ITエンジニアの副業はあり寄りのなし? なし寄りのあり?:ものになるモノ、ならないモノ(75)(2/2 ページ)
スマートフォン(スマホ)アプリにおけるインディ(個人)開発者のお話をしよう。副業での開発であるにもかかわらず、そのアプリを企業に持ち込めば、そのまま買い取ってもらえるのではと思える程のクオリティーを実現した事例を紹介する。
本業の悔しさを副業でリベンジ
話をアプリの開発に戻そう。今回bismarkさんが開発したのは、音楽プレーヤーだ。このジャンルは、日本ではKORGやONKYOといった有名ブランドが既に進出している競合ひしめく分野だ。いや、それ以前にiOSには「ミュージック」という純正の音楽アプリがある。なぜ、わざわざレッドオーシャン化したジャンルに分け入るのだろうか。
bismarkさんは「iOS純正の『ミュージック』アプリは、Apple MusicやiCloudミュージックライブラリなど、年々、機能を積み重ねてきたことで操作や機能が複雑になっている。シンプルで直感的に使える音楽プレーヤーを作りたかった」と言う。またbismarkさんには、過去三度ばかり業務で音楽プレーヤーを作った経験があるのだが、三度とも「ほぼ完成しているにもかかわらず政治的な理由で中止になりじくじたる思いを抱いていた」と顔を曇らせる。本業の悔しさを副業でリベンジといったところであろうか。
そういう経験があるだけに、作り方は十分心得ているであろうし、音楽プレーヤーとしての理想形も描いていたのだろう。その理想形の1つが「シンプル」ということになる。bismarkさんが言うように、確かに、筆者も日々「ミュージック」を使っていて「Appleのシンプル哲学はどこにいったの?」と首をひねる場面に遭遇する。
特に、Apple MusicやiCloudミュージックライブラリを利用しているユーザーであれば「『ミュージック』アプリ、大丈夫か?」と思わせる状況に直面した経験があるのではないだろうか。ローカルで取り込んだ音楽とクラウドの音楽をシームレスに扱おうというコンセプトが災いし、概念が複雑になっているだけではなく、運用上でも、あり得ない曲の入れ替えやアルバムカバーが無関係なものに置き換わるといった現象が多数報告されている。
実際、筆者もCDからリッピングしたライブアルバムなのに、同名のスタジオ盤の楽曲に置き換わる事象を複数回経験しているし、CDからリッピングしたにもかかわらず、「○○○○○はご利用いただけません。」と表示され聴くことすらできないことがある。この辺りの不具合は、厳密に言うとアプリの仕様よりもクラウド側の仕組みが深く関わっているので、一概に「ミュージック」アプリを責めるのはかわいそうな気もするが、ユーザー目線で評価する場合は、アプリの動作や操作性で判断するしかない。
iCloudミュージックライブラリを利用しているとCDからリッピングした曲であるにもかかわらず、「ご利用いただけません。」というアラートが出て聴けないことがある。ふざけた仕様だ。こういう場合はサードパーティー製の音楽プレーヤーに転送して聴くしかない
アプリのプロモーションは個人開発者共通の悩み
結局、そういう不具合の連発に嫌気が差し、最近、ストリーミングの楽曲はSpotifyばかりを聴いている。ただ、Spotifyのアプリはローカルライブラリの曲を聴くことができない。というわけでCDからリッピングした曲は、サードパーティー製の音楽プレーヤーアプリに転送して聴くことにしている。特に、ハイレゾの音楽をハイレゾの音質で聴くには、対応したプレーヤーアプリとUSB接続のDACが必要になる。
そんな中、最近、この記事を書くためにscyllaを使い始めたのだが、確かにシンプルなUIで動線を理解しやすくアプリとしての高感度は高い。bismarkさんのいう「シンプルで直感的に使える音楽プレーヤー」という意味がよく理解できる。ただ、その一方でbismarkさんは「このアプリの良さを多くの人に知ってもらうために、どのようなプロモーションを行えばいいのか。その方法が分からない」と悩む。
アプリのプロモーションは、個人開発者共通の悩みである。特にハイレゾに対応した音楽プレーヤーとなると、マニアックなイメージが先行するだけに一般ユーザーへの訴求はハードルが高い。マニアックな鍵盤楽器アプリをリリースしている筆者もその辺りの事情はよく理解できるし、明確な解は思い浮かばない。ただ、グローバルニッチを狙える分野であるだけに、マニアが集結するコミュニティーへの情報発信を地道に続ければ、アプリの良さを理解してくれる人は必ず存在するのではないか。
筆者の場合、あるアプリのローンチ時、Facebookの同好の士が集まるコミュニティーに対し、リリース前から情報を小出しにすることで期待感を煽り、初登場時に欧米圏のApp Storeでカテゴリー別ながら上位を記録したし、英国では1位を達成した。三日天下ではあったが、その後の開発活動の励みにもなったし、グローバルニッチ系アプリの可能性を感じたのも事実だ。
また、冒頭で「企業に持ち込めば、そのまま買い取ってもらえるのではと思える程のクオリティーを実現」と述べたようにscyllaの場合、そのクオリティーの高さから、ある有名音楽レーベルからOEMで専用プレーヤーへの転用の可能性についての打診もあったという。こちらはまだ打診の段階なので今後ビジネスとして発展するかどうかは不明ということだが、クオリティーの高いアプリをリリースすれば、それを認める人がいて、新たな道が開ける可能性もあるだろう。実現すれば、副業実践者冥利(みょうり)につきる展開だ。
個人もハッピーになり企業にも得るものが多いエンジニアの副業
今回のコラムは、アプリの紹介を織り交ぜながら個人開発者における副業というテーマで語らせてもらっている。Googleの20%ルールではないが、エンジニアが業務以外でアプリ開発など、何らかの個人的なプロジェクトを行うことは、企業にとっても大きなメリットがあると思うのだ。
例えばささいなことではあるが、App Storeへのアプリの申請にしても、経験して初めて分かることも多い。ちょっとした個人開発のアプリを申請することでその手順や勘所を押さえておけば、受託開発のアプリを代理申請する場合などにスムーズに進行させることができ、大いに役立つのではないだろうか。
エンジニアの副業は、個人もハッピーになり企業にも得るものが多い、という結論に達したところで、このコラムを〆たい。
著者紹介
山崎潤一郎
音楽制作業を営む傍らIT分野のライターとしても活動。クラシック音楽やワールドミュージックといったジャンルを中心に、多数のアルバム制作に携わり、自身がプロデュースしたアルバムが音楽配信ランキングの上位に入ることもめずらしくない。ITライターとしては、講談社、KADOKAWA、ソフトバンククリエイティブといった大手出版社から多数の著書を上梓している。また、鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」などの開発者であると同時に演奏者でもあり、楽器アプリ奏者としてテレビ出演の経験もある。音楽趣味はプログレ。
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