ジェイソフトはプレミア電子を著作権侵害で訴えます!:コンサルは見た! オープンソースの掟(6)(2/2 ページ)
部長、GPLをご存じないの?――カーナビソフト開発会社を救うべく単身カーナビベンダーに乗り込んだ江里口美咲は、システム企画部長の木村にタイマン勝負を挑む。
あら、「GPL」をご存じないの?
文章を読み進めるうちに、木村の目は徐々に険しくなっていった。その様子を見ながら、美咲は楽しそうに説明を続けた。
「これは『GPL』(General Public License)。日本語では『ソフトウェアの一般公衆利用許諾書』よ」
「な、何なのよ、それ」
美咲の自信に満ちた態度に木村がたじろいだ。
「簡単にいえば、プログラムを渡すときの条件ね。『プログラムの製作者は、自身に著作権は留保するけれども、その複製や改造は提供を受けたものが自由にできる――つまりフリーソフトである』と宣言されているの。松井さんがあなた方に渡したソースコードには全て、文頭にこの言葉が書かれているわ」
「だから何だっていうのよ」
木村には美咲の言わんとするところが分からなかった。「プログラムの著作権はジェイソフトに留保するが、その複製や改造はプレミア電子の自由にできる」というのなら、そんなことは最初から知っている。
「ただし、これには条件があるのよ」
美咲の視線が木村の顔に突き刺さった。
「このGPLに従ってソフトウェアの提供を受けたものは、自らが承諾されたのと同じ権利を次の受給者にも与えなければならない――つまり、ボカのプログラムを提供されたあなた方は、自分たちでこれを改造してカーナビに組み込み、自動車メーカーに渡すとき、今度はそちらに対してもプログラムを複製自由、改造自由という条件で渡さなければならない。それを怠った場合、ソフトウェアの著作権者であるジェイソフトはプレミア電子を著作権侵害で訴えられるってことよ」
「何ですって!!!!!」
木村が声を荒らげたが、美咲はやわらかい口調のまま続けた。
「プレミア電子は自動車メーカーに対して、ボカやその改造版のプログラムなんて渡していないでしょ? これは民事的には不法行為として損害賠償の対象になるのよ。そして刑事的にも1000万円以下の罰金か10年以下の懲役、もしくはその両方が課せられる可能性がある……ふふ、映画館でよく聞くせりふね」
「バカなことを言わないで! プログラムにコメントを書いただけで、著作物に関わる権利や条件が成立するなんてあり得ないわ。プレミアとジェイソフトの間の契約書には、そんなこと書かれていないわ!」
美咲が小さく首を振った。
「GPLは契約というより約款のようなものなの。ソフトを提供する側が一方的に宣言すれば済むものなのよ」
「そんなバカな……」
たじろぐ木村に美咲はたんたんと説明を続ける。
「米国には『Free Software Foundation』(フリーソフトウェア財団。以下FSF)というフリーソフトウェア推進団体があってね。GPLは、FSFが推奨するソフトウェアの権利を受給者が独占して乱用しないようにするための仕組みなのよ。違反すると、各国の著作権法が適用されて、刑事、民事の両面から責めを負うことになるわ」
「ア、アタシは認めないわ! そんなだまし討ちみたいなやり方」
事態の深刻さに気が付いたのか木村の声がだんだん上ずってきたが、美咲はそんなことは想定内とばかりに、落ち着いた態度だ。
「まだ、ご理解いただけないようね。アナタが認めようが認めまいが関係ないのよ。
ドイツのミュンヘンでは、GPLに基づいて著作権侵害を訴えられた企業が、製品の販売差し止めを受けたという事例があるのよ(※1)。日本の『エプソンコーワ』は、自らのソフトウェアがGPLに違反していることを指摘されると、直ちに謝罪を行い、GPLに準拠するようにソフトウェアを書き換えるなどの処置をしたのよ(※2)。
フリーソフトウェアの世界では、もうGPLを無視したモノづくりや販売はできなくなりつつあるのよ。それが嫌なら、フリーソフトを一切使わずにソフトウェアを作るしかないわね。御社のように、他人からは無償でプログラムをもらっておきながら、自分はそれを非公開として商売をするような輩は、ソフトウェア産業に対する貢献と真逆の行動をとった企業として、世界中のソフトウェア企業から非難を浴びることにもなるわね」
木村は、腕組みをして黙り込んだ。プログラムの提供を受けるのに、そんな条件が付く可能性があるとは初耳だったのだ。しかし、A&Dという世界的なコンサル会社の人間が、いい加減なことを言うとも思えない。
裁判になるのかしら。もしそうなったら、プレミアは負けるかもしれない……裁判……木村はしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げ、口元に笑みを浮かべた。
「いいわ。その裁判、受けて立とうじゃないの」
つづく。「コンサルは見た!」Season3「オープンソースの掟」は、毎週木曜日掲載です
書籍
細川義洋著 ダイヤモンド社 2138円(税込み)
システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」が、大小70以上のトラブルプロジェクトを解決に導いた経験を総動員し、失敗の本質と原因を網羅した7つのストーリーから成功のポイントを導き出す。
※「コンサルは見た!」は、本書のWeb限定スピンアウトストーリーです
細川義洋
政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- コンサルは見た! オープンソースの掟(1):ベンチャー企業なんて、取り込んで、利用して、捨ててしまえ!
ソースコードを下さるなんて、社長さんたらお人よしね――「コンサルは見た!」シリーズ、Season3(全9回)のスタートです - コンサルは見た! オープンソースの掟(2):大手の下僕として安定の日々を送るなんて、まっぴらゴメンだね!
大手企業の下請けとして粛々とやっていくか、イチかバチかで新分野にチャレンジするか、それが問題だ――大手カーナビベンダーに自社開発ソフトをソースコードごと提供してしまった松井は、何を考えていたのか - コンサルは見た! オープンソースの掟(3):あまっあまのスイーツ社長なんて、大手に利用されて当然よ!
アンタ、本当に経営者?――大手カーナビベンダーの女性部長から契約打ち切りを告げられたカーナビソフト開発会社社長の三浦は、解決策を相談しに訪問した先でも、気の強そうな女性コンサルタントに頭ごなしに怒鳴られてしまった - コンサルは見た! オープンソースの掟(4):カーナビの要は使い勝手の良いアプリだ。よそには渡さん!
何か不自然だと思わない?――大手カーナビベンダー「プレミア電子」とカーナビソフト開発会社「ジェイソフト」とのトラブル相談に乗っている江里口は、一連の流れに不自然なものを感じていた。 - コンサルは見た! オープンソースの掟(5):ソースコードの中に逆襲のネタを見つけたわ
契約停止、主要エンジニアの引き抜き、メインバンクへの垂れ込み――大手カーナビベンダー「プレミア電子」は、なぜカーナビソフト開発会社「ジェイソフト」を執念深く追い詰めるのか。 - 訴訟が増えている!? OSSライセンス違反
この連載では、企業がオープンソースソフトウェアとうまく付き合い、豊かにしていくために最低限必要なライセンス上の知識を説明します - コンサルは見た! AIシステム発注に仕組まれたイカサマ(1):発注書もないのに、支払いはできません。――人工知能泥棒
「間もなく上長の承認が下りるから」「正式契約の折りには、今までの作業代も支払いに上乗せするから」――顧客担当者の言葉を信じて、先行作業に取り組んだシステム開発会社。しかし、その約束はついぞ守られることはなかった……。辛口コンサルタント江里口美咲が活躍する「コンサルは見た!」シリーズ、Season2(全8回)は「AIシステム開発」を巡るトラブルです。 - コンサルは見た! 与信管理システム構築に潜む黒い野望(1):はめられた開発会社、要件定義書に仕掛けられたワナ
書籍『システムを「外注」するときに読む本』には、幻の一章があった!――本連載は、同書制作時に掲載を見送った「箱根銀行の悲劇」を、@IT編集部がさまざまな手段を使って入手し、独占掲載するものです