本社に支援を頼むから安心して!→だが、助けは来ず:コンサルは見た! 偽装請負の魔窟(8)(1/3 ページ)
契約外で行った作業のミスが元で地獄と化したプロジェクト現場。倒れるエンジニア、姿をくらます経営者。孤立無援のプロマネに救いの手は来るのか――?
登場人物
サンリーブス
ベンチャー企業。AIソフトの開発を得意としていたが、最近はさまざまな案件を請け負っている
東通
大手老舗ITベンダー。イツワ銀行勘定系システム刷新プロジェクトでは、顧客の信用管理機能のスコアリングパートを受け持っている
A&Dコンサルティング
大手コンサルティングファーム
前回までのあらすじ
偽装請負が横行している「イツワ銀行」の勘定系システム刷新プロジェクト。パートナー企業「サンリーブス」のプロマネ澤野翔子は経営陣に事態の改善を依頼するが、社長にごまかされてしまう。そのころイツワのプロジェクトルームでは、翔子の部下桜田みずきが業務外で手伝った際に使用したUSBが原因で「東通」のテストデータが消失したことが判明。翔子と東通の岸辺はイツワの行員たちから罵声を浴びせられた。
ワタシ、行かなくちゃダメ……ですか?
「いやあ、えらい目に遭いましたね」
イツワ行員たちの怒声や罵声からようやく解放された東通の岸辺は、澤野翔子に笑いかけた。
「本当に……」
翔子も遠慮がちではあるがほほ笑んだ。2人の間には、共につらさを耐えたシンパシーのようなものが生まれていた。
「でも、これからが大変です。何とかして一刻も早くデータを戻さないと」
「そう……ですね」と、翔子は少し口ごもった。
確かに契約外の作業が原因とはいえ、サンリーブスの責任は大きい。メンバーたちにも東通を手伝わせなければならないだろう。イツワや東通に命じられるのではなく、サンリーブスの翔子の命令であれば、偽装請負には当たらない。
ただ、メンバーたちは今、それでなくても連日の深夜に及ぶ作業で疲弊している。これ以上の負担は現実的に考えても無理だ。
「ウチも……手伝えるように調整してみます」
そう答えるのが精いっぱいだった。岸辺は翔子の顔をのぞき込んで心配そうに問い掛けた。
「大丈夫ですか? 失礼だが、サンリーブスのメンバーは、今も毎日遅いようですが」
「それでもウチが何もしないわけにはいきません。本社に応援を頼んでみます」
翔子が席に戻ると、サンリーブスのメンバーが待っていた。翔子は全員の顔を見ながら静かに話した。
「分かったでしょ? これがよその仕事を安易に引き受ける危険の一つ。これからは何があっても、東通のデータを復旧させなければいけない。どれぐらい時間がかかるか分からないけれど。自分たちの成果物を予定通りに作っても、契約外で受けた仕事の責任を負わされる。時間も取られる。こうやって二重、三重の苦しみが一気にやってくるのが、偽装請負の危険なのよ」
メンバーたちは、言葉もなくうなだれていた。
「どうするんですか?」
メンバーの野口がかすれた声で尋ねた。
「まずは、今受けているよその仕事は全部断りましょう。当然よね。それから、ウチの作業もいったんやめます。私は野口さんとスケジュールを調整します。他のみんなは、とにかく東通さんを手伝って」
「結局、ウチの作業が遅れるんですね」
野口の隣に座る西城が、座ったまま上を向いた。その後ろに青い顔をして座り込む桜田の姿が見える。
「本社に支援を送ってもらうよう掛け合います。1日でも早く来てもらうようにするから、頑張って。みんなで協力し合えば、何とかなるはずよ。さあ、動きましょう」
その声を合図に、メンバーたちが席を立ち、重い足取りで東通のプロジェクトルームに向かった。しかし桜田みずきだけは、座ったきりだった。
「どうしたの? あなたも東通の手伝いに行かなくちゃ」
しかし、みずきは動こうとせず、座ったきりだった。
「ワタシぃ……行かなくちゃダメですか?」
「当たり前じゃない。こんなこと言いたくないけど、あなたがここに座ってたら、東通だってサンリーブスのみんなだって、納得しないでしょ」
「でもワタシ……もう、怖くてぇ……」
翔子は抑えきれない衝動が湧き上がってくるのを感じた。
「いいから早く行きなさい! 一体、誰のせいでみんなこんな苦労をするハメになったと思ってるの!」
みずきはその後もしばらく下を向いて座っていた。やがてノートPCをパタンと閉めて立ち上がり、フラフラと歩き出したが、その途端、しゃがみこんでしまった。
「桜田さん!」
駆け寄る翔子の足元で、みずきはただガタガタと震えていた。結局みずきはそのまま帰宅し、次の日に過労で入院してしまった。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- コンサルは見た! 偽装請負の魔窟(1):口うるさいプロマネはチェンジだ!
システムと人間のトラブル模様を描く「コンサルは見た!」。Season5(全11回)は「偽装請負」が招く悲劇を描きます。美咲と白瀬は、心身ともにボロボロになっていくエンジニアたちを救えるのか――? - YOU、読んじゃいなよ――小説で学ぶシステム開発トラブル解決法「コンサルは見た!」、待望の電子書籍化
人気過去連載を電子書籍化して無料ダウンロード提供する@IT eBookシリーズ。第43弾は「コンサルは見た! Season1 与信管理システム構築に潜む黒い野望」。粗い要件定義書、荒ぶるユーザー担当者、銀行業務に明るくないシステム開発会社――箱根銀行のシステム開発プロジェクトのトラブルを若手コンサルタントが解決する痛快IT小説だ - AIシステム発注に仕組まれたイカサマを美人コンサルは見抜けるのか?!――システム開発トラブル小説「コンサルは見た!」、Season2が早くも登場
人気過去連載を電子書籍化して無料ダウンロード提供する@IT eBookシリーズ。第45弾は、「コンサルは見た!」シリーズのパート2が早くも登場。正式契約をにおわせて無料でプロトタイプを作らせた揚げ句、AIの学習データまで奪った悪徳顧客。だまされたシステム開発会社は泣き寝入りするしかないのか――? - コンサルは見た! 情シスの逆襲(1):裏切りの情シス
小塚と羽生――同期入社の2人を引き裂いたのは、大手高級スーパーのIT化を巡る政治と陰謀だった。「コンサルは見た!」シリーズ、Season4(全12回)のスタートです - コンサルは見た! オープンソースの掟(1):ベンチャー企業なんて、取り込んで、利用して、捨ててしまえ!
ソースコードを下さるなんて、社長さんたらお人よしね――「コンサルは見た!」シリーズ、Season3(全9回)のスタートです