第245回 世界一の半導体企業、NVIDIAはどこに向かう?:頭脳放談
オンラインイベント「GTC 2020」の基調講演からNVIDIAの今後の方向性を探ってみる。以前のPCゲーム向けのグラフィックスカードベンダーではない、データセンター向けのソリューションや自動運転などのさまざまな方向性が示されている。
2020年10月5日から9日まで、NVIDIAが「GTC(GPU Technology Conference) 2020」という催し物をオンラインでやっていた(GTC 2020の基調講演は、「GTC 2020 基調講演」で無料視聴可能。日本語字幕あり)。NVIDIAが「GTC 2020をやっていた」というのは少々語弊があって、「リアルタイム」の参加は終わっているが、参加費を払って(99ドル)登録してあれば、2020年10月中は後追いで視聴できるようになっている。1000以上のセッションがあるということなので、多分、一人で全てを視聴することは不可能だろう。
筆者はといえば、乏しいお金と時間をNVIDIAにささげるのも何だかなということでお金は払っていない。しかし、太っ腹なNVIDIAのことである、一部の基調講演(キーノートスピーチ)などはYouTubeで公開してくれている。ご存じの通り、NVIDIAは先日、Armの買収を発表したばかり。当然ながら、今後のNVIDIAの戦略に組み込まれるはずのArmの方向性も気になるところだ。早速、基調講演を見ていこう。
キーノートスピーチをかいつまんで勝手に紹介
NVIDIAの有名なCEO、ジェンスン・ファン(Jensen Huang)氏(いつも革ジャンの人)のキーノートをYouTubeで視聴させてもらった(GTC 2020のキーノートスピーチは「NVIDIA GTC 2020 Keynote」でも視聴可能)。1時間を超えるビデオが9分割されている。まずはその内容をかいつまんで勝手に紹介させてもらおう。
GTC 2020の基調講演より
「GTC 2020 基調講演」で示された映像。もはや実写なのか、コンピュータグラフィックスなのか分からない領域になっている。他にも医療への応用や自動運転など、さまざまな方向性が示された。
Part 1の「The Coming Age of AI」から、Part 9の「Computing for the Age of AI」まで、全編AIで貫いているスピーチだ。スピーチといって途中にビデオ映像なども適宜差し込まれている。一部の実写シーンなどは別にして、ほとんどは自社のGPUで生成した映像だろう。
Part 1の導入でこれから語ることの予告にもなっているカッコイイ映像(多くはグラフィックス)が映しだされ、背景に音楽が流れる。チラリとその音楽の収録シーンが織り込まれているが、ここは実写だ。盛んに「Omniverse」という言葉を使っている。Omniverseは、NVIDIAの3Dデザインコラボレーションプラットフォームである。コンピュータの中、シミュレーターで計算され構築された世界が実世界を映し出している感じか。計算し、映像化するのはもちろんNVIDIAのデバイス、というストーリーだ。
途中のビデオも一瞬実写かと思って見ていても、ほとんどがコンピュータグラフィックスである。NVIDIAの本領発揮というところだろう。もちろん、商売の主力のAmpere GPUは最初の方のPart 2で登場する。だが、そういう世界を映し出す装置といった扱いである。しかし、ファン氏の前にはどのPartでも目立つ位置にグラフィックスカードが置かれている。
Part 3では、時節柄、病気が取り上げられている。創薬への応用だ。「イン・ビボ(in vivo:生体内。マウスなどの実験動物を使った試験)」とか「イン・ビトロ(in vitro:試験管や培養器で人や動物の組織を使った試験)」とかいう用語は聞いたことがあったが、スーパーコンピュータを使って行う創薬は「イン・シリコン」というらしい。もちろん、これもAIである。スーパーコンピュータに使われているのは、「NVIDIA DGXファミリー」だ。
続いて中盤のPart 4からPart 5はデータセンターでの応用である。どうもここに一番力が入っている感じで分量が多い。Part 4 ではNVIDIA(のGPU)がいかに主要なデータセンターのビジネスで受け入れられているのかアピールされている。
そして、Part 5 ではNVIDIAが「DPU」と呼ぶデバイスとDOCA(CUDAと合わせたのだろうが、日本語で発音すると「どこだか分からない」感じになる)というソフトウェアインフラ、ボードとしては「BlueField-2」と呼ぶもので、データセンターのインフラを「更新」しないかと提案するのだ。
ここにはNVIDIAが2019年に買収したネットワークのMellanoxが登場する(Mellanoxについては、頭脳放談「第219回 謎の会社『Mellanox』が好調の理由」参照のこと)。そして、これから買収するArmも登場する。x86系のデータセンターをNVIDIA製品で完全に置き換えたいようだ。
Part 6では、「AI for Every Company」という題でデータエンジンについて語っている。データセンターの運営側から利用する側に視点を変えた感じだ。Part 7では、「Edge AI」のプラットフォームを例として、ロボットが活躍する大規模なウェアハウス(倉庫)などを例に挙げている。Part 8で、メルセデスベンツの自動運転車を例に、エッジ先である末端の装置の自動化を挙げている。基幹のデータセンターから末端の自動化装置までスキなしの体制を総ざらいした感じである。
そして、最後の Part 9では、買収を発表したばかりのArmの登場だ。ただ、Part 9の6分50秒のビデオのうち、Armについては最初の1分ばかりである。買収は発表したものの、各国の規制当局の許可が下りたわけではないし、あまり多くを語るわけにはいかない段階だろうから当然か。その中で、ArmのエコシステムにNVIDIAの技術を注入していくみたいなことをちらっと言っている。まだ具体的にどうなるのか分からないが、危惧する人が多いわけである。
Part 9の残りはキーノートのまとめと、最後3分の1の音楽の収録シーンである。この収録がロンドンのアビーロードスタジオ(ビートルズ世代の聖地?)で行われていることが分かる。オーケストラの譜面台の上にはNVIDIAと印刷された楽譜が載せられているのがチラリと見える。そしてPart 1の冒頭で使われていた音楽の実演奏シーンがしばらく流れてお開きとなるわけだ。かっこいい。「英国のArmを買収するくらいの金を持っているよ」という無言のアピールと見たのは貧乏な筆者の僻(ひが)みの目か。
クジラは大海でないと生きられない
全編を取り巻いているのは、NVIDIAがビジネスにしているAIの市場が急激に伸びている、その市場をNVIDIAが占拠できるというムードである。その背景には、NVIDIAが米国半導体会社トップの時価総額となったという事実も影響しているように思える。
小さな魚は小さな池でも成長していけるが、クジラは大海でないと生きられない。NVIDIAは、一般の人には縁遠いGPUという市場で急速に大きくなったわけだが、「今後はどこで成長を続けるつもりか?」と問われているのだと思う。
Intelなども、CPUでほぼPC市場を制覇してしまった後に直面した問いだ。Intelはいろいろと手を出したものの、結局、CPU以外の柱は細くて長期低迷にハマり込んでいるように見える。NVIDIAにしたらその二の舞にならないためにも、自身が向かっている市場がまだまだ伸びる巨大市場で、そこで成長できるのだ、と言いたいのだとみた。
途中、ファン氏がちらっと言っていたと記憶しているのが「(NVIDIAの製品を)たくさん買えば、たくさん(お金を)セーブできる」という言葉だ。つまりデータセンターであれば、同じ費用でより多くのトランザクションを処理できるからよりもうかる、ウェアハウス(倉庫)であれば、自動化で人手を減らすとともに間違いを減らす(業種に関わらずわずかな比率の問題が利益のかなりを吹き飛ばす)ことができるからよりもうかる、といった発想だ。B2Bの商売の発想であり、アナリストといわれるような人々には受けがいいんじゃないかと想像する。
計算のコスパこそがNVIDIAを支えている
「しかし」と思う。NVIDIAの強みというのは、「ともかく計算が速くできる」、もっといえば「計算のコストパフォーマンス(コスパ)がよい」という一点に支えがある。開発ツールとか(今回のビデオでNVIDIAの出しているSDKの種類は100種以上もあることが分かった)、協業(多数の会社と協力関係にあることがビデオの端々でアピールされていた)だとかそれを横から支えるものがないわけじゃないが、計算のコスパこそがNVIDIAを支えている。
ただ、この状況、今のNVIDIAほどの巨体になると結構もろさもある感じがするのだ。NVIDIAにしたら黒歴史かもしれないが、ブロックチェーンのマイニングブームの頃に一時起こったNVIDIAのグラフィックスカードが市場から売り切れて消えてしまった事件などがいい例である。覚えているだろうか? ブーム初期には、GPUを使ったマイニングが主流だったので、NVIDIAのグラフィックスカードが買えなくなって問題となったのだ。多分、一番困ったのはPCゲーマーの人たちなのではないだろうか。
しかし、よりコスパのよいASICを使ったマイニング専用機が登場して、GPUによるマイニングはアッという間に廃れた、と記憶している。計算そのものは、秘密でも何でもないので、誰でもできる。ただ、それをよりよいコスパでやって見せられるかどうかにかかっているのだ。どうしてもこれじゃないとダメ、というチョイスではなく、その時点、その時点で最もよいコスパのものが選ばれるプロの市場は多い。一度ひっくり返ると、オセロのように白と黒が一気に逆転しそうな局面がままあるんじゃないかと思う。
米国はプレゼンの上手な経営者が多い。NVIDIAのファン氏もそんな名物経営者の一人と言っていいだろう。だだ、今回のビデオを見ていてふと思い浮かべてしまったのは、ジャパネットたかたの先代社長だ。あちらはテレビショッピングだが、聞いているうちにだんだんと買わないといけないような気になってきたのを思い出す(買ったことないけど)。ファン氏は、タイプは違えどそんな感じだ。「NVIDIAを買うともうかるのだ」、つい無意識に刷り込まれている人も多いことだろう。
筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
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