学校が世界一のデジタル環境になったら:中村伊知哉のもういっぺんイってみな!(12)
授業はアーカイブに蓄積され、家からも見られる。家族が授業テーマのアイデアを出す。そんな姿が実現されるかもしれない
海外は2013年に1人1台に。日本は7年の遅れ
生徒全員が持つタブレットパソコンで、「わたしの未来の学校」の絵を描いた。先生はそれを電子黒板に集めてみんなに見せる。そして、平面のデザインを3D(立体)に変換し、実際に設計できそうか、意見を聞く。みんながパソコンにペンで書き込む。話もする。どんな学校がいいの。だんだん「わたしたちの未来の学校」ができる。でも、正解は1つじゃない。考える。
授業の模様はアーカイブに蓄積されていて、家からも見られる。家に帰ると、家族が「未来の学校」のアイデアを出す。明日、学校で発表してみようと思う。 地域の人も見る。給食に意見のあるスーパーの経営者や見回りボランティアのおじさんたちが未来の学校を考える授業に来てくれることになった。
全員の端末がネットでつながっている。今日の社会科のテーマは政府の仕組み。家でサイトを調べて、共有画面にレポート結果を投稿する。学校の授業では、先生がそれをまとめて電子黒板に表示して、みんなで議論する。
「じゃあアメリカはどうなの中国はどうなの。」知らない。分からない。じゃあ外務省の人に聞いてみよう。テレビ会議システムでつないで、教えてもらう。アメリカや 中国にも問いかけてみる。日本語で送れば機械翻訳される。あ、メールが返ってきた。なぜ?って思うことはきっと答えてもらえる――
そんな近未来はどうだろう。いずれ学校でも家庭でも、情報端末やデジタル教材を使って、これまでにない教育・学習ができるようになるだろう。日本の学校を、世界一のデジタル環境にしてあげたい。
2010年、教育の情報化がようやく動き始めた。きっかけは2つある。
まずは、政権交代後、政府が力を入れ始めたことだ。現在、6人に1台程度の情報端末の普及を進め、2020年に1人1台の情報端末とデジタル教科書が使える環境を実現することを政府目標としている。文部科学省と総務省も連携して学校情報化の実験を推し進めている。
もう1つは、新しいデバイスが一斉に登場してきたことだ。タブレット端末や先生が使う電子黒板など。教育向けのパソコンも続々と市場に投入される見込みだ。デジタル教育で役立ちそうな機器やツールの具体像が見えるようになってきたのだ。
その背景には、日本の教育への危機意識がある。PISA(OECD生徒の学習到達度調査)2009年度の結果は、数学的リテラシー9位、科学的リテラシー5位。2000年度に数学的リテラシーで1位、科学的リテラシーで2位を誇った日本の成績は戻っていない。
日本は教育に対する公的支出の対GDP比がOECD諸国で最低レベルであり、子どもたちが学習に使えるコンピュータなどの機材も恵まれていない状況にある。不登校児童も増え続けており、勉強に対する意欲も国際的にみて低い。
そこで情報化の出番。そのメリットはすでに、「授業の質が向上した」、「授業改善ができた」という評価となって現場から多数の報告が上がってきており、学力の向上をもたらすというデータが世界的にも共有されている。学習意欲の向上や生活態度の改善にも寄与するという評価も多い。
ところが、日本は動きが遅かった。アメリカ、イギリス、ポルトガルなどが力強い足取りを見せている。韓国やシンガポールは2013年に1人1台環境でデジタル教科書の本格利用を予定している。日本は7年の遅れを見せることになる。
学習向けパソコンとして世界的に知られるのが「100ドルパソコン」。MITメディアラボが開発を進め、世界中の子どもたちに1人1台、パソコンを与え、インターネットでつなげることを目的とするプロジェクトだ。
実はこれは、アスキー創業者の西和彦さんと私のグループが、2001年7月にMITに提案したアイデアがきっかけとなったものだ。すでに35か国、130万人の子どもたちが使っており、ウルグアイではすべての子どもに配布されたという。言い出しっぺの日本が遅れているのだ。
とはいえ、政府を頼りきることもできない。教育情報化の予算はたびたび仕分けの脅威にさらされている。何より、内閣が猫の眼のごとく交代し、政権の基盤が定まらない中で、長期的で困難な課題に取り組むのは限界がある。民間が力を発揮しなければならない。
そこで2010年7月、「デジタル教科書教材協議会」(DiTT)が設立された。130社の会員企業が集い、教育情報化に取り組んでいる。小中学生1000万人がデジタル環境で勉強できるようにすることが目標だ。
政府計画を5年前倒しし、2015年には「全科目デジタル教科書の制作、1人1台情報端末の配備、全教室超高速無線LAN」を実現することを目指している。小宮山宏三菱総合研究所理事長(前東京大学総長)が会長を、私が事務局長を務めている。
すでに民間企業と小中学校とが連携して成果を挙げている事例も多い。教科書会社、教育関連企業、メーカー、ソフトウェアなどの企業に加え、ここにきて、出版社、新聞社、映画会社、放送局、ゲーム会社などがデジタル教材の開発に参入する動きがみられる。これまで培ってきたコンテンツ制作力を教育分野でも生かそうというのだ。
DiTTでも13の小学校と連携して実証研究をスタートさせた。マルチスクリーン、クラウドネットワーク、ソーシャルサービス時代の教育はどうあるべきか。どのようにして学校をワクワクしたデジタル環境へと進化させるか。力強く取り組んでいきたい。
Profile
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。
京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。
デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。
著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。
twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/
記事中写真:著者撮影
記事中イラスト:ピョコタン
アイコンイラスト:土井ラブ平
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