセンスがないから関係ない」と、敬遠してはいないでしょうか?
デザイン思考(Design Thinking)とは、人間を中心に考えたデザインに基づき、革新的なものを作り上げるための発想法です。デザイン思考は「デザイン」という文言を含みますが、デザイナー以外の全ての人が活用でき、むしろ主に非デザイナーを対象としています。デザイナーは、どのように考え、どう判断しているのか――デザイン思考は、ブラックボックスとされていたデザイナーの思考過程を全ての人が分かるように手法化したものです。
本稿では、そのデザイン思考がどのようのものなのかを紹介し、必要性やメリット、実践するための五つのポイント、企業内に浸透させていくための八つのポイント、参考動画や書籍などをお伝えします。
なお、本稿で紹介する「デザイン思考」は米国のコンサルティング・ファーム、IDEO(アイディオ)社が自社のアプローチを概念化したものですが、「Design Thinking」という言葉自体は、IDEO設立以前から使われていました。
全ての人がデザインの目利きとなった時代
最近では、高齢者から子どもたちまで誰もが手軽にスマートフォンを使うようになり、使いやすさやデザインといった要素を知らず知らずのうちに意識するようになってきました。また、過度な装飾のデザインよりも“シンプル”なデザインが好まれるようになり、「デザインは単なる“装飾”ではない」という認識も少しずつ浸透してきています。
従来、コンピューターは「専門家が専門の用途のために利用するもの」といったイメージがありました。しかし、ビジネス向け、エンタープライズ向けなど専門家が使うようなシステムも、スマートフォンやタブレットで使えるようになると、FacebookやLINEといった、ごく普通に親しまれているアプリと比較されてしまいます。「使いやすい」「使いにくい」「あるはずの便利な機能がない」などで、一般のアプリと比較されてしまうのです。
ユーザーは、デザインやUX(ユーザー体験)の専門家ではありません。しかし、明確に説明できなくとも、使いやすさ、使いにくさ、便利なこと、便利でないことを感じ取っており、誰もが目利きになっているのです。
パソコンの売り上げも減ってきており、パソコンでなければできないことは、ごく一部のクリエイティブな仕事、プログラミングをするような仕事の人だけになり、家庭での利用は、スマートフォンやタブレット端末、はたまたゲーム機やテレビで十分役目を果たせる時代になってきました。
このようなことからも分かる通り、デザインを大切にしている企業――例えば、アップル、サムスン電子、任天堂、ヤフー、良品計画――の製品の売り上げが伸びています。スマートフォン時代は、「事前に完璧に設計を終わらせて何かを作る」よりも、「作りながら、直しながら、拡張していく」という柔軟なスタイルが浸透してきています。
良いデザインは、ビジネスに貢献する。無駄なものを作らない。
「デザインなんて、どうでもいい」とは思ってはいなくとも、「良いデザインがどう効果を奏するのか」については漠然としかイメージできない方も多いでしょう。何かしらの成果が数字で示すことができれば、明瞭に説明できますが、本当に素晴らしいデザインは、目に見えないところにある“体験”のデザインです。
良いデザインによって、得られるものは、下記のようなことです。
- 正しいデザインは、信頼をもたらす
- 正しいデザインは、正しく事柄を伝えることができる
- 正しいデザインや、正しい体験は、印象に残り、そのブランドを印象付ける
- デザインやUXを考慮することで、親しみやすさを提供できる
- デザインやUXは、使う前の印象、最初の印象、使った後の印象をも形作る
- 正しいデザインは、単に「どのように見えるか」だけではなく、「どのように使えるか、役立つか」を伝える
デザインの原理は学べるスキル
デザイナーはアーティストとは違います。
デザインは、アート作品とは違います。
「設計」としての「デザイン」は、学ぶことができるスキルであり、過去の膨大なノウハウの蓄積を受け注ぐことができるものです。
もちろん天性のセンスや能力を持った超優秀なデザイナーも存在します。それは社会生活を営む中で身に付けた知識や経験、過去の膨大なノウハウを、自然と感じ取り、必要な素養を会得しているのでしょう。もちろんロジカルな考え方や、「細かいところに気を配り何度も何度も修正することを面倒だと思わない」性格など、いくつかの適正はあるかもしれません。
あらゆることに疑問を持ち、質問するのもデザインに必要な素養です。愚直な質問だと心配する必要はありません。簡単な質問が本質を突いたり、思いもしなかったような質問が新たな課題を引き出したりするものだからです。
解くべき課題を見つけ、正しい問題を解決する
目の前に課題や問題があった場合は、その課題や問題を“解く”ことに気持ちが向いてしまうことがほとんどです。しかし実際には、その課題や問題の発端となる本質や原因をとらえることが重要です。
デザインのプロセスには四つの段階があり、「発散と収束を繰り返す」といわれています。2005年、英国のデザイン産業協会は著名なデザイン事務所が用いたプロセスを評価し、二つのダイヤモンド型のダイアグラムで表現しました。
何かを作り上げるとき、最初に正しい問題を見つけ発散し選択肢が増えますが、そのうち問題は適切に把握され、収束に向かいます。その後、正しい解決方法を見つける手順に移ります。そこでも解決のアイデアは一度発散し、さまざまな方法が考えられますが、最終的には収束し、解決に向かって進行していきます。
デザイン思考の5段階
デザイン思考は、以下五つの段階に分かれて実践します。
- 共感・観察
- 問題定義
- 想像・ブレインストーミング
- 試作・プロトタイピング
- 検証・テスト
第一段階:共感・観察
共感のフェーズは、実際のユーザーを見つけて、観察することから始まります。自分自身がユーザーになって客観視する場合もあります。この段階でアンケートを取るのは簡単ですが、よほど適切な質問を用意しない限り、回答にバイアスが掛かりますから、まずは細かく観察するのが得策です。引っ掛かりや戸惑いを細かく要素分解して観察します。
観察の際には、意外な事象や発見があるかもしれませんが、ここではそのまま受け入れます。
第二段階:問題定義
問題を解決するのも大切ですが、適切な課題を見つけ出す方が大切です。顧客やユーザー自身も気付いていないような本来の目的や課題を把握するのです。それには、つまずく要素を細かく分解し、理由や原因をさかのぼって考えると、本来の課題にたどり着きます。
第三段階:想像・ブレインストーミング
見つけられた課題を解決する案を考え出します。この段階では、質より量を重視し、稚拙なアイデアであったとしても否定せず、数をたくさん出すことです。量を出すことによって、結果的に質の良いアイデアがいくつか残っていきます。
この際、自分の体験や知識を当てはめるだけでは、限界が出てきます。そのため、多種多様なメンバーに協力を得て、相談をしたりアイデアを募ったりするといいでしょう。他の人の突拍子もないアイデアに触発され、自分の中に眠っていた思いも寄らないアイデアが引き出されるかもしれません。
第四段階:試作・プロトタイピング
アイデアを確認するために、素早く手間を掛けず、試作を行います。
ウェアラブル関係であれば、実際に身に付けていることを想像できるものを作ります。スマートフォンアプリであれば、紙とペンでスケッチしたものを撮影し、スマートフォンの画面に映し、使っている気分にするのです。
ここでは、精度や見た目の美しさは追求しません。素早く作り、根幹となるアイデアが有効なのか、問題が残っているのかを検証するために用いることができればいいのです。
この段階での失敗は奨励すべき事柄です。実際に製品が生産されてから問題が見つかってしまうと失敗を取り返すのが困難ですが、試作の段階で見つかった問題は極小のコストで修正が可能だからです。
第五段階:検証・テスト
試作したものを、実際に対象となるユーザーに試用してもらい、その様子を観察したり、意見を聞いたりします。得てして良い意見を言いがちなので、あえて良くないところを言ってもらったり、苦言を呈してもらったり、「実際のその商品やサービスにいくらお金を払ってもいいのか」を話してもらったりすると、真実を見いだすことができます。
また、最初のアイデアにこだわることなく、ここでの意見を基に、軌道修正を小まめに行っていくことを考えましょう。問題解決の方法は一つではないはずです。
「紙でできたプロトタイプを使ってみてください!」と言われても、だいぶ想像力が必要ですから、仕事仲間や、同僚から、検証・テストを開始してみるのも、手軽で良い方法です。この場合、数多くの人に試してもらう必要はありません。数人にお願いするだけで問題や課題のほとんどは見いだされます。
デザイン思考を実践するための五つのポイント
これらの段階を経ていく作業において、いくつかのコツやポイントがあります。
【1】何かが決まりきらない場合、判断を先送りにする
何事もきちっとしないと気が済まないエンジニア的性格からすると、不可解なことかもしれませんが、この「先送りにする」のは、思った以上に適切な判断を下せることが多いです。
【2】アイデアや意見を批判せず、さらに意見を加えて良いところを引き出す
質より量を目指すことで、結果的に良質のアイデアが残ります。
【3】「これくらいでいいや!」と思ったアイデアに、もうひとひねり加える
アイデアが発散し過ぎないよう、あえて制限を設けた方がいい場合もあります。技術で実現できることを縛る制限やスペック制限、予算制限などです。
【4】「エクストリームユーザー」と呼ばれるような極端なユーザーを想定し、その人に気に入ってもらえるようにする
これも発想が広がって良い方法です。例えば、四六時中スマートフォンを使っているユーザーを対象にしたり、テクノロジに詳しくない高齢者を対象にしたりして考えるのです。
【5】失敗するのであれば早めに失敗し、失敗から学んで、次に生かすことを繰り返す
失敗したくないのは誰もが同じです。その瞬間はつらいですが、失敗の要因を必ず分析し次に生かすことが経験の蓄積と成長をもたらしてくれます。
プログラマーがデザイン思考を実践するメリット
プログラマーは、右脳と左脳で論理的な思考と感性的な思考を使い分けるように、「デザイン的な思考をする脳」で考える癖を付けると、さまざまな事象がスムーズになります。例えば、デザイナーの考えを理解しようとしたり、デザインについて「どれくらい作業時間がかかるのか」「何が難しく、何が簡単なのか」を的確に把握したりすることができます。
また、これらの疑問は、プログラマーとデザイナーの関係にそのまま反映します。プログラマーは「プログラムの何が、どのくらい大変なのか、または簡単なのか」「変更は簡単なのに、管理維持が大変なのか」「既存部品で簡単に作れるのか、独自に部品を作って拡張するなどしなければならないのか」など、客観的立場でふかんして物事を捉えることでデザイナーとのコミュニケーションもスムーズになるでしょう。
そして、もちろんこれまで述べてきた通り、プログラマー/エンジニアがアイデアを生み出し、イノベーションを起こす場合にもデザイン思考は有効です。
デザイン思考を、企業内に浸透させていくための八つのポイント
- 前提や思い込みを取り除く(観察する)
- 職種で仕事を区切るのではなく、それぞれの役割を明確にし共有する
- 新しいアイデアや試みを支援し、失敗を許容し糧にするための環境を整える
- 前のめりになり過ぎず、皆を見方につけ、一歩下がってふかんして考える
- 計画がビジネスに対し、どう影響を与えるのかを明らかにする
- 成功した計画を、皆で共有できるストーリーにまとめて伝える
- 積極的に学び、成長することを歓迎する
- 自身を評価し、失敗から学び、改善していく
志高く、さまざまな手法を取り入れようとしても、社内外に賛同者がいなければ、前に進むことができません。賛同者を増やすには、小さな成功例を積み重ねていくしかありません。数字で表すことのできる成果や、ユーザーが実際に喜んでいる様子、逆に怒っている様子を見ることで、より実感を持ってデザインの大切さを知ることができます。
たくさんの人が使う何か素晴らしいものを作るのは一人ではなし得ないことです。それは参加型の共同作業でなければなりません。クライアントやユーザーをも巻き込んで適切な課題を発見し、本当に必要な物を作り上げるのです。
デザインやファシリテーションに優れた社外の人材を社内に招き、新鮮な目線で課題や問題を一緒に扱ってみるのも、説得力があって良い方法の一つです。
デザイン思考の将来
デザイン専業の企業を買収
いくつかの大手企業、大手コンサルティング企業は、手っ取り早くデザインの力を手に入れるために、デザイン専業の企業を、人材を含め丸ごと買収してしまう事例も増えてきています。データと資金があってもユーザーに支持されるサービスができるとは限らないからです。
そういった企業では、デザイナーには、より物事を大局観で大きく考えてもらう。「なぜそうするのか」「なぜそれを選択するのか」の理由を説明してもらう。テクノロジのことを少しだけ理解してもらい、何が大変で何が簡単なのか分かってもらう。デザイナーの使う言葉を尊重し、分からないことは教えてもらうといいでしょう。
デザイン思考から派生した考え方
デザイン思考は、最近のニーズを取り入れ、さまざまな分野で進化してきています。
グーグルのスタートアップ支援組織であるグーグルベンチャーズも、デザイン思考の手法を、現場のスピード感に基づいて進化させた「デザインスプリント」を提唱しています。
その他にも、「サービスデザインシンキング」「プレゼンテーションシンキング」「ビジュアルシンキング」「デザインスケッチング」など、それぞれの用途に適した派生の考え方も広がってきています。
またデザイン思考は、社会問題を解決する手段としても活用されています。「素晴らしい図書館を作り上げるためのデザイン思考ツールキット」(by ビル&メリンダ・ゲイツ財団とIDEO)は、今までIDEOが積み重ねてきた知見や、汎用的なデザイン思考ツールを「図書館専用」に構築し直したものです。これは、既存のサービスの改善を考えるときなどにも役立つでしょう。
このようにデザイン思考は、さまざまなところで当然のこととして浸透し、さらにデザインスプリントや、その他の手法につながっています。
デザイン思考のプロセスは、それほど重要なことではない。ルールを破ったときにこそ創造性が生まれる――ティム・ブラウン(IDEO)
デザイン思考においては、即興性のあるものや、偶然性や多様性を意図的に生じさせて考えることも重要です。完璧に出来上がった製品も素晴らしいですが、わざと余地や“のりしろ”を用意しておいて、使う人たちに工夫を求めることで、思いもしなかったような用途で、さらに製品の可能性が広がっていくことでしょう。
デザイン思考に関するお勧め動画
- ティム・ブラウン:デザイナーはもっと大きく考えるべきだ(TED:日本語字幕あり)
- ティム・ブラウン:創造性と遊び(TED:日本語字幕あり)
- デイヴィッド・ケリー:人間中心のデザイン(TED:日本語字幕あり)
デザイン思考に関するお勧め参考書籍
- 『デザイン思考が世界を変える──イノベーションを導く新しい考え方』(早川書房刊、ティム・ブラウン著、千葉敏生訳)
- 『デザイン思考の道具箱──イノベーションを生む会社のつくり方』(早川書房刊、奥出直人著)
- 『誰のためのデザイン? 増補・改訂版――認知科学者のデザイン原論』(新曜社刊、D.A.ノーマン著)
次回記事は、2015年8月初めごろに公開の予定です。内容は未定ですが、読者の皆さんの興味を引き、役立つ記事にする予定です。何か取り上げてほしい内容などリクエストがありましたら、編集部や@ITのFacebookページまでお知らせください。次回もどうぞよろしく。
著者紹介
安藤幸央(あんどう ゆきお)
1970年北海道生まれ。現在、株式会社エクサ マルチメディアソリューションセンター所属。フォトリアリスティック3次元コンピュータグラフィックス、リアルタイムグラフィックスやネットワークを利用した各種開発業務に携わる。コンピュータ自動彩色システムや3次元イメージ検索システム大規模データ可視化システム、リアルタイムCG投影システム、建築業界、エンターテインメント向け3次元CGソフトの開発、インターネットベースのコンピュータグラフィックスシステムなどを手掛ける。また、Java、Web3D、OpenGL、3DCG の情報源となるWebページをまとめている。
ホームページ
所属団体
OpenGL_Japan (Member)、SIGGRAPH TOKYO (Vice Chairman)
主な著書
「VRML 60分ガイド」(監訳、ソフトバンク)
「これがJava だ! インターネットの新たな主役」(共著、日本経済新聞社)
「The Java3D API仕様」(監修、アスキー)
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