採用通知=正式契約、ですよね?:「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(23)(2/3 ページ)
東京高等裁判所 IT専門委員として数々のIT訴訟に携わってきた細川義洋氏が、IT訴訟事例を例にとり、トラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回は、正式契約なしに着手した開発を、ユーザーが「契約成立」と主張し、ベンダーが「契約不成立」と反論し争った裁判を紹介する。通常とは逆パターンの本事件、果たして何が起こったのか?
採用通知は、実質的な契約か
ユーザーの言い分を整理すると、以下のようになる。
ユーザーの言い分
- ベンダーは、ユーザーに対して見積もりを含む提案書を出し、ユーザーはこれを採用すると正式に通知している。だから、事実上、発注と契約は成立している
- 財務会計システムを含む全体の開発を中止せざるを得なかったのは、ユーザーとして、到底受け入れられない税務システムのカスタマイズ費用を提示し、プロジェクトを中断に追い込んだベンダーの責である
私がベンダー出身のせいだろうか。これを見ても素直にはうなずけない。判決も、ベンダーに有利なものとなった。
名古屋地裁 平成16年1月28日判決より抜粋して要約(続き)
業務用コンピュータソフトの作成やカスタマイズを目的とする請負契約は、業者とユーザー間の仕様確認などの交渉を経て、業者から仕様書および見積書などが提示され、これをユーザーが承認して発注することにより相互の債権債務の内容が確定したところで成立にいたるのが通常であると考えられる(中略)
ユーザーがベンダーに採用通知を出しているとしても、交渉の相手方を絞り込んだという意味を有するにとどまるから、承諾の意思表示があったとも言えない(中略)
本件では、カスタマイズの有無など、仕様確認を経てからカスタマイズの範囲や費用の合意が取れた段階で契約が成立することが予定されていた(以下略)
つまり、「提案書」とそれへの「採用通知」だけでは契約は成立していない。正式な発注のない本件は、損害賠償の対象とはならないという判断だ。
システム開発では、提案時に見積もり提示があっても、その後の要件定義や開発を通して金額が変わるのはよくあることである。仮にベンダーが指名された後でも、「注文書」や「契約書」がなければ、双方の債務は確定しない。
本件からベンダーが学ぶべきこと
この判決は結果としてベンダーに有利なものとなったが、その意図を考えれば、ベンダーも注意しなければならない点がある。
「採用通知=正式注文」ではない
本件とは逆に、ユーザーから採用通知を受けてベンダーが作業着手したが、注文書や契約書がない場合は、開発が中止になっても、ベンダーはそこまでの費用を請求できないということになる。
実際には、契約についての話し合いの進捗(しんちょく)度合いや、ユーザーの発言などによって裁判所の判断は変わるが、原則は正式契約の有無が判断基準になる。
ITをめぐる紛争は、ベンダーが契約の成立を訴え、支払いを請求するケースの方が圧倒的に多い。だからこそ、ベンダーは契約周りについて細心の注意が必要だ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 見積もりに合意してないから、要件追加分のお金は払いません!
京高等裁判所 IT専門委員として数々のIT訴訟に携わってきた細川義洋氏が、IT訴訟事例を例にとり、トラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回は「見積もりの返事を待たずに着手した追加部分」の支払いをユーザーに拒否されたベンダーの裁判例を紹介する。裁判所の判断はいかに? - デフォルトの契約内容は、失敗への招待状
皮肉なことに、プロジェクトと失敗とは相性がよい。納期どおりにできなかった、要求どおりにできないことが多い、機能を削減することが多いなど、もともとの目的、スコープから、後退したプロジェクトの経験を持つITエンジニアは多いに違いない。なぜ目的どおりにいかないのか。どこを改善したらいいかを本連載で明らかにし、処方せんを示していきたい - 要件やシステム化の範囲はどうやって決めるのか?
システム化の範囲を定義するときに、業務の目的を実現するための「方針」に着目すると、合目的性の高いシステム作りができます - 「契約もアジャイルに」、中堅SIerの新たな挑戦
アジャイルは開発スタイルの実践を指すが、これを受託開発の契約形態に当てはめようという企業が登場して注目を集めている - 「契約不履行」と訴えられぬようにベンダーがすべきこと
要件も作業内容も適宜確認し、ユーザーの指示を受けて作業していたのに、納品間近になって「契約を果たしていないから支払いはなしね」と告げられたベンダー。裁判所の判決や如何に? - 締結5日前にユーザーが白紙撤回! 契約は成立? 不成立?
ユーザー窓口が確約した「○月○日に正式契約しましょう」を信じて一部作業に事前に着手したベンダーは、突然の契約白紙撤回に泣き寝入りするしかないのか? - ベンダーが確実に支払いを受けるための3つのポイント
検収書だけでは不十分?――ユーザーから確実に支払いを得るために、ベンダーがやるべきこととは何だろう?