死人が出てもかまわん、スケジュール厳守だ!:コンサルは見た! 偽装請負の魔窟(7)(2/3 ページ)
新興ベンダーが契約外作業で手伝ったシステムでデータが消失した。責任は誰が? 補填(ほてん)はどこが――?
澤野さん、こりゃまずい
同日。美咲たちに苦しい状況を打ち明けて幾分軽くなった心を胸に、翔子がイツワのシステム本部に戻ると、サンリーブスの席が空っぽだった。不安に思った翔子がバッグからスマートフォンを取り出すと、幾つもの着信とメッセージが届いている。皆、イツワプロジェクトのメンバーからだ。一番新しい野口からのメッセージを開こうとしたとき、新しい着信が入る。当の野口からだ。
「もしもし? 今どこにいるの?」
尋ねる翔子に、野口が早口で答えた。
「『東通』さんのプロジェクトエリアです。すぐに来てください!」
翔子がプロジェクトエリアに入ると、長机の前にサンリーブスのメンバーが一列に座っていた。皆、姿勢を正して下を向いている。一番奥に座る桜田みずきの目が潤んでいる。
机を挟んで反対側には東通の岸辺と堺、そして川崎が黙ったままサンリーブスのメンバーを真っすぐに見ていた。
東通は同じプロジェクトのメンバーとして親近感を覚えていた相手であった。また、翔子は知らなかったが、みずきは東通の仕事を手伝っており、つい先日も顧客の信用情報マスターデータを使ったテストプログラムを作ったばかりだった。
「あの……」と声をかけた翔子を東通の3人は振り向いたが、サンリーブスのメンバーは誰一人、顔を上げようともしなかった。
「澤野さん、こりゃまずい」
東通の岸辺が低い声で言った。
「何かあったんですか?」
「何かあったじゃないですよ」と、厳しい言葉を吐いたのは堺だ。
「桜田さんが持ってきたUSBがウイルスに汚染されていたんです」
「えっ?」
「Bad USBです。中に混入していたウイルスが、東通が何カ月もかけて苦労して作ったテストデータを全て消し去ってしまったんです」
興奮気味の堺に続いて、川崎が説明した。
「桜田さんのUSBを調べさせてもらいました。サーバのログから見ても間違いありません。先週桜田さんにテスト用のプログラムを作ってもらったんです。それをUSB経由で東通のサーバに入れた。そのときにウイルスが入り込んだんです」
岸辺が片方の肘をつき、その腕の上に頭を乗せて髪をかきむしった。
「今からテストデータを作り直していたら2カ月はかかり、その分プロジェクトが遅れる。最終リリースが遅れるんですよ? この意味分かりますか、澤野さん。銀行の勘定系のリリースが遅れるなんてビッグニュースだ。イツワは金融庁から責められる。われわれも、お宅も、ただじゃあ済まない。ああ、もう一体、どんなセキュリティ管理してるんですか!」
返すべき言葉が頭に浮かばない。岸辺は普段から正直で裏表のない人間だ。その彼が言うのだから、ウイルス混入の原因がみずきのUSBであることに間違いはないだろう。
しかし、サンリーブスチームはそもそもUSBメモリの使用を禁じている。サンリーブスの行っている画面開発はイツワが準備した共通の開発環境で行っているため、プログラムやデータをイツワや他ベンダーとやりとりするにも、行内のネットワークを通じて行っている。USBメモリなど必要ないのだ。
東通が担当する信用情報管理は、その機密性の高さから他のチームの開発環境とは切り離して行われており、そこではUSBメモリを使うこともある。しかしそれは、サンリーブスのメンバーとは関係がない。みずきがUSBをここに持っていることも、それを東通のPCに差すことも本来ありえないことなのだ。
「桜田さん。これは確かなことなの?」
みずきは動かない。少し震えているようにも見えるが、その様子からして岸辺の話に間違いはないのだろう。本当にサンリーブスだけが悪いのか、そもそも契約外の作業を依頼し、大切なデータを保持するサーバとつながるPCに外部の人間のUSBを挿入させることに問題はないのか――そんなことも頭をめぐりはしたものの、今それを言ったところで前向きな解決ができるわけでもない。
「申し訳ございません」
翔子は東通の3人に深々と頭を下げ、その姿勢を十数秒ほど保った。合わせるようにサンリーブスのメンバー全員が頭を下げた。
「謝られても……」
堺がわざとらしく声に出したが、岸辺がそれをとがめた。
「お前も、そんな偉そうなこと言えるのか? ウチの大切なデータのあるシステムに、他社のUSBメモリを差させるなんて、どう考えても認識が甘いだろ!」
にわかにひきつった堺の顔をちらりと見た後、岸辺は続けた。
「とにかく、田中課長に報告しないわけにはいきません。澤野さん、ご一緒いただけますね」
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