現場で戦う教員が明かす、高校の情報科教育とセキュリティ対策の現状:@ITセキュリティセミナー2018.6-7
@ITは、2018年6月22日、東京で「@ITセキュリティセミナー」を開催した。本稿では、特別講演「教育ITで東大に受かるか?〜ITで実現する学力向上のポイント〜」の内容をお伝えする。
2013年の教育振興基本方針でICT活用のための諸方針や数値目標が公表され、2020年度から小学校でプログラミング教育が取り入れられるなど、いま、教育ITは大きな注目を集めている。だが実情は理想通りには進んでいない。
@ITセキュリティセミナーの特別講演「教育ITで東大に受かるか?〜ITで実現する学力向上のポイント〜」では、TechTarget Japanで教育ITに関する人気連載を担当するラックの武田一城氏をモデレーターに、現場で戦う教員が現状や課題について議論した。
パネリストとして登壇したのは、佐野日大中等教育学校で数学と物理を教える安藤昇氏と、関東第一高等学校で数学と理科を担当する横山北斗氏。
安藤氏は、2003年に後期中等教育の課程で情報科が必須科目となったときに、情報科教員の資格を獲得。以前からITを活用して学生の行動などを解析し、学習指導に役立てられないか考えていた同氏は、5年前に無線LANを中心とした学内インフラを設計、構築。学生および保護者に同意を得た上で、学生たちの行動履歴を収集し、学力分析などに役立てている。
一方の横山氏は、2013年度にiPadを試用して以降のIT環境整備の流れを説明した。関東第一高等学校では、2014年度にはiPad150台と全館に無線LAN環境を本格導入し、2018年度にはiPadからChromebookに変更してBYOD(Bring Your Own Device)も採用している。
Chromebookに切り替えた理由について横山氏は、キーボードが使えることと、端末やアカウントが管理しやすいことを挙げた。Windowsにしなかった理由については、関東第一高等学校と同じくiPadからChromebookに乗り換えたことを明かした安藤氏が「起動に時間がかかること」「45分という時間制限のある授業中にWindowsアップデートが走ると無線LANのセッションを占拠して何もできなくなること」を挙げ、横山氏も同意していた。
情報科教員が圧倒的に不足、現場の悲鳴も
ディスカッションでは、4つのテーマが掲げられた。
1つ目は、高校の情報科教育の現状だ。
安藤氏は、「他校から情報科教員はいないかと聞かれるほど教員不足で、他教員が2週間の研修で情報科の臨時免許状を取得し教えているのが現状。過去には英語や数学の教科の中で“やった”ことにして卒業させる高校があり、文部科学省の調査、指導が入ってニュースになったこともある」と、現場の負担を指摘した。そうした中で佐野日大中等教育学校では、教員免許状を持っているSEを採用している。
一方の関東第一高等学校の情報科では、WordやExcelなどを教えており、生徒は楽しそうに取り組んでいるという。
2つ目のテーマは、学校のセキュリティ対策だ。
関東第一高等学校にはシステム担当専門の職員がいて、トラブル対応などを行っている。佐野日大中等教育学校では、システムに2段階認証を採用。「先生はPCにIDとパスワードを付箋で貼っているし、学生は学生証にメモしたものを挟んでいて落とすので、漏えい前提の対策だ」(安藤氏)。
だが、こうした対策を乗り越えられる可能性もある。2016年6月に佐賀県教育委員会の情報システムが侵入され、1万人以上の個人情報が漏えいした例がある。犯人の少年はIDとパスワードを入手し、無線LANにアクセスして特権IDを取得した後、成績関係や生徒指導関係など各種情報を入手して公開した。
「そういう子は将来有望だと思う。そうした好奇心を褒めて伸ばしてあげることも大切」と述べた安藤氏。武田氏も「愉快犯と異なり、明確な目的を持って完遂しているのは、モノを考える力があるということ。良い方向へ、うまく道を示す姿勢も指導側には必要」と分析した。
3つ目のテーマは、小学校でのプログラミング教育だ。
「小学校では英語の必修化だけでもかなり苦労しているのに、さらにプログラミングも教えるというのは現実的ではない」と指摘した横山氏は、全般的なサポートの必要性を訴えた。
安藤氏も「そもそもプログラミングが得意な人は教員にならない」とし、安藤氏がYouTubeで使い方動画を公開している小学生向けの教育用マインクラフトを紹介して支援コンテンツの重要性を語った。
伸びる子はIT活用でさらに伸びる
そして最後のテーマは、教育ITを通じた学力向上の方法だ。
佐野日大中等教育学校では都心の大手予備校と提携し、2013年ごろに500講座をメディアサーバへアップロードして放課後に学生たちが視聴して独学できるようにした。その結果、「中位層の学生の成績は特に伸び、成果を上げた」(安藤氏)。
横山氏は、2017年に学生たちと一緒に東京大学を受験した際に、スマホアプリ「スタディサプリ」を活用した。現在は学内で誰でも利用できるような環境を作り、学習指導で生かしている。その結果、「スタディサプリの成果で、安藤氏の報告と同様な結果が出ている」と言う。ただし、独学でも進められる意欲ある学生は伸びるが、やる気が低い学生までリーチできないのが課題とした。
「同じ教室にいることで他人を意識し、頑張る傾向が見られる」と言う安藤氏の意見について、横山氏は同意しつつ「先生は仕事していないというクレームもどうにかしたい」と苦笑いした。
最後に武田氏は「ITは時間や場所を選ばず学べる環境を整えることができ、やる気のある子はどんどん伸びる。情報科教員の不足など課題は多いが、ITは教育に有効である」とし、講演をまとめた。
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