検索
連載

第249回 半導体が足りないのはTSMCに製造委託が集中しているせい? のウソ・ホント頭脳放談

最近、半導体の需要が増えて、クルマ用半導体が足りず、自動車自体の減産に追い込まれている、というニュースが流れた。この報道を受けて、半導体生産がTSMCに一極集中していることと関連付ける解説も見かける。クルマ用半導体が足りないのは本当にTSMCのせい?

Share
Tweet
LINE
Hatena

 このところ半導体不足の件があちらこちらで大きく取り上げられている。2021年1月に、ホンダが小型車の主力「フィット(Fit)」で約2500台、軽自動車「Nシリーズ」で約5000台を当初の計画より減産するという関係者の話をロイターが配信して、これを他のマスコミに大きく取り上げられたのが、きっかけになったように思われる。

 頭脳放談「第225回 なぜ『IntelのCPU不足』はなかなか解決されないのか?」で解説したようにPC用のCPUはかなり前から不足しているし、いまでも状況はそれほど改善していないようだ。このように以前から半導体不足問題はくすぶっていたはずなのだが、自動車製造に直接の悪影響ということになって、広く関心を集めたのだと想像する。自動車7500台というのは具体的に想像しやすい。ざっくり1台180万円として135億円になる。日本は自動車産業で持っているという頭がみんなにあるせいか、自動車が絡むと扱いが大きくなるのだ。

 別に問題を矮小(わいしょう)化しようというわけではないが、もし不足する半導体が1種類で、1台に1個、いや車輪1つに1個としても、たかが3万個(7500台×4個)だ。半導体的には大した数量ではない。ただ、その不足の向こうに恒常的かつ大きな問題が見えるように思われるので、みんな問題にしているのだと思う。

半導体不足の原因は?

 アナリストは既に原因を突き止めているのかもしれないが、問題そのものはミクロからマクロまでいろいろな要因が絡み合っていると思われる。

 まず、自動車業界にのみ着目するならば、2020年の生産計画の予想が大幅に外れたことに主因があると思う。2020年前半は新型コロナウイルスのせいで、どこまで生産を縮小するかみんな恐れていたに違いない。強気で拡大基調の計画を立てていたとはとても思えない。そんな状況であるにもかかわらず、年の後半になって自動車の需要が急拡大した。結果、利益を上方修正した自動車会社もあったのはご存じの通りである。

 ところが、半導体の製造には何カ月ものリードタイムがあることを思い出してほしい。「需要が拡大したから数量を増やせ」と急にいわれても、当該の半導体メーカー側は需要の急拡大に対応できなかったのだろう。重要顧客のために当然、押っ取り刀で増産アクションを取るけれども、効果が出てくるまでには、数カ月のタイムラグが発生するのだ。

 数量の多寡は、時間的なタイミングの前後に変換され得るわけだ。それゆえに重要な需要家と半導体会社の間では、正式な発注前に今後の数量見通しなどを絶えず情報交換しているものだ。

コロナ禍で先読みが難しくなっている?

 通常の体制であれば、平年の多少の変動幅には対応可能なはず。しかし、世界的なコロナウイルス感染の環境下で、先を読むのは難しい。マイナスからプラスに大きく変動するような状況では、それほど機動的に運用できるとも思えない。読めない時はコンサバな判断に傾きがちなものだと想像する。

 だいたい半導体の製造工場側は、稼働率を常に維持したい、というモチベーションがあるものなのだ。なぜならば、工場コストの割合が、材料費や人件費といった変動費ではなく、高価な工場設備にかかる固定費に傾いているからだ。工場全体の稼働率が下がると、それだけでもうからなくなってしまう宿命にある。口を開けて待っているという選択はないのだ。

 コロナウイルス下でのリスク回避としては、まずは稼働率の維持が重要だ。稼働率が目標水準にあるならば、今度はその中で利益が最大となる製品ポートフォリオを考える、という行動になるだろう。重要顧客とはいえ、数量が比較的大きくない自動車を待つよりも、直近で数量が多い別の製品に工場のキャパシティーを割り振っていた、という可能性は高い。

もはやシリコンサイクルの時代は終わった?

 ここまで書いて何十年かぶりに思い出した言葉がある。BBレシオ(Book-to-Bill Ratio)というものだ。出荷額に対する受注額の比である。原理的にはどの業界でも算出可能な指標だと思うが、かつての半導体業界では特別なものだった(発表がなくなって久しいが)。「半導体製造装置に関する指標なので、半導体生産の先行指標だったのだろう」と指摘する方もいる。しかし、そうなったのはかなり「後」になってからで、かつては半導体製品そのものについての指標であった。なお、いまでは製造装置についてのBBレシオも発表されていない。

 BBレシオは年寄りの筆者が外資系の半導体会社に就職したころ、最初に覚えた言葉の1つであり、すぐに毎月発表される値に一喜一憂するようになった。

 BBレシオが「1」を超えていれば先行きが明るい、「1」を切るとヤバい(レイオフなどという言葉が聞こえてくるのだ!)という感じ。まさにこの半導体製品についてのBBレシオにみんなが一喜一憂していた時期こそ、4年周期(オリンピックと連動していると思われていた)の「シリコンサイクル」というものがアカラサマであった時期であるのだ(シリコンサイクルの詳細は頭脳放談「第8回 シリコンサイクルは神の見えざる手か、都市伝説か」参照)。

 1970年代以降、80年代から90年代くらいの時期のBBレシオのグラフがあるとその周期性にびっくりするかもしれない(残念ながらここに掲載できるようなデータが手元にないのだが)。経済学者か、アナリストの方には、既に解析済みの古い現象かもしれない。

 現場の下っ端で見ていた筆者からすると、チキンレースの結果に見えた。幾つかの要因がある。まず、半導体に対する需要そのものは、その年代を通じて拡大基調にあった。もちろんオリンピックごとにテレビが売れるといった端的な現象もあったが、マクロな視点で半導体需要は拡大を続けていたのだ。

 空間的には初期の半導体営業は「米、欧、日」の3極で尽きていた。欧州営業などといっても特定の数カ国で全てだ。けれど、日本がアジアパシフィックになり、そして世界になっていった(いまでは当時の日本人には地の果てに見えた国ですらGB単位のメモリを人々が普通に買っているはず)。

 主要顧客もコンピュータ(パソコンですらない、メインフレームである)中心から、産業用途、そして普通の消費者に広がっていった。その拡大基調の中で非常に多くの半導体会社(当時は垂直統合型のデバイスメーカー中心だったから、ほぼ「工場」といっていい)がチキンレースを繰り広げていたのだ。

 ムーアの法則にのっとり(?)、半導体の製造プロセスはほぼ一定の割合で進化していった。つまり、あるプロセス用の工場はどんどん陳腐化していくのだ。新たな製造装置を買い、新たな工場を建て続けなければ、半導体ビジネスから脱落するような状況下であったのだ。

 BBレシオが上がっているときは、どこの工場も仕事が多い。しかし、落ちてきて苦しくなっても、次の拡大期をにらむならば、手を緩めるわけにはいかない。先んずれば他を圧して先行者利益をかき集められる。手を抜けばビジネスからたたき出される。このため他社の動向を見ながらチキンレースが繰り広げられることになった。

 その結果、ある時期には製造キャパシティーがあふれ、ほとんどの会社が苦しむことになる。しかし、大局的には半導体には新たな需要が生まれ続けていた。一時的に余剰が見られた製造能力も活用され、今度は不足するのだ。こんなサイクルが繰り返されていた結果の4年サイクルだったと思っている。

チキンレースは終わりTSMCが残った

 しかし、そんなパターンにもジワジワと変化が起こっていた。レースに参加するための掛け金、端的にいうと半導体製造装置の高騰だ。昔だって安いものではなかったはずだが、1台数百万、数千万といったオーダーが、いまや数百億のものまである。1つの工場を造るのに、数十億円、数百億円だったのが、いまではざっくり1兆円、みたいな世界になっている。

 結果、サイクルの度に振り落とされる会社(工場)が出てきた。いまでも半導体会社は多いが、結局のところ自分で工場を持つことを諦め、ファウンドリ(半導体製造工場)に委託、という水平分業に移行している。

 そして、ハッキリいって、みんなTSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング)に頼り過ぎている。これも致し方ないといえば致し方ない。いまや最先端の半導体を製造できるファウンドリは、TSMCとサムスン電子くらいだからだ。

 だいたいオランダの「ASML」から1台数百億円といわれるステッパー(露光装置)を買わないと、最先端の半導体は製造できないが、ASMLが年間製造できる装置は数十台と聞く。かつてのBBレシオの周期変動のようなチキンレースなど成立しない世界になっていると思う。

 前述のようにオリンピックに同期するように好不景気が起きていた時期はとうに終わり、ある意味ステーブルな状態へと遷移しているのだ。そう考えると半導体不足、というのは異常事態でも何でもなく、ニューノーマルってやつに思えてくる。

 まぁ、車載用のフラッシュマイコンなどの半導体は、最先端プロセスで作っているわけではない(ロジック、アナログ、フラッシュ混載のため、40nmくらいのプロセスでないと作れない)から選択肢はあるはずだ。ただ切り替えにも時間がかかる。

中国半導体の台頭が再びシリコンサイクルを引き起こす?

 この状態がずっと続くとも思われない。再びシリコンサイクル現象を引き起こす可能性の一番手だったのが、中国半導体だった。SMIC(Semiconductor Manufacturing International Corporation)を先頭に急速に追いかけてきている彼らは資金力にものをいわせて飛び出してくる可能性があった。

 ところが、このところの米中摩擦でその勢いがそがれている。歴史的に見れば、中国で半導体製造が広まったその最初期(20世紀末〜21世紀初頭)から、中国半導体が急速に最先端プロセスに行くことがないように、いろいろな障害が設定されていた。いまに至って急に方針が変更になったわけではないのだ。彼らもいろいろな策を、あの手この手で乗り越えて、いまのレベルに達しているから、このままの推進力で来れば、いずれはキャッチアップするのではないだろうか。

 摩擦で時間かせぎしている間、ステーブルな状態が続くのか、それとも思ってもみない現象が起こって再びシリコンサイクルが始まるのか。コロナウイルスの一件を見るにつけて、凡愚には想像もつかないが。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。


Copyright© Digital Advantage Corp. All Rights Reserved.

ページトップに戻る