第193回 IoTのWi-Fiインターネット接続を考える:頭脳放談
今話題の「IoT」は、モノをインターネットに接続するというもの。ただ、「インターネットに接続する」といっても簡単ではない。今回は、そのネットに接続する部分について、今注目されている2つの技術を交えて考察してみた。
IoT(Internet of Things)というからには、末端側の「T(Things:モノ)」をインターネットにつないでナンボのものだ。今回はそのネットにつなぐという部分を考えてみたい。ただし、AC電源など恒常的な電源を取れるものは除外して考えたい。電源線が引っ張ってあるくらいだ、有線であろうと無線であろうと接続手段には事欠かないと思われるからだ。電源線がつなげないような対象が今回接続について考えるべきものである。
当然のことながら、今もそういうところでIoTができていないわけではなく、日々立派に遂行されている。しかし、そういう場合の手のうちを考えてみれば、現状それほど多くの手段があるわけでもない。
電源線が引けないのだから、まずは電池で無線を使ってネットに接続というのが基本である。LTEや3Gなどの携帯電話回線、あるいはWi-Fiが使えるならばインターネットの接続は簡単で、ソフトウェア的な観点から言ったらまったくもって問題がない。しかし、現状の携帯電話回線(ケータイ)やWi-Fiの無線接続を使った場合、残念ながらそれほど長い期間電池が持つわけでもない(それにケータイだと使用料の問題もある)。スマホのように毎日充電というわけにもいかないだろう。
低消費電力が売りの無線LANチップセットを採用し、普段は眠らせておいて時々起こすといった間欠駆動で電池による駆動時間を持たせるしかない。それで数カ月くらいは持たせられるだろう。相当動作頻度を落としたら(使い勝手の方も相当落ちるが)1年くらい持たせることも不可能ではないだろう。しかし、たとえ1年持ったとしても、2次電池の再充電か、1次電池の電池交換が必要であるならば「T」の数が膨大になる分だけ、大変な手間とコストが発生する。ましてや「T」の設置場所が普段人の手の届かないような場所にあったとするとそのコストはさらに増す。
ケータイ系やWi-Fi系以外の低消費電力の無線方式を使う手もある。以前からZigBeeなどはこの分野で使われているし、また距離が短くて良ければBluetooth系のBluetooth Low Energy(BLE)という手もある。日本固有の特小とか、微弱、という無線分野も地道に使われている。それらはかなり低消費電力なので、ケータイ系やWi-Fi系よりは大幅に電池寿命を延ばすことが可能だ。取りあえず電池に関するメンテナンスコストは削減できるだろう。
ところが、そういう低消費電力の無線になるほど、ソフトウェア的にはネットからは遠ざかっていく感じがする。通信速度が遅い、ということもあるのだが、途中、ひと手間か、ふた手間くらい通さないと本来あるべきIPアドレスの世界にたどり着けない感じになるのだ。ハードウェア的に言うなら、各種無線の通信アクセスポイントなどのインフラを設置する費用に相当するといってもよい。
実はこの手の「工事コスト」は小さくない。実際、筆者も「変な」無線を手掛けていたことあるのだが、途中ひと手間かけてWi-Fiにたどりつけた後のシステム構成はソフトウェア的にもハードウェア的にも楽であった。LANケーブルにつなげば終了。各種無線の個々の無線チップやモジュールがそこそこ安かったとしても、個々の無線の「離れ小島」にいちいち橋をかけていくような作業には技術的な難易度も費用もかさむ。
それに比べたらWi-Fiの世界はすでに出来上がった国道か高速道路といった感じである。そこにつなぎさえすれば後はどこへでも行けるのだ。やはりインターネット世界と一番相性のよい無線方式はWi-Fiだと思う。実際、IoTの先っぽ系の仕事をしている人の中にはWi-Fiの消費電力が何桁か低かったらどれほど仕事が楽だろうかと思っている人は多いのではなかろうか。
そんな雰囲気を捉えたのであろうWi-Fi系の無線技術が幾つか出てきた。1つは本道のIEEE 802.11グループから2016年に正式制定予定のIEEE 802.11ahである。「Wi-Fi HaLow」という商標になるのだそうだ。もう1つは標準規格とは言えない、Jeeva Wireless(米国ワシントン大発のベンチャー)の「Passive Wi-Fi」である。
まずはIEEE 802.11ahだ。これは従来型のWi-Fiが使っていた2.6GHzとか5GHzの周波数帯ではなく、900MHz帯に「攻め込んだ」形のWi-Fi無線LANである。狙いは、高速通信ではなく、比較的低速でもよいから通信距離を伸ばして、消費電力を下げるという部分にフォーカスした無線LANだといってよい。屋内外では40mほどのようだが、屋外では1kmも飛ばせるというのは、屋外でのIoTに取り組んでいる人には朗報かもしれない。
そして肝心のところ、運用の仕方は従来の無線LANと同等になるようだ。シンプルなアクセスポイントとノードの関係。今までと同じだ。マルチホップとかそういうものはない。そしてIEEEの標準化委員会の仕事であるから、各国の無線法制についてもそれなりに検討されているようだ。この規格のチップが出てくれば比較的早い時期に使えるようになるのではないだろうか。
IEEE 802.11ahの特性は、かなりIoT寄りになっているものの、従来路線の延長上にあるものといえる。しかし、「Passive Wi-Fi」の方はかなり過激な「無線LAN」である。準拠しているのは最初に普及した無線LAN規格ともいえるIEEE 802.11bであるのだが、消費電力を4桁落としたという過激さである。
その秘密をひと言で言ってしまえば、自分(ノード)からは電波を出さないからだ。電波を出すのはAC電源で駆動された専用の搬送波の出力装置である。各ノードは自分の持ったアンテナとスイッチを使ってその搬送波を「変調」することで従来型の無線LANアクセスポイントへと情報を送信するのだ。原理的にはスイカとかパスモとかの非接触型カード、各種の無線タグに使われているRFIDに似ている。双方アクティブ(自分で電波を発することができる)なノード間の通信であるはずの通常型の無線LANにパッシブなバックスキャッタを挿入してしまったというところが発想の大転換だ。
普通の人はそんなことを思いつ付いても妄想だとしてやらないだろう。実際にやってしまったところがすごい。そしてこの方法を展開すれば、IEEE 802.11bに限らず、他の無線方式も(なるべく変調方式が簡単なものの方が可能性が高いが)パッシブ化できてしまう可能性がある。
この方法により劇的な低消費電力化を達成できる。電池を搭載して10年メンテナンスフリーで運用できるだろうし、太陽電池などでの運用も可能になるだろう。一気に問題解決といきたいところだが、欠点もある。アクセスポイントへの「上り」は良いのだが、下りを直接受信する手段がないからだ。各ノードは搬送波を出力する装置からの制御信号(これは各ノードのアクセスを調整するために使われているようだ)を受信できるだけなのだそうだ。
つまり、IEEE 802.11bのパケットを受信できないのだ。無理やりにでも下り方向の通信が必要な場合、アクセスポイントから搬送波出力装置へデータを伝え、そこから各ノードに伝える必要があるだろう。センサーノードが一方的にデータをデータセンター側に垂れ流すような仕様のシステムでは何とかなるだろうが、双方向の制御が必要な装置には向かなそうだ。
それに各国の無線関係法令との整合性も気になる。無線関係はいくら良い技術でもそこが駄目なら実用にならない。ちょっと「普通と違う」だけに、まずそうな点もいくつかある。なかなか面白い技術だと思うのだが、そのあたりがクリアになり、実際に試せるデバイスが出てくるまでちょっと先が長そうである。
IEEE 802.11ahなら、2016年後半から2017年くらいのレンジのIoT案件で検討する可能性も出てきそうだ。システムを組む人は頭の片隅にその可能性も考慮しておく必要があると思う。しかし、「Passive Wi-Fi」はサンプルが出ますという話が聞こえてくるまで忘れておいても大丈夫かな。それよりちゃんとサンプルは出てくるのか……。
筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサーのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサーの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサーを中心とした開発を行っている。
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