第246回 AppleがはじくArmコアの自社製SoC「M1」のそろばん勘定:頭脳放談
Appleが自社製SoC「M1」と、それを搭載するMac製品を発表した。Intel製プロセッサからArmコアを採用した自社製SoCへの移行が開始されるわけだ。なぜAppleは、Intel製を止め、Armコアに移行するのか、筆者がその背景を推測する。
頭脳放談「第242回 MacのArm採用はIntelからArmへの時代の流れ?」で、Appleから「Macのプロセッサを切り替える」という発表があったときにも一度書かせていただいている。
今回は、Applが次世代「Mac」とともに、最初の自社製SoCチップ「M1」を発表した(Appleのプレスリリース「次世代のMacを発表」「Apple、M1チップを発表」)。Appleの発表資料から1文引用させていただけば、「業界をリードするパフォーマンス、パワフルな機能、そして驚くような電力効率を持ったM1は、AppleがMacのために設計した初めてのチップです」ということだ。
このチップの搭載製品の発売により「Appleシリコン」への移行期間が始まるわけだ。IntelプロセッサからAppleシリコンへの移行期間は、約2年を予定しているらしい。この期間にIntel製のプロセッサを搭載したMacは、製品ラインから消えていき、Apple自社製チップを搭載したMacに置き換わっていく。
何でIntelは切られたのか?
このプロセッサ移行の件で、ずっと筆者が気にしているのは「何でIntelは切られたのか?」という点である。確信していいのは「Intel製のプロセッサを買い続けるよりも、自社製のSoCに変えた方が『もうかる』とAppleが判断した」という事実だろう。商売なのである。いくらいいものでも、カッコいいものでも、もうからないものに変えはしないだろう。その「もうかる」チップの最初の製品が「M1」ということになる。
AppleとIntelの関係は、B2Bの関係である。本当のところ、AppleがIntel製品のどこに不満を持っていて、かつIntelの対処がどうだったのかは、詳細に知ることはできないだろう。しかし、遠目から眺めていると、Intel側の「落ち度」というべきものは結構明らかだったと思えるのだが、どうだろうか。
その発端というか、最大の原因の1つが、Intelの製造技術(プロセス)の停滞というべきか、迷走というべきかであろう。かつてAppleがIntel製プロセッサをMacに採用したころ、常に世界の最先端を走っていたはずのIntelのプロセスが、いまや台湾のTSMCなどの有力ファウンダリの後塵(こうじん)を拝している。
そして、製造プロセスの迷走は、製品デリバリーの問題を引き起こし、ここ何年も製品の品薄が続いた。買う側からすれば「高性能の製品を低価格で買いたい」のは当然だ。IntelがAppleにどのような値段でプロセッサを納めていたのかは知る由もないが、最大級の大口顧客でもあり、かなり「お買い得」な価格だったと想像される。
それでもそろばん勘定の上では「Intelの製造コスト」+「Intelの粗利(粗利にはIntel側の設計費用も間接的に含まれる)」で決まるチップ単価を支払うより、Appleの「ファウンダリなどへ払うコスト」+「Armへのロイアルティ」+「社内開発コスト」の方が安かった、と考えられる。もちろん、性能や機能が落ちてしまっては最終製品の魅力ダウンとなって売れ行きに影響するから、性能や機能も、向上するという前提であるのだが。
半導体業界の通例からすると、Intelのプロセッサの粗利率は、かなり高いことが推定されている。それに対してArmに払うロイアルティなどは「大したパーセンテージではない」はずである。
Apple社内の開発コストは意外と安い?
問題は、Apple社内の開発コストだが、iPhoneなどのために長年、開発設計部隊を維持してきている。今回のMac向けに増強はしているのかもしれないが、まるまる新規に開発コストがかかってくるわけではない。使用しているIP(設計部品)などもゼロからではないだろうから、実は開発費は抑えられているのかもしれない。むしろ割合として大きいのはファウンダリなど(前工程だけでなく、組み立てやテストなど総費用)に払うコストである。それとIntelに払うコストを比べたら、Appleが「自社でやった方が、もうけられる」とそろばんをはじいていると思われる。
そろばん勘定の前提として、自社でやっても、「性能や機能が同等以上のものを作れる」という点があるわけだ。Intelのプロセッサを買っている会社の全てがそういうそろばん勘定ができるのであれば、Intelは干上がってしまう(その兆候がないわけではないが)。
AppleにはApple経済圏がある!
しかし、それを成り立たせている条件には、Appleの特徴的なビジネスモデルの存在がある。PCにせよ、スマートフォン(スマホ)にせよ、完成品ハードウェアを販売している会社は多いが、そのほとんどは、ハードウェアの利益が主である。サービスなどでリカーリングビジネス(商品やサービスを売るだけでなく、継続的に収益を上げ続けるビジネスモデル)でやりたいと思っている会社は多いが、ことコンシューマー向けで思ったようにできている会社は少ない。
ただ、Appleは違う。ハードウェアをコンシューマーに販売するだけでなく、それらを買った人々は、Apple経済圏とでもいうべきものに取り込まれ、各種費用を支払い続けるようになるわけだ。
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