その“優しさ”は本物か?――“優しい先輩”の落とし穴:田中淳子の“言葉のチカラ”(32)(2/2 ページ)
いつも優しくて、間違ったことをしても怒らない先輩。その人、本当に優しいの?
Bさんは、「田中さん! ここに名前書いているけど、どういうこと? オレが予約しているの、見れば分かるよね」と、明らかに怒っている様子だ。
「A先輩からこうすればいいと言われた」と口にするのは大人げないと思ったし、そもそも、自分でも「ホントにこれでいいのかな?」と疑問に感じていたことでもあったので、私は素直にBさんに謝った。
結局、Bさんとスケジュール調整を行い、どちらもマシンを使えるようになったので、そのいきさつをA先輩さんにも報告した。「Bさんに叱られてしまいましたが、結果的には調整できました」と。A先輩は「あら、そう」と涼しそうな顔で答えただけだった。なぜBさんに叱られたのかも尋ねなかった。
この時、ふと「A先輩は、私の成長に無関心なのだな」と思った。
どんなときでも優しい人だった。けれども、業務自体は教えてくれたものの、「こういうときは、こう振る舞うといい。なぜならば……」「人と接する際にこれはしてはいけない。どうしてかというと……」といった踏み込んだ話はされたことがなかった。だから「叱られた」という報告にも特に反応を示さなかったのだろう。
一方のBさんは、その後も厳しいことを私に指摘してくれた。困ったときに一緒に考えてくれたり、解決のために奔走してくれたりもした。Bさんは本当に怖かったが、その言葉の数々は、30年たった今でもしっかりと私の記憶に刻まれている。
“厳しく”なるには、エネルギーが必要
自分が後輩を持つようになって、分かったことがある。
それは「人に厳しいことを言うには、とてもエネルギーが要る」ということだ。「相手がムッとしたらどうしよう?」「反論してきたらどうしよう?」「傷つけたらどうしよう?」「自分だってちゃんとしてないじゃないかと思われたらどうしよう?」など、さまざまな不安が頭の中を駆け巡り、言うのをためらってしまう。
だから、相手に格別な関心がなければ、そうそう厳しいことは口にしなくなる。「言っても仕方ないな」「言う必要はないか」と思う相手には何も言わなくなった。
後輩に何かを言うために、事前にセリフを何度もシミュレーションする。「こういう風に展開したら、伝わるかな」とイメージトレーニングを行う。深呼吸して、ようやく後輩に言える。言った後も「あれでよかったかな」「『はい』と答えていたけど、内心は別のことを考えているかもしれないな」などと考える――先輩がこんなに考えて、ドキドキしながら苦言を呈していることを、後輩は知らない。
“厳しい先輩”に当たったら
ある企業の新入社員研修でも、こんなことを話した。
「これから、上司や先輩に厳しいことをいろいろと言われるかも知れません。親や教師に言われたことがないようなことを細かく指摘されることもあるでしょう。1つだけ覚えておいていただきたいのは、『苦言は、言う方も勇気が要る』ということです。エネルギーを消耗します。どうでもいい相手には、言わない方が楽でいいのです。だから、上司や先輩に何か言われたら、ドキドキするかも知れませんが、それでも『自分に期待してくれているんだ』『自分をよく見てくれているんだ』と思って、まずは受け止めてくださいね」
人は関心を持つ相手にしか厳しいことを言わないし、厳しいことを言うのはいざというときに助けてくれる人でもある。
自分の周りに優しい先輩しかいない人は要注意だ。厳しいことを言ってくれる存在を見つけたら、大切にした方がよい。
筆者プロフィール 田中淳子
グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー
1986年 上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで、延べ3万人以上の人材育成に携わり28年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。
日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。
著書:「ITエンジニアとして生き残るための「対人力」の高め方」(日経BP社)「ITマネジャーのための現場で実践! 若手を育てる47のテクニック」(日経BP社)「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(日経BP社)など多数。
電子書籍「『「上司はツラいよ』なんて言わせない」(ITmediaのebook)、「田中淳子の人間関係に効く“サプリ”――職場で役立つ30のコミュニケーション術」(ITmediaのebook)
ブログ:田中淳子の“大人の学び”支援隊!
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