損害は8500万円以上ですが、「責任限定条項」があるので500万円しか払いません!:「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(64)(1/3 ページ)
見積もりでは500万円だったけれど、要件の追加がかさみ8500万円規模になったシステム開発プロジェクトが頓挫。本当の損害額は、おいくら???
皆さんは、システム開発委託の契約書というものを見たことがあるだろうか。ITエンジニアにはあまり興味を持てないドキュメントかもしれないが、たまには、ゆっくりと見てみることをお勧めする。そこに書かれているユーザーとベンダーの役割分担や不具合の定義、検収などについて、実は作業実態とは異なり、知らないで損をしたというようなこともある。
「ユーザーからの追加要件は、契約の目的に照らして実は受ける必要がなかった」「こちらに押し付けられた作業が、実はユーザーが行うべきものだった」など、現場のエンジニアが後で知るようなことは、少なくない。
IT訴訟事例を例にとり、トラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回は、契約の「責任限定条項」について、事例を挙げて解説する。
もっとも、今回の事例は「契約書をよく読んでいなかったからベンダーが損をした」というものではなく、「そもそも契約書に書かれている文言自体が妥当であるのか、妥当でないとすれば、その扱いはどうなるのか」という内容だ。少し変わった事件ではあるが、事例としては興味深く、普段めったに熟読することのない契約書というものに少しでも興味を持っていただきたいと考え、取り上げることにした。
「責任限定条項」とは?
事件の解説をする前に、「責任限定条項」について簡単に触れておきたい。
ベンダーがユーザーと請負契約に基づいてシステム開発を行う際、ベンダーの理由で契約解除となったときには、普通はそこに発生した損害はベンダーが負う。しかし、2億円で請け負った開発が途中で頓挫した場合、そこに発生する損害は請負代金の2億円だけでない。
そこまでに投入されたユーザー企業社員の人件費や本来なら不要になるはずだった古いシステムの延長リース料、保守料などが積み重なり、10億円にまでなる場合もある。
この10億円を一気に払えば、ベンダーの経営が窮地に陥るかもしれない。そんな危険性があるのでは、高額な開発を請け負えるベンダーが限られる、あるいは全くいなくなる、という可能性が生まれるのだ。
そこで、多くのシステム開発契約では「責任限定条項」を設定する。一種の「免責条項」であり、「どれだけ損害が大きくなっても、その賠償額の上限を定めて、それ以上は支払わずに済む」というものだ。具体的には、契約書に以下のように記される。
損害賠償
ベンダーの責に帰すべき事由により、ベンダーが債務を履行できなかった場合には、ユーザーはベンダーに対し、委託金額を上限として損害賠償を請求することができる。
「委託金額を上限として」という部分が「責任限定条項」だ。この一文があることにより、上述の例でいえば、「ベンダーは、損害がどれほど大きくなっても、2億円まで賠償すればいい」ということになる。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 「軽過失だが比較的重度の過失」とは? 法律家が読み解く、ファーストサーバ事件報告書
元ITコンサルタントの弁護士が、「法律」という観点から、IT業界で起こるさまざまな事件について解説します - もしもシステムの欠陥により多額の損害賠償を求められたら
システムの欠陥によって損害が発生したとして、作業費用6億5000万円の支払い拒否に加え、23億円の損害賠償まで請求された下請けベンダー。裁判所の判断はいかに? - サーバ屋がデータを飛ばしただと? 1億円払ってもらえ!
IT紛争解決の専門家 細川義洋氏が、IT訴訟事例を例にとり、トラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回は「レンタルサーバに保管したデータの保全責任」をめぐる裁判を紹介する。誰もバックアップを取っていたなかったデータが消滅したら、誰が責任を取るべきなのか? - 仕様書と通信方法が違うから、1銭も払いません!――全ベンダーが泣いた民法改正案を解説しよう
IT紛争解決の専門家 細川義洋氏が、IT訴訟事例を例にとり、トラブルの予防策と対処法を解説する本連載。民法改正がIT業界にもたらす影響の解説、第2回は「成果物」についての変更点を取り上げる - このシステム、使えないんでお金返してください
東京高等裁判所 IT専門委員の細川義洋氏が、IT訴訟事例を例にとり、トラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回も多段階契約に関連する裁判例を解説する。中断したプロジェクトの既払い金を、ベンダーは返却しなければならないのか?