品川でのホームレス経験が「エンジニアの原風景」になった:Go AbekawaのGo Global!〜Tyler Shukert編(後)(3/3 ページ)
グローバルに活躍するエンジニアを紹介する本連載。今回はTyler Shukert(タイラー・シューカート)氏にお話を伺う。次々と新しいWebサービスを生み出し、順風満帆な同氏を待っていたのは品川での「明るく楽しい健康的なホームレス生活」だった。
「失敗って何ですか?」
阿部川 ガーッと進むタイラーさんにお聞きしたいのですが、10年後何をされていると思いますか。
タイラー氏 10年、20年といわれると正直分かりません。私の人生において「こうなりたい」と計画したことはだいたいその通りにはなりませんでした。どちらかといえば、それに向かって努力した結果、思い描いたところよりも良いところ、満足できるところに行けることが多かった。未来は何が起こるか分からない。けれど、目の前のことをただひたすら頑張って、目の前の「最善の選択肢」を取り続けていけば、悪い方向には進まない。ベストではなくてもそれなりに満足できるいいところにきっと行ける、と考えています。
阿部川 先日お話をしたある方は「この幸せは偶然ではない。偶然が重なってラッキーだったと思うけれど、よくよく考えるとそのときに出会ったことややったことを積み重ねてきたからだ。今幸せだと思うのなら、そういうことなのだ」とおっしゃっていて、その通りだなと思いました。ご両親に感謝ですね。
タイラーさんは先ほど「自分の欠点は『楽しいことがしたい』以上がないこと」とおっしゃっていましたが、逆に自分の一番いいところって何ですか?
タイラー氏 フットワークの軽さだと思います。あれ、薄いと同じことかな?
阿部川 怖かったり、億劫だったり、フットワーク軽くなれない人はたくさんいます。フットワークを軽くするコツはありますか?
タイラー氏 深く考えないことでしょうか。やりたいことならやっちゃえばいいんじゃない、くらいの感じでしょうか。
阿部川 先ほどと一緒で、目の前のことを取りあえずやる。あまり「これをやったらどうなるだろう」など考えず、新しい言語がきたら学べばいいじゃないか、友達と気が合ったら、何か一緒に作ってみたらいいじゃないか、と「まあ、やってみる」というところでしょうか。それで大失敗したこと、ないでしょう?
タイラー氏 はい。「失敗って何ですか?」という感じだと思います。
阿部川 たぶん、人はあまり大きな失敗をしないのだけれど、例えば起業しようとすると「失敗しちゃだめだよ。夜逃げだよ。借金だよ」という人がいて、何となくそんな気がしてきちゃうんです。でもよくよく考えると、失敗というのものはそんなになくて、だから失敗はいっぱいした方がいいんです。
ちなみに最近はどんなアプリケーションを開発しているのですか。
タイラー氏 「Spot」というアプリがあります。「TikTok」と「Google マップ」を組み合わせた、動画を撮影してマップ上に保存するスポットビデオのようなものです。SupabaseとFlutterで開発し、オープンソースとしてソースコードを全部公開しています。ここまで完成されたアプリでソースコードがフルに公開されているものはほとんどないと思っています。
阿部川 こういうものが、タイラーさんの作品なんでしょうね。作品を出すのが好きなんですね。それはご両親どちらに似たのでしょうか。
タイラー氏 父譲りだと思います。父はものづくりが大好きでしたから。プログラミングはPC1つで思い描いたものを形にできる、自分のやりたいことが素早くできる。そのことが楽しくてしょうがないです。
インタビューを終えて 〜Go’s thinking aloud〜
秋元里奈さんが「食べチョク」の創業をためらって先輩に相談したとき、「今ここでやらなければ、これから先は、できない言い訳ばかりが積み重なっていく」という趣旨のことを諭され、起業への一歩を踏み出したと聞いた。タイラーさんも、10年先のことより、毎日の「目の前のこと」をしっかりやり続けたいと言う。スティーブ・ジョブズは、それを「connecting the dots」と言い、スタンフォード大学のクランボルツ教授は「その幸運は偶然ではない」と表現した。
ボストン、日本、ミネアポリスと、日米を往復した。父の死を機に米国から日本に戻ってきたとき、スタートアップ企業のシェアオフィスに入り浸り、6カ月の間、品川の埠頭(ふとう)でプログラミングに没頭した。ホームレスエンジニア。だがそこには悲壮感はみじんもなく、目の前にあることに集中し、それが心底楽しかった。後で思い返せばこの経験が、人生の中の揺るぎない核となった。
「技術が大好き」と笑うその笑顔とスピリットは、間違いなく父親から受け継がれている。
阿部川久広(Hisahiro Go Abekawa)
アイティメディア 事業開発局 グローバルビジネス戦略室、情報経営イノベーション専門職大学(iU)教授、インタビュアー、作家、翻訳家
コンサルタントを経て、アップル、ディズニーなどでマーケティングの要職を歴任。大学在学時より通訳、翻訳も行い、CNNニュースキャスターを2年間務めた。現在情報経営イノベーション専門職大学教授も兼務。神戸大学経営学部非常勤講師、立教大学大学院MBAコース非常勤講師、フェローアカデミー翻訳学校講師。英語やコミュニケーション、プレゼンテーションのトレーナーとして講座、講演を行うほか、作家、翻訳家としても活躍中。
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