ニッポンのインディよ!iPhoneの「予想外」にカワイイ系で打って出よ:ものになるモノ、ならないモノ(24)
ついにiPhoneが日本にも登場する。国内キャリアの垂直統合型ビジネスモデルは揺らぐのだろうか。そのとき、インディ系開発者が世界に打って出る商機がある!
アップルのスティーブ・ジョブズCEOの巧みな戦略には、本当に恐れ入る。これまでモバイル通信キャリア(以下キャリア)に対し、上納金を強要していたと思ったら、iPhone 3Gでは、一転上納金を廃止したという。代わりに2年のシバリをともなった販売奨励金モデルを導入して見せかけの、“予想外”安価としたiPhone 3Gを、世界中のキャリアの理解を得て一気に普及させようというもくろみなのだろう。
この手のひらを返したような振る舞いは、「各国のキャリアを手玉に取るジョブズ」といった感じで、チャップリンの映画「独裁者」の有名な地球儀のシーンを思い浮かべてしまう。
キャリアを“土管”屋にしてしまうiPhoneの力
iPhone/iPodのビジネスモデルは、水平分業型であるPCインターネットの中に構築した一種の変則的垂直統合型モデルだと思う。“源流”に当たるコンテンツ・アプリケーションのレイヤをiTunes Store、App Storeで、“河口”に当たる端末レイヤをiPhone/iPodで、それぞれしっかりと牛耳り、ネットを“土管”として使うことで、iTunes StoreやApp StoreのコンテンツをブロードバンドやWi-Fi経由でiPhone/iPodに配信するモデルを作り上げている。
それに加え、iPhoneに限っていえば、音声通話、ショートメッセージ、電子メールといったコミュニケーション系のアプリケーションを、“土管”屋に仕立て上げたキャリアを使って、iPhoneユーザーに利用してもらうモデルだ。
キャリアとしては、複雑な思いであろう。ソフトバンクモバイルはもちろん、NTTドコモにしても、auにしても、各トップは一様に「単なる“土管”屋になることを極力回避したい」という趣旨の発言をしているからだ。
iPhoneを日本の閉鎖的なケータイビジネスの口をこじ開ける「黒船」に例える場合がある。まさにそのとおりで、頑強な垂直統合モデルを形成していたかのように思える日本のケータイビジネスも、端末レイヤの部分にiPhone 3Gのような魅力的な製品が登場すると、足元から揺らぎ始める。
また、端末レイヤだけでなく、最近は、モバゲーや魔法のiらんどのように、元気の良い勝手サイトの登場で、コンテンツ・アプリケーションレイヤ部分でも、“揺さぶり”が入る状況だ。下図のようにキャリアを中心に上下に伸びた支配のベクトルは、その両端からジワジワと侵食が始まっているわけだ。
一方、キャリアを“土管”屋とするアップルの垂直統合モデルは頑強だ。頭の部分を、iTunes StoreやApp Storeなどのコンテンツ・アプリケーションレイヤで抑え込み、足元はiPhone 3Gで固める、という“サンドイッチ”型の垂直統合型モデルを作り上げている。両端から支配のベクトルで挟み撃つことでガッチリと揺るぎないモデルを形成している。
そういえば、フィンランドのノキアも、圧倒的な端末のシェアを武器に、2008年2月から「Share On Ovi」(写真・動画・音楽共有)、「Maps 2.0」(地図ナビゲーション)と呼ばれるコンテンツサービスを開始した。アップルと似たような戦略で支配力を増そうとしているのだろう。
1人のアップルユーザーとしてiPhone 3Gの日本上陸は大歓迎だが、日本人としてこの状況を見た場合、黒船による外圧でもって、垂直統合の口がこじ開けられるのは、どうも気が重い。ケータイビジネスの分野では、欧米より2歩も3歩も先を走っている日本だけに、黒船の来訪で変わるのではなく、日本のメーカーやキャリアが世界をリードする気概をもって変わってほしかった。
黒船iPhoneに一矢報いるは、App Storeを活用すべし
しかし、黒船iPhoneに一矢報いる方法がある。iPhone 3G登場と同時に開始されるiPhone/iPod touch用アプリケーション販売プラットフォームである「App Store」を大いに活用するのだ。
アップルのWebサイトで紹介されているiTunesの画面キャプチャを見る限りでは、App Storeは、iTunesの中で音楽やビデオと同列に扱われているように見える。ということは、App Storeでも、ランキング、検索、リコメンド機能など、iTunes Storeと同じような仕組みが用意されると思われる。
ここにチャンスがある。特に中小個人のインディ系開発者にとって、日本発のアプリケーションをワールドワイドに展開し、販売するチャンスが訪れるのだ。
その理由を語る前に、筆者のiTunes Storeでの体験をお話ししておこう。筆者の本業は音楽制作業だ。零細ながらクラシックや純邦楽の制作業務を中心に20年以上この業界にいる。その中で細々とではあるが、「売れないけれど作りたい音楽」というものもプロデューサーとして手掛けてきた。ただ、そのような音楽は流通の手段が限られており、特定の専門ショップやアーティストの手売りに頼るのが実情だ。
そんな中、iTunes Storeへの楽曲提供は、筆者に勇気を与えてくれた。筆者の作る作品はロングテールのテールの部分に並ぶ音楽だけに、iTunes Storeで販売したからといって、大きな売り上げが得られるというものではない。ただ、検索やリコメンドといった機能のおかげで、それを求める人のところに自分の作った音楽が確実に届いているという手応えを感じるのだ。
自分がプロデュースした音楽をiTunes Storeで販売を始めてから2年以上になる。その間、カテゴリ別ランキングではあるが、チャートの2位にまで上がったアルバムが複数ある。総合チャートの20位以内を記録したものもある。
この出来事は、本当に勇気を与えてくれた。音楽を作り続けていてよかったと心底思った。リアルな販売の世界では80:20の法則で“死に筋”として葬り去られるようなインディ系の音楽であっても広く頒布できるiTunes Storeという販売形式には、大いなる可能性を、全身に浴びるように感じるのだ。
その可能性は、日本国内だけではない。すべての権利をコントロールできる楽曲であれば、世界22カ国のiTunes Storeで音楽を売ることが可能なのだ。筆者も、尺八音楽、沖縄民謡、仏教系、能音楽といったジャパンオリジナルな音楽をiTunes Storeを通じてワールドワイドに販売している。
その中には、ちょっとタイトルを工夫するだけで、検索やリコメンドに引っかかり、月に数百ダウンロードを記録する楽曲もある。数百ダウンロードといっても売り上げ的には数万円のレベルなので大した額ではない。だが、この手応えは、iTunes Storeならではのものであり、音楽を作り続ける原動力になる。
App Storeでインディ系開発者は世界を目指せ!
これと同じことが、App Storeでも起きると思うのだ。販売には、アップルの承認が必要なようだが、一定の品質さえクリアしていれば、市井のインディ系開発者にも広く門戸を開放してくれるだろう。
もちろん、iTunes Storeがそうであるように、大きな注目を浴びるのは、メジャー系のアプリケーションであろうが、検索、リコメンド、ランキングといった機能が用意されていれば、テール側に並ぶアプリケーションにも、光が当たる可能性もある。
そもそも、リアル販売であれば、切り捨てられるような商品でも、テールに並んでいることで、「出会い頭」的に人気が出る可能性を秘めているのが、ロングテールの良いところだ。筆者の作ったアルバムのようにランキングにでも登場したら、ますますもって“やる気”が出る。
これが日本の場合だと、iモード用アプリケーションは開発できても、公式コンテンツに組み入れられなければ、課金するすべがなく、インディ的には、いまひとつ気持ちが盛り上がらない。auの「BREW」に至っては、インディの出る幕ではない。
もちろん、iモード用アプリケーションを販売できる仕組みがあったとしても、それで大きな売り上げが保証されるというものではないのは分かる。だが、微々たるお金でも、「気に入ってお金を払ってくれた人がいる」という実感は何事にも代え難い。
ただ、アプリケーションを走らせるプラットフォームたるiPhoneがどの程度普及するかという部分は大いに気になる。「高機能ケータイが当たり前の日本ではiPhoneなど売れない」という声も聞かれる。
確かにそうだろう。であるなら、なおさらのこと、インディ系の開発者には、日本だけでなく、世界を見据えたアプリケーション開発をしてほしい。アップルのティム・クック最高執行責任者(COO)は、2008年末までに1000万台のiPhoneを販売するという目標の達成に「強い自信を持っている」と語ったそうだが、この言葉を信じるならば、プラットフォームとして十分な母数を達成することになる。
懸念はある。レベニューシェアだ。App Storeでアプリケーションが売れた場合、アップルが3割をハネるという。開発者がこれを良しとするかどうかはビミョウだ。
例えば、iモードの場合、ゲームなどのiアプリを公式サイトで販売すると、「NTTドコモのマージンは、約10%前後」(大手コンテンツプロバイダ)だという。そのようなレベニューシェアが定着している日本のベンダの間で、3割という数字がどう受け入れられるかは大いに興味がある。
ちなみに、iTunes Storeでの音楽販売に関してもアップルが約3割を持っていく。そのような環境が当たり前だと思っていただけに、筆者としてはApp Storeのレベニューシェアを聞いてもあまり驚かなかった。
もう1つ、DRMの問題もある。iアプリなど日本のケータイコンテンツは、ガチガチに著作権保護されている。それに比べると、App StoreのFairPlay DRMは、印象としてスカスカに感じる。このような、日本の規格と比較して圧倒的に規制緩和されたアップルのDRMを日本のベンダがどこまで受け入れるかという点も気掛かりだ。
ちなみに、PC系の音楽ダウンロードでビジネスを展開する筆者からすると、iTunes Plusのように、DRMフリーな方向を受け入れる意識が定着しているので、FairPlay DRMでも特に問題は感じない。現に筆者がプロデュースした一部アルバムもiTunes Plusで売られている。
このように、レベニューシェアとDRMのことを考えると、iモードなどですでにコンテンツビジネスを展開している大手事業者にとって、App Storeはそれほど魅力がないのかもしれない。であるなら、なおさらのこと、在野のインディ系開発者に頑張ってほしいのだ、世界を目指してほしいのだ。
「カワイイ」系で、コミュニケーション系なアプリで勝負しろ
じゃあ、前述の「黒船に一矢報いる方法」は?という問題だが、日本のケータイが培ってきた、アニメ系コミュニケーション文化を引っ提げて世界に打って出るというのはどうだろうか。
例えば、絵文字メール、デコメールなどは、海外でも受け入れられると思うのだ。これらのアプリケーションは、HTMLメール技術で構築されているので、技術的には難しくないだろう。
それに、「コミュニケーション系」コンテンツは、世界共通のキラーコンテンツだ。その分野で、日本が誇る「カワイイ」系の思想で作った、コミュニケーション系アプリで勝負してはどうだろうか。
技術的なハードルが低いことから、海外の開発者もこのたぐいのアプリケーションを簡単に作ってくるかもしれない。しかし、ケータイ先進国日本が培ってきた「カワイイ」系の感覚はそう簡単にマネすることはできないだろう。絵文字メール、デコメールだけでなく、ポストペットのような、育て系思想を絡めたコミュニケーション系アプリも面白いだろう。さあ、日本のインディ系開発者たちよ、App Storeで世界に羽ばたこう。
【追加ビジネス情報】
最後にApp Store周辺のビジネスとしてもう1つのプランを提案しておこう。アグリゲーションビジネスも面白いだろう。
iTunes Storeの世界では、メジャー系レーベルはAppleと直接取引ができる。だが、筆者のようなインディ系レーベルは、アグリゲーターを通さないとiTunes Storeに音楽を納入することができない。
App Storeも同じようなスキームになる可能性がある。インディ系開発者の作品を集めるルートを持っている事業者であれば、App Storeのアグリゲーションビジネス参入などという選択肢もあるだろう。
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著者紹介
山崎潤一郎
音楽制作業に従事する傍ら、IT系のライターもこなす蟹座のO型。自身が主宰する音楽レーベルのサイト「インサイドアウト」もよろしくお願いします。最新刊『ケータイ料金は半額になる!』も好評発売中。著者ブログ 「家を建てよう」
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